何かあったら飲みに来る男
「この家ってさ、火事になったら終わりだよね」
軽く笑う向井を傍目に向井が買ってきたビールを飲む。
「そういうのは言うもんじゃない。死亡フラグだ」
「お、死なれたら俺は誰と晩酌すればいいのさ」
向井の家の方が駅に近く、スーパーも近い。なのに、なぜか不具合が起きると我が家に来る。
今回は推しに推しがいたである。
「くーちゃんもさ、なんでファンに向かずに山崎八幡に行くかね」
「まだ推しというだけで、恋人では無いだろ」
「こういうのはな、段階ってやつよ」
「あぁ、くーちゃんと付き合いてー、なんでそんな小さな夢が叶わないかね」
「くーちゃんとやらにとってお前たちが推しじゃないからだろ」
「いつだって応援するよ。なんでもする」
「金を落としてやれ、喜んでくれるよ」
この木造二階建てに住んだのは自殺をするためだった。一階のダイニングが爆発したら、何かを焼くのを部屋で閉めきって練炭でしたら、そのどれかその他たくさんの理由で田舎の木造一軒家は都合が良かった。
「いやさ、なんか不思議だけど青春って感じ。分かる?」
向井和仁は何度もうちに通うアホだ。
こっちは人生絶望だよ。彼女にフラれて、友達の連帯保証人になって、大学を除籍になった。両親親戚全員早々に亡くなり、頼れるのは自分だけ、もういっぱいで死にそうで死にたい。青春なんてあきらめた。
それなのに、さて死のうとしたらこのアホがやってくる。
目張りしてガスだと思っていたのに。
でも憎めないのはどこか自分と似ているからかもしれない。顔形なんて鏡をみればそっくりだ。俺がメガネをかけているしか違いがない。
練炭がまだ用意出来ていない、買おうとしても借金の返済で全部取られてしまう。膨らむ利息、もう最近は利息を返しているのか借金を返しているのか分からない。
「東二君って死にたいの?」
「別に」
「嘘だ。毎回あきらめたって顔をしているよ」
床を叩いて立ち上がった。
「関係ない事を言うな。帰れ、もう来るな」
「待って待って、東二君」
「何をだ、もう出ていけ」
「うちの親父さ、結婚したいくらい好きだった女にフラれて友達に騙されて大学辞めさせられて親もみんな死んだんだ。利息を返しているか借金を返しているか」
「驚いたな。そんな境遇のやつがいるのか」
「もうそれは不幸でさ、でもある時、練炭が手に入って火をつけようとしたら、やたらうるさいインターフォンにイラついて出るんだ。そうしたらめちゃくちゃ可愛い女の子でさ。自分が借金地獄なの忘れて惚れたんだ」
「そんな幸せなやつもいるんだな。ま、俺には関係ない」
「東二君、絶望なんてするな。お前は頑張ってすごく頑張った奴だ。見ていた俺が証明する。あんたはこれからも生きるんだ」
「じゃ、帰るわ。仰せの通りもう来ない。東二君も何があっても死ぬなよ」
「ってやつが昔、いたんだ」
火葬場から上る煙を見た。
「和みたいね」
今、上がっているのが和の火だ。
「運命かもな、向井和なんとか」
「だから、和仁って名付けたの?」
「そういうわけでは」
「呆れた。でもその子が希望だったのは確かよね」
「あぁ、遊びに来てくれなかったらここまで生きていない」
私の息子の向井和仁は事故で彼が大学生だった二十歳から三十歳まで眠って生きた。その間に遊びに来てくれたのかな。写真撮っておけば良かったな。
遺影も急いで準備したので、違うって怒っているのかもな。
「もうまた泣いて」
訪問販売員だった彼女と結婚して良かった。良妻であった。借金で苦労をかけて返済をしたと同時に子を授かった。まさにギフトだった。