襲撃
「はあ、はあ、はあ・・」
「もう一回」
朝十時。坤国国境から北に数キロいった森。
ハセルはかれこれ二時間は跳び続けている。
目の前にいるアサカという人間は、綺麗な顔をしている割に中身は鬼畜だった。
(このくそ白髪やろう)
かれこれ三日、この悪魔のような特訓は続いている。
「コントロールが全くできていない。正直、ここまでの奴を俺は見たことがないんでね」
その言葉にハセルは舌打ちをした。
(わかってんだよ、んなこと)
「能力を伸ばすことよりもまず、コントロールすることを覚えろ。大きな力は己を滅ぼすことにも繋がる」
現状、ハセルは最高で三十メートルほど跳ぶことが出来る。しかしアサカが言っているのは、三十メートル跳ぶことができても十五メートルは跳べないだろ、ということだった。
「まあ丁度いいか。少し休憩にしよう」
「俺は平気だ」
(あれだけ言われて引き下がれるか)
「お前のためじゃないよ。俺が今からちょっと用事あるの」
「用事?」
「そう、まあ大したことじゃない。お前はここで休んでろ」
(こんななにも無い森で?)
「俺を監視するのがあんたの仕事だろ。監視対象一人にしていいのかよ」
「いいんじゃない、別に」
「なっ!」
(この適当人間め)
ハセルは目の前の男がどうしようもなく異様に見える。
「じゃ」
特に何を言うでもなく、アサカは早々に立ち去った。
(なんであんな人間に監視なんか任せてんだよ。逃げ放題じゃねーか)
ハセルは苦虫を嚙み潰したような顔をした後、盛大なため息を吐いた。
「はあ・・・」
空を見上げ、三日前の会話を思い出す。
【いいのか?】
【なにが】
【俺に修行をつけて。俺は監視対象だろう。力の使い方を教えたら俺は逃げるかもしれない】
アサカは【ああ、そんなこと】と、妙に納得したような表情をした。
【お前は確かに監視対象でもあるが、同時に保護対象でもある。もしもの時があれば俺がお前を死んでも守るつもりだが、自分でも身を守る術を持っておくべきだ。と、お偉いさんたちが思われたわけだ】
この時のハセルはアサカが、あくまで任務であるということを暗に示したように感じた。それでも、死んでも守るという言葉は衝撃であった。
(の割に守る気全く感じねーけど)
所々に白い雲のある空が好きだ。上手く言えない。でも好きだ。
「・・あったかい」
草っぱらに背中をついて寝転んだ。
これがずっと続けばいい。
・・・なんて、無理な話だ。
「・・・っ!」
突然、突風が吹いたような気がした。