優先順位
「は?」
刹那、女は素っ頓狂な声を上げた。
すぐ側で見ていたはずのハセルも理解がおいつかなかった。
アサカは鞘に納めた刀を女の横っ腹目掛けて振りぬいていた。
始め、ハセルはアサカがとんでもないスピードで移動したのだと思った。しかし違う。移動したのは女の方である。
「がはっ!」
女は数メートル吹っ飛んで気絶した。
「おい、なにしたんだ」
「説明は後。警察にこいつを連れていく」
「ま、待ってくれ。そいつは・・・」
慌ててハセルはアサカを追いかける。
「ぐあぁぁ!」
突然女が苦しみだした。
首裏に文様が浮かび上がり赤く光った。
たちまち首元から炎が燃え出し、女が燃えていく。
「離れろ!」
アサカはハセルを掴み後ろに退いた。
「があぁぁあ、たすけてくれ・・」
もがき苦しむ、のたうち回る女。
「私は!私はあんたの言う通り・・!・・なのに、どう、して・・・・・」
炎は女にだけ纏わりつくように燃えている。その他草木には燃え広がっていなかった。
「待ってろ!今水を」
「近くに池も川もない」
「だったらどうすれば!」
アサカは女に一歩近づいた。
「お前を差し向けたのは誰だ。何が目的でここに来た」
アサカは女を尋問した。
「・・あ、あ・・あつい・・・」
「答えろ」
「やめろ!とても話せる状況じゃねえ」
(それより、助けないと)
それはほとんど私情であった。自分を狙った存在であれ、こんな姿を見ていたら苦しくて仕方がなかった。
「無駄だ。もう助からない」
既に炎は全身を包み込んでいた。
ハセルは目の前の男の冷淡さに嫌悪を抱いた。
(どうしてそんなに、なんでもないように言えるんだ)
「あんたは、任務だから俺を守るんだろう。任務でもねえ奴のことは助ける対象には入んねーってことかよ!」
「こいつは敵だ。それに助けようがない」
「だからって・・!」
「俺の任務はお前を守ることだ。お前以上に優先する人間はいない」
だけど、と一拍置いた。
「敵であろうと味方であろうと、人の死っていうのは気分がいいものじゃないのは確かだ。ただ、俺は命を選ぶ。命の優先順位を自分の立場で決めている。敵になった奴より仲間と呼べる人間を、そして、そいつらよりお前だ」
「・・・」
そんな風に言われれば何も言えなくなる。同時にハセルには何の覚悟もないことを実感させられる。中途半端で、守られてばかりの自分には、悲しそうな目をする目の前の男をこれ以上責めることはできなかった。
「安心しな、お前は間違ってないよ」
ぽんっとハセルの頭に右手を置いてアサカはほんの少しだけ微笑んだ。
「子ども扱い、すんなよ」
のせられた手をそっと退けて、女がいた場所を見た。跡形もなくなったそこには確かに一つの命が存在していた。
「アサカ、あんたには訊きたいことが山ほどある。だけど、まずは礼を言う。助けてくれてありがとう」
ハセルは頭を下げた。
「あっはは、まさかそんなことを言われるとは」
「笑うな!」
「・・・ありがとう。その言葉だけで報われた気がする」
アサカはにこりと笑って、「行こうか」と言った。
「行くってどこへ」
「そりゃあ・・・」
治安保護機構(SPO)。
「またここかよ!」
「当たり前。報告と事情聴取。はい行くよ」
「俺、あのおっさん苦手なんだよ。目が据わってるっつーか」
「ああ、出雲さんのこと?大丈夫、あの人ものすごーく偉い人だからこんなことくらいじゃ会わないよ。」
「・・・」
それはそれで癪だった。
「はい行くよ」
アサカに押されててしぶしぶ中に入る。これが終わったら絶対にアサカを問い詰めてやる、と決意した。
事情聴取後、アサカはハセルによる質問攻めに合っていた。
「どうやって俺の居場所を知った」
「それはまあ、これ」
出したのは小型の電子機器。
「発信機」
「はあ!訊いてねえ」
「言ってないし」
べっ、と舌を出して目を背けるアサカに、ハセルはさらに詰め寄る。
「でもあんた、あの時真逆に歩いて行ったろ」
「うーん、まあずっと見張られてたから俺がお前から離れたら狙ってくるかなと」
「てことは、俺を出しに使ったってことかよ!」
「いや、ちゃんと良きところで助けたでしょ
女に見張られていることにいち早く気づいたアサカはわざとハセルから離れ、女が出てくるのを待っていたらしい。
ちいっ、と舌打ちしたハセルにアサカは悪かったと謝った。
「だったらあの女を倒した時の、あれはなんなんだ」
上手く表現できない、見た光景を言語化出来なかった。
「視覚転移。一回目に視たものを二回目に視た場所に強制的に移動させることができる」
「・・・それがあんたの能力ってことか」
あの胡散臭い男が俺の監視に任命するのも頷ける。
「便利だな」
「そんなこともないけどね」
「あっそう」
興味のなさそうな返答にアサカは困惑した。
「つーか腹減った。話なげーんだよ」
無理もない、五時間ほど調書に付き合わされたのだ。にしてもどこまでもマイペースな奴である。
「昼食うか。何がいいんだ」
「唐揚げ」
「お前、毎日肉食ってるだろ。もう少しヘルシーなものにしたほうが」
「俺は若いから平気だ」
「・・あーそう。ハンバーグ屋さんでいい?」
「ああ」
人の金で食べるご飯ほど美味いものはない。