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婚約破棄された悪役令嬢ですが、家族にも姉にも見捨てられたので家出しました。逃げ込んだ隣国で皇太子殿下に一目惚れされたうえ、なぜか彼が私の代わりに家族と元婚約者を徹底的に叩き潰してくる件について

作者: 結城斎太郎


第一章 婚約破棄の日


「――アメリア・ウィンザー。お前との婚約は今日をもって破棄する」


 真冬の冷たい風が、舞踏会場の大広間に差し込む。

 白いシャンデリアが煌めく中で、婚約者であるハロルド・ヴァン=クロフォード公爵家嫡男は、周囲の貴族たちの前で私を断罪した。


 信じられなかった。けれど、次に告げられた言葉で心臓が冷たく凍る。


「私は、君の姉――クラリッサと結婚する。彼女こそ真の淑女であり、私の伴侶に相応しい」


 会場はざわめきに包まれた。

 クラリッサは私と同じくウィンザー侯爵家の娘だが、才色兼備で社交界の華と称される存在。

 私はただ、彼女の影で比較され、見下され、殴られ、踏みにじられ続けてきた。


「……お好きになさってくださいませ」


 震える声を必死で抑え、そうだけ告げる。

 父も母も、会場の隅で見ていたが、助ける素振りすら見せなかった。むしろ、父の目は「やっと厄介者が片付いた」と言っていた。



---


第二章 家族の冷笑


 婚約破棄の翌日、私は屋敷の廊下で母に呼び止められた。


「アメリア、あなたの部屋は姉さんに譲って頂戴。ハロルド様と結婚なさる方に相応しい部屋が必要でしょう?」


「……では、私は?」


「離れの物置部屋でも使いなさい。食事も……まあ、余った分でいいでしょう」


 母の声には一片の情もなかった。

 父は政治の話で忙しいと取り合わず、姉はわざわざ私の前でハロルドと腕を組み、勝ち誇った笑みを見せた。


「可哀想な妹ね。あなたには何も残らないのよ」


 その夜、私は小さな包みに必要最低限の荷物と金貨を詰め、屋敷を抜け出した。

 誰も気付かない。私が消えても、探そうとすらしないだろう。



---


第三章 雪の国境で


 馬を走らせ、北の国境へ向かう。

 冬の吹雪が頬を切り、体温が奪われていく。


 やがて意識が遠のきかけたとき、視界に黒い軍服の騎士たちが現れた。

 先頭に立つ長身の青年が、私を見て目を見開く。


「……君、こんな所で何をしている?」


 漆黒の髪に金の瞳――その瞳は、獲物を捉えた鷹のように鋭く、同時に熱を帯びていた。


「わ、私は……」


 言葉を紡ぐ前に、意識は途切れた。



---


第四章 皇太子との邂逅


 目を覚ますと、暖炉の炎が揺れる部屋にいた。

 豪奢だが落ち着いた内装。柔らかな毛布に包まれ、温かいスープの香りが漂う。


「起きたか」


 低く響く声に振り向くと、あの青年が椅子に腰掛けていた。


「俺はレオンハルト・エルヴァンス。この国の皇太子だ」


「……こ、皇太子……?」


「名を聞いてもいいか?」


「……アメリア・ウィンザー、です」


 名乗ると、彼の眉がわずかに動いた。


「ウィンザー……あの侯爵家の?」


 私が小さく頷くと、彼はため息をつき、しかし次に見せた笑みはまるで獲物を逃さぬ狩人のようだった。


「君を――俺の妃にする」



---


第五章 拒絶


「……冗談、でしょうか」


「本気だ。初めて会った瞬間、決めた」


「私など……何の価値もありません」


「それを決めるのは君じゃない。俺だ」


 熱を帯びた声に、胸がざわつく。

 だが、私は首を振った。


「……申し訳ありません。私は、誰かに愛される資格がないのです」


 そう言うと、レオンハルトの瞳に一瞬、冷たい光が宿った。


「……ならば、君を捨てた連中に聞かせてやろう。本当は誰が価値ある存在かを」


 その言葉の意味を、当時の私はまだ理解していなかった。



---


第六章 復讐の始まり


 数日後、エルヴァンス王国から使節団がウィンザー侯爵家とクロフォード公爵家へ派遣された。

 理由は「国境で皇太子の婚約者候補を傷つけた疑いがある」との調査。


 ――婚約者候補? 私?


 動揺する私をよそに、レオンハルトは淡々と書簡を送り続ける。

 そして程なくして、両家に対する貿易制限、領地査察、財務監査が開始された。


 噂は瞬く間に広がる。

 侯爵家も公爵家も、隣国の皇太子を敵に回したことで社交界から孤立し始めた。


 私はその渦中でただ、レオンハルトの背中を見つめるしかなかった。


「……なぜ、そこまで?」


「決まっている。俺は、君を奪い、守る。それだけだ」



---



エルヴァンス王国からの圧力は容赦なかった。

 輸入品の締め出しによって侯爵家の財は目に見えて減り、豪奢だった屋敷も徐々に手入れが行き届かなくなっていく。


 ある日、レオンハルトは私に一通の手紙を見せた。

 震える文字で書かれたそれは――父からだった。


> 「アメリア、話がしたい。戻ってきてくれないか」




 戻ればどうなるか、分かりきっている。

 私は黙って手紙を暖炉に投げ入れた。炎が紙を喰らい、跡形もなくなるまで。


「……いいのか?」


「はい。あの家にはもう、私の居場所はありません」


 レオンハルトは満足そうに頷いた。



---


第八章 舞踏会の公開処刑


 冬が終わりに差しかかる頃、エルヴァンス王国と私の祖国アステリア王国との合同舞踏会が開かれた。

 レオンハルトは、私を正式な「婚約者候補」として同伴すると宣言する。


 金糸で刺繍された白のドレスを纏い、会場に足を踏み入れた瞬間――空気が凍った。


「アメリア……!?」

「なぜお前が……!」


 父と母、そしてクラリッサとハロルドがそこにいた。

 クラリッサは引きつった笑みを貼り付け、私を見下そうとしたが、隣に立つレオンハルトの存在がその威圧を打ち砕く。


「この場を借りて発表する。アメリア・ウィンザーは、エルヴァンス王国皇太子妃候補だ」


 ざわめきが走り、私の祖国側の貴族たちの顔色が変わる。

 レオンハルトはさらに一歩踏み込み、低く告げた。


「そして彼女を蔑ろにし、危険に晒した者たちは、今後エルヴァンスとの全ての取引を禁じる」


 その宣言は、事実上の経済的死刑宣告だった。



---


第九章 姉の崩壊


 舞踏会から一月後、クラリッサがエルヴァンス王都に押し掛けてきた。

 往年の輝きは失われ、やつれ、目の下には濃い隈がある。


「アメリア! お願い、助けて! 商会も領地も崩れていくの!」


 哀れな声に、一瞬だけ胸が痛んだ。

 だが、私の脳裏に浮かんだのは幼い日の記憶――私の髪を引きちぎり、ドレスを裂き、笑っていた姉の姿。


「……私に何の関係があるのですか?」


「妹でしょう!?」


「妹なら、殴っても罵ってもいい存在ですか?」


 クラリッサは口をパクパクと開閉したが、何も言えなかった。

 背後から現れたレオンハルトが、冷たく告げる。


「二度と彼女の前に姿を見せるな。次は国境を越えた瞬間に投獄する」


 クラリッサは絶望に染まった顔で去っていった。



---


第十章 決意


 その夜、私は暖炉の前でレオンハルトに問いかけた。


「……どうして、そこまで私を守るのですか?」


「どうしても何も、俺は最初から本気だ。君がどれだけ拒んでも、諦めるつもりはなかった」


「でも、私は――」


「もう自分を卑下するな。君は俺の誇りだ」


 まっすぐな言葉が、胸の奥まで届く。

 初めて、誰かに必要とされていると感じた。


「……分かりました。私でよければ、あなたの隣に立ちます」


 レオンハルトの瞳が、獲物を得た猛禽のように輝いた。



---


第十一章 正式な婚約


 春の訪れとともに、王城の大広間で婚約式が行われた。

 白いバラのアーチを抜け、レオンハルトの隣に立つ。


「アメリア・ウィンザー、私の妃となり、共にこの国を支えてくれるか」


「……はい、喜んで」


 指に嵌められた指輪は、王家の象徴である紅玉。

 会場の貴族たちは、もはや誰一人として私を嘲笑しなかった。



---


第十二章 王妃への道


 婚約から数か月、私は宮廷での立ち居振る舞いを学び、外交の場にも同行するようになった。

 その度にレオンハルトは私の意見を求め、尊重してくれる。


 そして、祖国アステリア王国からは正式な謝罪と補償が届いた。

 侯爵家も公爵家も、以前の権勢は完全に失われ、地方の片隅で細々と生きるしかなくなったらしい。


 過去の傷が消えることはない。

 けれど――私は今、確かに幸福の中にいる。



---


第十三章 未来へ


 王城の庭園で、満開の白薔薇の下。

 レオンハルトが私の手を取り、囁く。


「次は、正式に王妃にする番だな」


 その瞳は、あの日国境で出会った時と同じく、熱と覚悟に満ちていた。

 私は微笑み、頷く。


「……はい。あなたとなら、どこまでも」


 冷たい冬を越えた私は、もう二度と、あの孤独な少女には戻らない。

 隣には、私を選び、守り抜いた皇太子――いずれ国王となる男がいるのだから。




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