生意気な子供2
帰り道、沈黙を破ったのはアサカであった。
「ハセル?だっけ。お前の心力はなんだ」
尋ねると少し迷って彼は答えた。
「・・バネ」
「へー、いい能力だな。で、どれくらい跳べるの?」
今度は驚いたような顔をした。
「知らない、けど」
(知らない?)
アサカは言葉の意味を吟味する。
「知らないっていうか、わからないって感じか」
「うるせーよ」
ハセルは少し戸惑い、拳を握りしめて俯いた。
「別に悪いことじゃない、明日にでも確かめよう」
(にしてもさっきから随分と静か、というか・・・)
アサカは戸惑っていた。
「あんたはどうなんだ」
「なにが?」
初めて話しかけられたことと言葉の意味に、アサカは三秒の間に二度も困惑させられることになる。
「心力だよ。俺の監視についたってことはそれなりに強いんだろ。なんだクマにでもなれんのか、それともゴリラか・・・いやわかったゾウだ!」
(なるほど。静かだったのはこれを考えていたからか)
子供というのは良くも悪くも一直線だ。そこに迷いも穢れもない。
「それはまた今度だ。それより着いたよ」
入ったのは何の変哲もないマンションの一室。だが割といいマンションなのだろう。一人部屋にしては広い。
「必要なものは追々買い揃えよう。取り敢えず食事ね、何が食べたい?」
「俺は要らねえよ」
「そういうわけにもいかない。お前を飢えさせでもしたら大変だ」
「そんなこともねえだろ。生まれてこの方、俺を必要とする人間なんていねえ」
過去のトラウマか、いやきっとこれがハセルにとっての当たり前だ。
(だけども、必要とはされたいってか)
アサカは何度目かのため息を吐いた。
「お前は現状、危険人物二歩手前でもあり、保護対象でもある。俺たちはお前の情報が何であれ知りたいと思う。これはお前を必要としていることになるか」
「んなの、俺じゃなくて俺の情報を必要としてるってことだろ!俺自身じゃねーよ」
「・・・そうか。それなら俺が必要とされているのも俺ではなく俺の能力だ」
「っ恋人とか、親とか、仲間とかいんだろ」
「ならそれも同じだ。俺の顔やら内面やらを見て俺の側にいる、俺自身じゃない。それから親はいない」
「そんなの屁理屈だ!」
「筋は通ってるだろ。逆に言えば、顔も中身も情報も、自分自身の一部ってことだ」
考え方は様々だ。何を基準にするかは人それぞれだが、アサカとしてはハセルの考え方は気に食わない。
「一人で不幸全部抱え込んだみたいな顔してんなよ。お前の過去がどうであれ、そこから目を背けて逃げるんなら、逃げ切れるだけの力をつけろ。逃げた先が奈落の底なんて落ちはごめんだろ」
過去は変えられない、なかったことにもできない。過去を糧に生きるか、目を背けるか。
「はい!夜ごはんにしよっか。何食べたい?」
パチンッとアサカは手を叩いて言った。
さっきの怖いくらいの迫力と、やけに頭に響いた言葉は何だったのかというくらいに、纏う雰囲気を変えたアサカに、ハセルはたじろぐ。
「・・・肉」
その日の夕食はステーキになった。ちなみに出前だ。