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バレンタインの魔女

作者: 畝澄ヒナ

バレンタインに女子からチョコを渡す。その行為で恋愛が育まれる。もしこの世界に、惚れ薬なんてものがあったなら、絶対に好きになってもらえるなんて夢が叶うなら、あなたは信じるかしら。


今年もバレンタインがやってくる。私の役目が、望んでもいない私の仕事が今年も始まる。

「誰にチョコ渡す?」

「そりゃあ、学年トップのイケメン、リュウキ君!」

「頭が良くて、性格も良くて、それにイケメン。絶対ライバル多いよねえ」

とある高校の教室から、女子達の話し声が聞こえる。私はホウキに乗り、とんがり帽子を目深に被る。『魔女』である私、赤上千代子(あかがみちよこ)は情報を模索する。

「女子達の狙いは大体一緒ね。さて、この中から『本命』を見つけないと」

「ちよこ! 僕も手伝う!」

肩からぶら下げたポシェットから出てきたクマのぬいぐるみ、みたいな奴は私の相棒『ショコラ』だ。私は上手くこの高校の生徒になりすまし、教室の隅にこっそりショコラを置いて、様子を見ることに。

「じゃあ、いつも通りよろしく」

二つに束ねた赤い髪を揺らしながら、私は他の教室へと情報収集に向かう。


私の狙いは、簡単に言えば『本命チョコ』を渡したい女子。適当に選べば無駄な仕事が増えてしまう。そうならないための相棒ショコラと、私の観察眼。

「あれは、噂のリュウキ君とやらかな?」

大人しめな女子と、噂の男子。恋仲というわけではなさそうだが、男子の優しい笑顔に、その女子はうっとりしているように見える。

「その、最近は大丈夫?」

「う、うん。ありがとうリュウキ君。でも、あまり私と一緒にいると、悪い噂、立っちゃうよ」

「そんなの気にすんなよ。俺はアカリの味方だから、いつでも頼れよ」

ある程度会話を交わした男女は解散した。私はアカリという女子の後を追い、様子を伺っていると、人気のない場所で小包を取り出し、悲しそうな顔でそれを見つめている。

「それ、リュウキ君に渡すチョコレート?」

「だ、誰? 見かけない顔……だね」

「私は魔女、バレンタインの魔女」

アカリの顔を見る限り、やっぱり信じてはいないようだ。

「冗談か何か?」

「別に信じなくてもいいわよ。それより、あなたにとっておきのプレゼントをあげるわ」

「それは……チョコレート?」

私はポシェットから透明の小箱に入ったハート形のチョコレートを取り出した。

「これをリュウキ君に渡して、食べてもらえたら、きっとリュウキ君はあなたのことを好きになるわ」

「あ、えっと……大丈夫?」

「やっぱり駄目ね。あなたには信念が足りないもの。まあ、要らないならいいわ。その本命チョコ、あのクズに渡せるといいわね」

信じない者に私の『特別な』チョコを渡しても、捨てられるのがオチ。もっとターゲット選びは慎重にならなくちゃ。

私がその場を立ち去ろうとした瞬間、アカリは私の服の裾を掴み、震えた声で呼び止める。

「い、今なんて……」

「あのクズ、リュウキ君に渡せるといいわね、って言ったのよ。聞こえなかった?」

「リュウキ君はいい人だよ! クズだなんて、何も知らないくせに!」

アカリは凄い剣幕で私を睨んでいる。

「何も知らないのはあなたの方よ? あの瞬間だけが本性だなんて、まさか本気で思い込んでるの?」

「魔女とかふざけたこと言っている人の言うことなんて……」

「これだからお堅い子は嫌いなのよ。じゃあ、これ」

私は手鏡をアカリに渡す。

「何、これ……」

「いいから、これに映し出される真実を、目に焼き付けなさい」

不満そうなアカリに無理やり手鏡を覗き込ませ、私は様子を見る。


私が持っている手鏡は『映す』もの。ショコラが持っている手鏡は『写す』もの。つまり、ショコラの手鏡に『写った』光景が私の手鏡に『映る』しくみになっている。

「ねえ、なんでアカリに優しくすんの?」

「あー、別に? 暇つぶしだよ」

鏡に映し出されたのはリュウキと派手な女子との会話。誰もいない教室でくっつきながらアカリについて話しているようだ。

「何それ、私がいるじゃーん」

「本命はもちろんお前だよ。今何人女子落とせるか試してるだけ。そしたらさ、やけに食いつきいいんだわ。アカリって意外と従順で、実際付き合わなくてもワンチャンいける、的な?」

ほーらほら、クズな本性が丸わかり。


アカリの表情は、どしゃ降りという感じに崩れていく。

「こんなの、私のリュウキ君じゃない……」

「そもそも、あなたのじゃなかったみたいだけど」

「あの日……家に誘ってくれたのは……」

そうだ、面白いことを思いついた。

「いっそのこと、本当にあなたのものにしてみる?」

私はもう一度、あのチョコレートをアカリの目の前に出す。

「これ、これがあればリュウキ君は私を好きになってくれる……?」

「もちろん。さあ、夢を叶える準備は出来たかしら」

アカリは一心不乱に私のチョコを受け取り、リュウキの元へと走っていった。

「あーあ、面白い」

心の中で笑いが止まらない。そこまでしてあのクズ男を手に入れたい理由が、私には分からない。


放課後、教室に置いてきたショコラを迎えに行き、情報整理をする。

「ちよこ! 上手くいった?」

「私の方はばっちり。ショコラはどう?」

「僕もばっちり! まず、ちよこが見つけた『本命』に会いに行こうよ!」

ちょっと強引に渡してしまったけれど、結果はどうかな。狂った愛の見返りは、どんなものだろう。

「リュウキ君、これ、受け取って」

「もしかしてアカリの手作り? ありがとう」

「い、今食べてもらえると嬉しいな……」

噂をすれば、アカリは無事にチョコレートを渡せたようだ。

「今? まあ、いいけど。いただきます」

「これで、リュウキ君は私の……」

あーあ、食べちゃった。

「お、美味しい……! こんなチョコレート初めてだ!」

「あれ、リュウキとアカリ? こんなところで何やってんの?」

教室に入ってきたのは、さっきリュウキと話していた、リュウキの本命の女子だ。

「もうリュウキ君は私のもの。あなたなんか眼中にない」

「は? 何言ってんの? リュウキ、アカリに本当の事言ってあげなよ」

これから、修羅場が始まる。

「俺は、俺はアカリが好きだ! もうアカリの事しか考えられないんだよ!」

「リュウキ? あんたまで何言って……」

「アカリ! こいつは放っておいて、俺と一緒に行こう!」

リュウキはアカリの手を引っ張り、無理やり連れだしてしまった。

「な、何あれ……ん? これチョコレート? 何あいつ、私だってチョコレート用意したのに!」

「面白いことになっちゃったねえ」

「あんた、急にどこから……」

派手な女子はいきなり姿を現わした私に驚いている。私の魔女服は、帽子を被ると普通の人間には姿が見えなくなる。

「私は魔女、バレンタインの魔女」

「ふざけてんの……?」

「もうリュウキ君は戻ってこれないね。重たい愛に、沈められちゃったから」

思っている以上に効果があったみたい。私自身、ここまでとは思っていなかった。


私のチョコレートは、渡した相手に好意を持たせることが出来る。その効果は、相手への想いが強ければ強いほど増幅する。

「重たい愛? 益々何言ってるか分かんないんだけど」

「分からなくてもいいわよ、私は面白いものが見れて満足だから。あ、でも、もう少し面白くしてみようかしら」

「何、意味わかんない……」

私はアカリに渡したものと同じチョコレートを、この女子にも渡すことにした。

「これ、リュウキ君に渡して食べてもらえれば、あなたのもとに戻ってくるかもね」

「それ本当?」

「あら、意外と物分かりがいいのね。愛が強いのはどっちかしら」

派手な女子はチョコレートを受け取り、リュウキ達を追って教室を出ていく。


私は学校外に出たリュウキとアカリの様子を、ホウキに乗って見に行く。

「アカリ、俺はひと時も離れたくない」

「で、でも、もう帰らないと……」

「望んでたじゃないか! 俺のことが好きじゃないのか?」

狂った愛がチョコレートに移ったことで、アカリでも制御できないくらいになっている。私は手に持っていた懐中時計についているボタンを押した。

「わ、私、そんなつもりじゃ……ただ、普通に好きになってほしくて……」

「あらあら、あなたが望んだ愛よ? そんなこと言ったら、リュウキ君が可哀そうじゃない」

「ま、魔女? あれ、リュウキ君どうしちゃったの?」

私とアカリ以外の時間が、ぴったりと止まっている。

「私が止めたのよ。私とあなた以外の時間をね」

「お願い……! リュウキ君を元に戻して!」

「どういう心変わりかしら。私、あなたのためにチョコレートをあげたのに。リュウキ君はちゃんとあなたの事だけを見ているわよ?」

アカリは私の言葉を聞くなり、ボロボロと泣き始める。

「間違ってた……こんなの、リュウキ君じゃない……」

「残念ね。いいわよ、じゃあ、リュウキ君にこう言いなさい」

私はアカリの耳元で囁くと、止まっていた時間を動かし、その場を去る。

せっかく面白いものが見れたのに、本当に残念。


今年のバレンタインが終わる。望んでいない私の仕事が終わる。

「ねえ、ちよこ。どうして魔法の解き方教えちゃったの?」

「それはね、あの子が真実に気づいたからよ」

チョコレートに込められた恋の魔法を解く、それは渡した本人にしかできない。

「大事な『本命』が『義理』になっちゃった」

「バレンタインの恋なんて、そんなものよ」

魔法を解く方法、それは、渡した本人が相手に、このチョコは『義理』だと伝えること。そうすれば、全ては幻想に終わる。

「僕、頑張ったのに」

「そうね。でも、ノルマは達成できたじゃない」

誠実な恋、真実の愛、純粋な恋愛。それを叶えるために私たちはいる。私が得られなかった成功を、皮肉にも魔女として他人に与えるなんて、こんな仕事は苦痛でしかない。

「うん! 頑張ったからね!」

私はショコラの頭を優しく撫でる。私を魔女に誘い込んだ、憎い憎いクマのぬいぐるみ。ショコラは嬉しそうだ。

「ショコラはいい子ね」

私の気持ちなど知らずに、言葉通りに受け取るショコラ。

ああ、この地獄が早く終わりますように。

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