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国宝を叩き割った罪で婚約破棄されてたらなんか幼馴染がしゃしゃり出てきた

「エリザベス・レインズフォード。今この時をもって君との婚約は白紙に戻させてもらう。…君には失望した」


 そう告げるのは私の婚約者(たった今過去になった)でありこの国の王太子、ジェラルド。隣には教会仕えのイヴという女がいる。今回の当事者であり被害者だ。

 ジェラルドの表情には台詞通りありありと失望の念が滲んでおり、七歳から十年かけて築き上げた信頼関係が塵となったのがよく分かる。

 まあ、仕方ないと納得せざるを得ない。

 何しろ、私は国宝を破壊した犯罪者だ。

 婚約破棄など序の口、これから重ーい処罰を言い渡される身にある。

 例えば死刑とかね、ホホホホ!


「判決、死刑」


 あっほんとに死ぬのね。

 まあ仕方ないか…。



 ことの始まりは三ヶ月前。

 内容は実にシンプル。

 妖精族との記念式典で用いられるティアラを、イヴと他神官が城内に運搬している最中。遭遇した公爵令嬢エリザベス(私)が破壊した。

 犯人(私)はすぐさまひっ捕らえられ、処罰を待つことになった。


 ティアラは、約五百年前の妖精族との和解の際に譲り受けられた至宝であり、濃密な魔力を宿している。この国の安寧を保つまじないがかけられているそうだ。

 五百年もの間、友好の象徴として教会で大切に守られ、無事に国の平和を維持させてきた。


 そんなお宝を、隙をついて奪い取って地面に叩きつけて踏みつけて凶器を振り下ろして全壊させた女。

 しかも動機については黙秘を貫いている。

 まあ死刑でしょうね。

 ただでさえ近年、干ばつだの飢饉だの暴徒の発生だので不穏な事象が立て込んでいるのに。

 心のよすがであるティアラが破壊されるなんて大事件、許されるはずもない。


 私の実家も今頃大変なことになっているだろう。

 というか私が公爵の娘でなかったらおそらく即座に首をはね飛ばされていたに違いない。

 公爵の娘であり王太子の婚約者、という立場でなければ、処罰を言い渡すのにこれほど時間がかかることもなかったはずだ。


 現在王侯貴族が集まっているこの裁判所の中には両親もいる。きっと私の後ろ姿を歯噛みしながら見つめていることだろう。


 私に死刑判決を下した国王陛下のそばには、ティアラの残骸が台座に乗せられ哀れな姿を晒している。枠組が砕けても大粒の真赤な宝石はギラギラと眩しい。

 その近くに控えるジェラルドとイヴの二人は私を睨みつけている。


「何か言い残すことはあるか」

「ありませんわ」


 私は私の思うがままに従った。

 ティアラは破壊された。修復は不可能。もう誰も被ることはできない。

 ならばそれで良い。


「…君はいつもそうだな。自分一人で納得した顔をして、誰に心のうちを明かすこともなく、平然としている。飄々と吐き出すのは空っぽな言葉ばかり。私には、到底理解できない。…悪魔のような女だ」

「あら、そのように思われておりましたの」


 意外だ。ジェラルドの前では一般的な、控えめで可愛らしい、良き令嬢をやっていたつもりだったが、悪魔なんてそんな風な評価を下されていたとは。


 私は髪も目も、好んで身につけるものも全部赤いから、血染めの令嬢(あまりにもセンスがない)などと一部で呼ばれているのは知っているけど、ジェラルドに対して過激な面を晒したことはないのに。


 彼の隣に立つイヴが天へ祈りを捧げる格好をしている。あるいは彼女の吹き込みかもしれない。


 イヴは平民出身の少女だが、格別に清廉な魔力を有しているということで五年ほど前に教会に召し上げられた。私と話す機会はなかったが、王太子であるジェラルドとは神官を交えて何回か会っていたようだし、思っていたより仲が深いのかもしれない。


「…ああ我が神、大いなる意志よ。どうかお慈悲を。彼女が生まれ変わったその先で二度と悪に身を落とさぬよう…」


 なんか勝手なこと言ってる。

 まあ別にいいけど。

 一応言うだけ言っておこう。


「貴女が何を考えているのか知りませんが、全て思い通りに行くと思ったら大間違いですわよ?」

「…一体なんのお話でしょうか、エリザベス様」

「あるいは無意識だとしても、失態に他ならないでしょう。まあ私にはもう関係ないのでいいのですけど」


 私の言葉にイヴは眉を顰め、ジェラルドは彼女の目を覆うように右手を差し出した。


「もういい。君の戯言にはうんざりだ」


 戯言とまで言うか。親切心からなのに。


「既に判決は下されている。エリザベス・レインズフォードは死罪だ。執行までの間、独房で自らを悔い改めるといい」


 王太子の宣告に、私は頭を下げて一礼する。「謹んでお受けしましょう。それでは皆様、ご機嫌よう」と挨拶を述べた。

 その次に。


「―――その判決、少し待っていただこう」


 奴が、現れた。




 あまりにも聞き覚えのある声だった。

 今、奴は妖精の国にいるはず。爵位も持たない騎士の子ながら親同士の仲が良いため公爵家わたしたちと生来の付き合いをしてきた青年。

 現在留学だか押し掛けだかでしばらく留守にしているという話だったのに、いつの間に戻ってきたのか。

 いや、たった今戻ってきたのだろうか。

 それくらいには息を切らしていた。


「…ウィルフレッド・チェニィ。乱入とは無作法な…」

「不躾で誠に申し訳ない。しかし我らの話を聞いていただきたい」

「我らだと?」

「そう。まずは、ご挨拶を」


 扉を占拠していた奴がうやうやしく場所をどける。悠々と入場してきたのは、人ならざるもの。


「妖精王殿…?!」

「久方ぶりである。人の子らよ。此度は謝罪に参った」

「しゃ、謝罪、ですか?」


 どよめく会場に、あらゆる自然の美しいものを纏った妖精王は進み出ていく。

 その後ろを奴が追従する。私と目が合うと、片目を閉じて肩をすくめた。


 止められる人間などいるわけもなく、妖精王はティアラの残骸を手にし、ため息を吐く。


「これがそうか…」

「ええ。お間違いないでしょうか」

「まさしく。感謝しよう、ウィルフレッド。そして、エリザベス」


 名前を呼ばれた。それだけでなく、妖精王は私の近くまで歩み寄ると、私の目をじっと見つめた。


「其方の瞳は美しいな。人間にしては稀有な、鮮烈な魔力を感じる。汚染を見抜いただけのことはある」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


 賛辞に頭を下げて礼をする。視界の端にちらりと覗いた緑の石の指輪が輝きを放っている。


「引き換え…」


 続いて、妖精王はイヴに視線を向けた。強張った顔の少女が立ちすくんでいる。


「黒く染められている…なんと醜く哀れなことよ」

「…一体、何のお話を」

「結論から述べよう。このティアラは、呪いの装備に変貌しかけていた。永年の経過によって魔力が弱まり、邪気を溜め込み、人に災いを与えるものに変わりつつあったのだ。其方らの国に地異が発生していたのもそのせいである。とはいえ、元は清浄なる宝具。あと百年程度は立派に役目を果たすと見込んでいたのだが…」


 そこで、妖精王はイヴの目を覗き込んだ。少女はひゅっと息を漏らし腰を抜かす。


「何者かの手により、急速に悪化が進んでしまった。誰がそれをやったかは…言う必要もあるまい」


 まさか、とジェラルドが呟いて信じられないものを見る目を彼女に向ける。彼女はそれどころではなく、荒い呼吸をひたすらに鎮めようとしている。


「馬鹿な…そのようなことがあるはずが…彼女は、神官の資格を得るため勉強している。神に仕える聖職者です。国宝を汚す理由がありません」

「その娘の魔力は、白い。いや、白かったのであろう。故に、染まりやすかった。黒く濁りつつある強大な魔力を身近に浴び続けたことで歪み、劣化を後押しすることこそ最善と書き換えられてしまった。国を滅ぼす悪意があったわけではない」

「そんな…」


 ティアラの魔石の変質は贈与した我々に責がある、それを詳細に説明していなかった落ち度も含めて、改めて謝罪しようと、妖精王は国王陛下に持ちかけた。当然陛下は即座に頷き、わざわざ出向いてくれたことに関する感謝を示した。

 対して妖精王は鷹揚に首を振る。


「礼ならばウィルフレッドとエリザベスにするが良い。青年は単身我の元に駆け込み、事情を説明して国を救ってほしいと懇願した。娘は歪んだ魔力を見抜き、自らの身を厭わず元凶であるティアラを破壊することで国を守ろうとした。見上げた愛国心である」

「ならば…エリザベス・レインズフォードは、英雄だ、と?」

「無論である。このままティアラを被れば廃人が生まれたであろうし、あと少し遅ければこの天地がひっくり返っていたとも限らぬ」


 妖精王の言葉に、一気に会場の空気が変わる。何故言ってくれなかったのだと父が歓声を上げる。理由を説明してくれれば罰など与えぬというのに、こんな場など必要なかったというのに、と言い立てが始まる。


 「魔術師でも神職でもない身で、根拠もなくただ嫌な感じがした、というだけの理由で国宝を破壊したと言っても、許してくださらなかったでしょう」と述べると、その奥ゆかしさこそ美点だと更に騒がしくなった。


 判決は撤回。エリザベス・レインズフォードは無罪である。

 国王陛下の宣言に会場は湧く。英雄を処刑しかけていたという事実を誤魔化すために、盛大に感謝と祝福の雰囲気を広げていく。

 唯一、ジェラルドだけが白い顔をしていた。




 騒ぎが収まり、ティアラに変わる代物の授与の約束をして、粗方の始末がついたあと。ジェラルドに密室へ呼び出された。

 イヴは魔力汚染のため治療がされることになり、ティアラを汚した処罰についてはその後に取り決められる。

 きっとジェラルドはイヴの力になってやりたいのだろう、そのために魔力の見える私の力を借りたいとか言い出すのだろうと勘繰っていたら全然違った。


「君は…本当に英雄なのか」

「あら、何かご不満でも?」

「…いや…間違っているのは私だ…今回の非礼を、切に詫びる。何も知らず、偉そうな口を叩いて本当に申し訳なかった。君は救国の英雄だ…間違い、なく。君が望むのなら、復縁を」

「それは辞退いたしますわ。やはり私には荷が重いようですもの。殿下にはもっと良い女性がいらっしゃいますわ。私のことは、王妃の器ではない出しゃばりな女だと忘れてくださいまし」

「…君は…本当に……奥ゆかしいな」


 変わらず白い顔をして。殿下は去っていった。




 殿下がいなくなってすぐ。奴が現れた。


「うまいことやってんなお前」

「お前こそよく妖精王なんて連れてこられたわね」

「心の底からお願いすれば大抵のことはまかり通るってわけだ」

「そうね。私も結局死刑にならなくて済んだし、英雄にもなれたし、この十年の生き甲斐をなくしたのを除けば最高の結末だわ」


 「そう言うと思って」と奴が懐を漁る。取り出したのは、赫の宝石。

 見間違えるはずもない、ティアラについていた、あの魔石のカケラ。


「やだ!妖精王に回収されたんじゃなかったの」

「くすねてきた。まあこれくらいならバレねえだろ」

「そうね!ああ、破片とはいえ美しい…!」


 十年だ。

 この十年、そのためだけに頑張ってきた。


 七歳の時。建国記念の式典で王妃がティアラを被っている姿を見て、その真紅に魅了された。

 あのティアラを手に入れるには、王妃になるのが一番早い。

 公爵の娘という地位も申し分なく、邪魔者はいなかった。


 あの、イヴという女が現れるまでは。


 ティアラは普段教会に保管されている。あの女は何の苦労もなく私のティアラに触れる位置にあった。どれだけ歯痒かったことか。

 記念式典のために、あの女がティアラを城まで運んでくるというのも、かなり許しがたかった。


 実際にティアラの入った箱を前にして、イヴの手から叩き落とさずにはいられなかった。

 漏れ出る魔力が歪んでいたのもそれに拍車をかけた。

 イヴは自らの醜悪な魔力にティアラを浸していた。

 どんな目的かなど知らないが、私のティアラを、この女は汚していたのだ。かつて十年前に見たあの眩い輝きが、明らかに歪曲し、黒ずんでいた。

 美しくなくなってしまったなら、醜くなってしまったのなら、せめて私の手で破壊して、終わらせる。そうして他の誰にも渡らないようにすればいい。


 しかし。

 今、こうしてカケラを見てみると。

 全然黒く感じない。


「なんか妖精王が試しに浄化してくれたらしいぞ」

「あ、そう」

「つーかお前も大胆なことするよな。国宝を破壊とか本気で処刑もんだぞ。俺が妖精のコネ持ってなかったらどうしてたんだよ」

「別に死んでも良かったわ。十年の憧憬を汚されたんだもの。生きる理由なんて無くなった」

「の割には今は死にそうに見えねえな」

「…ええ、そうなのよ」


 カケラを放下して、私は奴に微笑みかける。奴も首を傾げて楽しそうに笑っている。


「ねえウィル」

「なんだよエリザ」

「妖精王の指輪。あれについていた翠の宝石。とっても綺麗だった」

「だろうな。あれ、結婚指輪らしいぜ。伴侶と揃いのを常時付けてるんだと」

「伴侶ねえ…妖精王は既婚者なの?」

「ああ。三百年も前からな。しかもあと七百年くらいは王として生きるんだってよ。その上、伴侶はたった一人。一途に愛し、寄り添い続けるんだと」

「ふうん…それは大変そうね。妖精って、滅多なことでは死なないんでしょ?」

「そうだな。だが、方法がないわけじゃない」


 ウィルが私の目を見つめている。片時も離す気配はない。


「良かったな、お前、妖精王に美しいって称賛されただろ。あれが布石になる」

「そうね。人の身でありながら妖精と婚姻を結んだ話を聞いたことがあるし」

「つっても、またえらく長い道のりになりそうだ。王妃の比じゃねえぜ」

「構わないわ。手に入れるためなら」

「ああ。幼馴染のよしみだ。いくらでも手伝ってやるよ。お前が死ぬまでな」

「死なないわよ。だってお前が死なせないでしょ」

「まあな」


 最後まで付き合うさ、と奴は肩をすくめた。











―――ウィル。見て。あのティアラ、とっても綺麗。欲しい、あれ、欲しいわ。

―――…本当だ。

―――ウィル、どこ見てるの。ほらあれ、最高に美しい。

―――…ああ。エリザ。最高に、美しいな。

宝が欲しい女と、宝を渇望する女の目が欲しい男の話

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[一言] 純粋なる物欲。 一途ですよねー。 「あれ、欲しい」っていう気持ち。わかりやすくて好き。
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