これからを見据えて
僕たちは今、馬車に乗り城に向かっている。馬のようなものが僕たちを引きずる。足元の振動が腰に響き、窓の外には乾いた土と、岩の匂いが漂ってくる。
「さぁ、もう着きますぞ」
「一体、どんなところなんだろう……楽しいもの、あるのかな?」
井上は目を輝かせて言った。
僕たちは馬車から降りた。ドルクの大聖堂は、山そのものを削り出して建てられていた。
そびえ立つ岩壁、重々しい門――何世紀も外敵を拒み続けた、この土地の証だ。
「……すごいね、柏木くん」
井上が小さく呟く。
僕は無言で城を見上げる。
――脆い。
頭の奥で、あの声が笑った。
『表面だけは立派であるがな』
無視する。
近づくと門がゆっくりと開く。石と石が擦れ合う重い音が、胸の奥まで響いた。
⸻
城の中へ一歩を踏み入れる。長く続く廊下を抜け、ついに大きな扉の前に立った。
「何用だ!」
護衛が槍を構え、身構える。二人の視線が刺さる。
「長殿に手紙を承り、伺いました。長殿はいらっしゃいますか?」
ジルが落ち着いて応対する。
「あー、そうであったか。失礼した」
頭を下げる男たち。
「さあ、入れ」
扉を二度ノックし、僕たちは中に足を踏み入れた。
⸻
謁見の間は静まり返っている。玉座にはドルクの長、比較的若そうな男が座っていた。穏やかな目だが、その奥に濁りはない。
「よく来てくれた、ソウ殿」
長は立ち上がる。
「村を救ったと聞いている。ドルクを代表し、礼を言おう」
深く頭を下げる。周囲の騎士がざわつく。
僕は静かに答えた。
「礼はいりません。守っただけです……僕の大切な人を」
長の目が細くなる。
沈黙の時間が続く。やがて、ふっと長は笑った。
「なるほど。若いが、芯はあるな」
僕はほっとする自分を押し殺す。
「現場を見た者がいます……興味深い光景だったそうです。悪魔のような恐ろしいオーラを放ち、得体の知れない魔法を使ったと」
騎士たちが一歩下がる。背後で井上が息を呑む。
僕は視線を少し逸らした。
「僕にも、分かりません」
嘘ではない。
『それはまだお前が、己を知ろうとしていないからだ』
ゼルクが囁く。
長はゆっくりと頷く。
「得体の知れない魔法は危険だ。暴走しかねない」
その目がまっすぐ僕を射抜く。
「だが使い方次第で、国を守る盾にもなる」
⸻
僕は一歩前に出た。
「従う気はない」
数人の騎士が剣に手をかける。
「だが、守ってみせる!」
「……ほう、何だ?」
「この土地は、僕と大切な人の住処です。命令は絶対に受けません」
謁見の間に緊張が走る。長は沈黙の後、静かに笑った。
「対等、というわけか」
「そうだ」
長は玉座に戻り、息を吐く。
「よかろう、ソウ殿。ドルクは君を客人として迎え、協力者として扱おう」
ざわめきが広がる。
⸻
城を出ると、若い騎士が声をかけた。
「……あなたの戦いを見ました。ドルクには、あなたのような力が必要です。あんな強大なオーラ、今まで見たことも感じたこともない。どうか、この国を守ってください」
僕は答えず、ただ歩き出す。
井上が小声で囁く。
「柏木くん……なんだか、みんな私たちを見る目が……」
違う。恐れているのだ。急に現れた、膨大な力を。
⸻
その夜、与えられた部屋で僕は井上に話すことを決めた。
窓の外には石の街が広がっていた。
『やっと、足場を一つ確保したか』
「まだだ」
『焦るな。長に、こちらの力が必要だと示せ』
「味方にする」
『違う』
ゼルクの声が低く響く。街並みに影を落とすかのように笑った。
『支配するんだ、何もかもを』
僕は無意識に手を前に掲げる。
岩の城も、兵も、長も――いずれ掌の上に。
「わかった、まずはこの地、ドルクからだ」
闇は静かに応えた。
『良い、王よ』
胸がわずかにざわつくが、否定はしなかった。
トントン。「井上、いる?」僕は井上の部屋の扉をノックする。
「はーい!今行くね!」井上が勢いよく扉を開け
る。
僕は少し深刻な顔をする「話があるんだ。」
僕は部屋の中へと入っていく。井上の部屋の匂い。扉の閉まる音。
「座って。」井上が茶を入れる。
「それで?話って?」
「そのことなんだけど。人前に出て話をするときはさ、なるべく傲慢な態度で愛想悪くするべきだと思うんだ。」僕は遠くに視線を逸らし、拳を強く握る。
「優しいだけじゃ守れない。」
「なんでそんなこと...しなくちゃならないの?」
ソウは井上の目をじっと見つめる。
「守るためだ…」
その言葉は小さくても、重く胸に響いた。
「でも…」
「僕は君を必ず守る。それはもう心に決めているんだ。だから」
「柏木くんを守るため........わかった。なるべく舐められないように態度を改めるよ。」
井上は少し暗い顔をした。
「だけど約束して!私にだけは...何があっても優しく接することを!それだけは守ってほしい。それとキラくんとジルさんにも。」
「そんなの言われなくても当たり前だよ。」
小さく息を吐き、井上の頭に額を寄せた。
井上の顔から雫が落ち、静かに泣き始める。僕はその井上をそっと抱きしめ。背中をさすった。井上の体温、匂い、心臓の鼓動が僕の心を温める。『甘いな』ゼルクの声が遠ざかっていく。僕は抱きしめ続けた。
もう一つの自分を胸に抱えながら。




