任務2
「にしてもぼろくないっすか、この船」
「我慢しろ、何せ急だったからな」
大したスピードの出ないボートに四人。
「参皿美廼船はあと二日ほどで国境を超えて巽国に入る予定だ。国境を越えられるとこちらは何もできない。何としてでもそれまでに捕まえたい」
アサカは三人に今の状況を説明する。
「とは言っても、この船じゃあ追いつけるかどうか・・・」
「それね、いい方法があるんだよ」
不安そうな賀谷にアサカはそう言った。そしてハセルの方を見た。
「な、なんだよ」
「お前にやってほしいことがある」
賀谷に支えられながらハセルは船尾に立っていた。
「やってほしいことってこれか」
「そう、そこからバネで思いっきり後方に跳べ。反動で船のスピードが上がるはずだ」
「おいおい!海に投げ出された俺はどうすんだよ!」
「安心しろ。俺が移動させるから」
「ああ、そっか・・・いやそっかじゃねえ。俺の能力すげえ易く見えるだろうが」
ごたごた文句を言うハセルのことなどお構いなしにアサカは「はい、さっさと行けー」と一泊手を叩いた。
「ちいっ」
仕方なくハセルは賀谷の両腕を掴んで船の淵に立った。勢いをつけて一気に後方へ跳ぶ。
「うおっ」
見事に船は加速した。
ハセルと船の距離はどんどん離れていく。
「いやー速いっすね」
「そうだね。これならすぐに追いつきそうだ」
「ちょ、ちょ、アサカさん!ハセル君忘れてます!早く戻してあげてください」
「ああ、そうだったそうだった」
今だ海の上を大声を上げながら吹っ飛んでいっている監視及び保護対象を、ようやく船の上に戻してやる。
「はあ、はあ・・」
「大丈夫?」
空気抵抗が思ったより強く、しんどそうだった。
「お疲れのところ悪いんだけどさ、もう三、四回くらいは行ってもらうからね」
「・・悪魔」
「タオルっす!すごかったっすよハセル君」
水しぶきで全身が濡れたハセルに白杉がタオルを渡す。
「・・これくらい普通だっつの」
「いや十分に凄い。ここまでのバネとは・・誇っていい」
賀谷の言葉にハセルは顔を赤らめた。
(特訓の成果か。俺はちゃんと強くなってる)
「賀谷、白杉、君等二人の能力が知りたい」
椅子に四人腰かけて向かい合う。
「俺はコピーという能力を使います。対象の血を使って、その人間そのままの複製を創れます。人格や心力までは真似れませんが。もって二、三日と言ったところです」
「はいはーい!俺はなんてったって剣術っすね。この刀さえあれば心力なんてなんのそのっすよ!」
「頼もしい限りだよ」
ため息を吐いたアサカに、白杉は無邪気な表情で質問した。
「そういや、アサカさんの能力ってなんでも移動させられるんすか?生物だけ、とかそういう制約ってないんすか」
「んー生物ってわけじゃないんだけど」
アサカは少し頭を捻った。
「小さすぎるもの、例えば小石とか。そういうのは無理だね。小さすぎると心力のコントロールが上手くいかない。今の俺じゃあとてもじゃないが不可能だ」
「あんたにもできないことってあるんだな」
「まあ俺も完璧じゃないから」
「思ったんすけど視たものを移動させられるんなら腕だけ、とか頭だけ、とかできるんじゃないですか」
そういえば、とハセルは思った。
(そんなことがもしできたら・・・)
「あー無理無理。それするにはとんでもなく緻密なコントロールがいるし、しようものなら先に俺の脳が壊れる」
「やっぱそうっすよね。そんなことできりゃあもう逃れようないっすよ」
「そうでもないさ。相性もある。ハセルなんかは俺の天敵だ」
「俺が?」
ハセルは目を見開いて首を傾げた。
「お前のそのバネはスピードがのる分、俺が目で追えなくなったら不利だ」
「そっか」
(アサカの天敵は俺・・)
その事実に否応なくはしゃいでしまう。
「んーあとは精神攻撃的な能力者とか。何かしらやられる前にやんなきゃまずいよね」
その後は四人それぞれの得意なこと不得意なことから好きなアイドルの話までした。
「ファイトーっす!」
数時間おきにやってくる全力ジャンプを計六回ほどやらされて寝床もないボートの上、各々就寝した。
「追いつきそうか?」
「はい、このペースなら明日には追いつきます。ハセル君のおかげです。俺は彼に失礼なことを言ってしまって、反省しているところです」
「気にしてないよあいつは。それにあいつを心配してくれての発言なのはわかってる。明日礼でも言ってやるといい」
「はい・・!」
「さて、交代して舵を取る。お前は先に寝ろ」
「おっはようございまーす!あー良く寝たっす」
けたたましい声と共に朝の訪れを感じる。
「お前な、あんだけ何回も起こしたのに爆睡かましやがって。舵取り俺とアサカさんの二人でやったんだからな」
「あはは、そうなんっすかすいません」
ぽりぽりと後頭部を掻きながらの謝罪はおよそ何の反省も感じられない。
「俺も起こしてくれてよかったのに」
「お前は心力何回も使って疲れてたろ」
「そうっすよ。子供はちゃーんと寝なきゃダメっすよ」
その言葉にアサカと賀谷は大きくため息を吐いた。
「とにかくもう少しで追いつく。悪いがハセル、あと一回だけ頼む」
「おう、任せとけ」
さっそくハセルは船尾へと向かう。
「あ、あのハセル君」
「あ、なんだよ賀谷」
「あの、そのありがとうございます!」
「はあ?」
離れた場所でアサカがクスっと笑った。
「俺たちは君に頼りっぱなしだ。なのに俺は君に失礼なことを言ってしまって」
「気にしてねえっつんだよんなこと」
「それよりほら行くぞ」
「・・ああ」
「・・・・」
二人は船尾へと向かう。
その時であった。
ゴゴゴ、という腹に響くような音と共に会場に潜水艦が浮かび上がった。
「なんだ、これ!」
「ハセル君下がって!」
その音にアサカと白杉も操縦室から出てくる。
「あはははは、やっとご対面ね」
「なんだこいつら」
「えっと、0929ってのはどの子かしら」
その言葉にアサカがピクリと反応した。