廃村から帰れない
これは、とある三重県の田舎へお盆過ぎに墓参りへ行ったある夫婦のお話。
ブロロロロロ……
「うわー細いなこの道、橋なんか柵とか無いのな、あ、唯子、そっち見てて」
「わかった! このあたり昔から、私が小さい頃よくトラックとかハマってたよ」
軽自動車は舗装されてはいるものの、
間違いなくすれ違う事はできない田舎道を走っていた。
「ほんっと、どこのイライラ棒だよこの道はよ!」
「でもヒロくん、生まれも育ちも東京だけどこんな道まったくなかった訳じゃないでしょ?」
「西は調布までしか行ってなかったからわかんない、この先だよな?」
山道を抜けると、ようやく集落が見えてきた。
「長かったなー、駅から三時間か? なんもねえな」
「まだもうちょっと先だよ、でもお昼ご飯に入った駅前のうなぎ屋さん、美味しかったでしょう?」
「だな、三重にうなぎが名物な場所なんてあったんだな、お、自販機がある! でも電源が入ってない」
ぽつり、ぽつりと山の中に点在する家、
しかし五軒に四軒は廃墟のようだ。
「知り合いの家とかないのか?」
「おじいちゃんの生まれた村だからねー、おじいちゃんなら知ってたかもねー」
「じゃあお墓の前で聞いてみるか!」
そして車は坂を上り、折り返し上り、さらに上ると一軒の屋敷を進んだその先に……
「あれ?車両通行止めって出てるぞ」
「ほんとだ立ち入り禁止になってる、二十五年前は入れたのに」
車を止めて降りると、手前の屋敷から男がひとり出てきた。
「おい誰や、もうその廃村は入れへんぞ!」
「あー、ひょっとしてたかしちゃん?! 私、私! 唯子よ!」
「え? あーあの唯子ちゃんか! なつかしいなあ、元気にしとったか」
再会を喜ぶふたりにヒロが聞く。
「知り合い?」
「うん、二十五年前に、おじいちゃんが死んじゃった時、村で遊んでくれて」
「そのあと高校で一緒になったんやけど、それ以来やな、ようきたなあ」
お互い懐かしそうに顔をまじまじと見ている。
「ほんでなにしにきたんや、って墓参りか」
「うん、でも閉まっちゃってるね」
「お盆前後は開けとったけど、今朝閉めなおしたばっかや、今から行くんか?」
そう言いながら腕時計を見るたかし、
唯子もスマホを取りだして見る。
「やっぱ圏外かぁ……午後三時半やけど車ならすぐやろ?」
「あーあかん、もうとっくに車は通れん、ケッタかバイクか歩きやな」
「歩きってどんくらい?」
「三十分かなあ、ていうか普段は立ち入り禁止やで」
「えー昨日までは良かったんやろ?」
地元の訛りで会話する妻を見て少しにやけるヒロ。
「あ、これヒロくん、半年前に結婚したん」
「ど、ども、下田ヒロです」
「唯子ちゃんと同じ高校やったたかしですぅ、どぉも……唯子ちゃんおめでとな」
「ありがと、それで入ったらあかんの? せっかく来たのに」
「最近は廃墟マニアとかいうのが荒らしてなあ、でも唯子ちゃんならええか」
その言葉にパッと笑顔になって両手を合わせる唯子。
「ありがとう、ありがとう」
「そのかわり、はよ帰ってこなあかんで、噂によると、暗ぁなったら出るらしいから」
「出るって?!」
「前に、だまってこっそり入っていった知らん奴が夜んなって、血まみれで泡食って逃げてきた」
「何があったんやろ、こわっ」
ヒロもスマホを見る、こちらも圏外だ。
「四時について一時間半として、ここへ六時ならまだ明るいよな唯子?」
「う、うん、六時までならいいかな、たかしちゃん」
「ええけど絶対六時に帰ってこなあかんで、それまでやったらええわ、車はうちの庭に止めてき」
話がつき墓参りセットとお土産を手に、
ふたりは進入禁止の柵を越えて山道へ。
「もう電気も水道もないから、はよ帰ってきーなー!」
進むと確かに所々の道が壊れていたりして、
自動車では通行不可能な事がわかる。
「なあ唯子、さっき言ってたケッタってなんだ? 竹馬か?」
「あ、ううん、自転車のこと」
「へー、でもこの道だと自転車でもきついな」
夜になると灯りをつけても無理そうだ。
「ヒロくん、急ご、急ご」
こうして歩くこと三十分、
ようやく廃村に辿り着いたふたりであった。
「うわ、もう家の原型を留めてないなこれ」
「スプレーの落書きが酷いね、おじいちゃんの村なのに」
「サバゲーの玉とか落ちてる、やりたい気持ちは俺もわかる」
そうして唯子の記憶を頼りに進んでいくと……
「あそこだけど」
「うお! 家にスプレーで『竜王の城』って書かれてる!
唯子のおじいちゃんは竜王だったのか?!」
「そんな訳ないでしょ、入るわよ」
バッグから南京錠の鍵を出して鎖を解き、門を開けると、
普通の鍵を出して中に入る、廃墟の装いだが足を踏み入れても問題のない頑丈さは保っている。
「もうこれ靴、履いたままでいいわ」
「お邪魔しまーす、古そうな扇風機が置いてあるな」
「さっさと探し物してお墓行くわよ?」
押入れをゴソゴソとあさるふたり、
埃まみれの布団や古新聞の山に悪戦苦闘する。
「こんな所にないんじゃないか?」
「でも父さんや母さんが探した時は、目につく場所にはなかったって」
「高い所を探すときは気を付けろよ、それは俺の仕事だからな」
部屋をひとつひとつ丹念に調べるヒロと唯子、
仏壇の間では唯の子おじいちゃんの遺影に手を合わせる。
「私の旦那様のヒロくんです、ニワトリのモノマネが得意な頼りになる人です、
ヒロくん、やってみせて」
「ええ?! えっとじゃあ……『コケーコッコッコ!』おじいさん、ええっと名前なんだっけ」
「保おじいちゃんよ、た・も・つ」
「たもつさん、お孫さんを絶賛、幸せにしている最中です、今からお墓詣りに行きます」
こうして挨拶の後、風呂とトイレも含め全て調べたもののお目当てのものは見つからなかった。
「あーどこだろ、おじいちゃんの寝室に戻って来ちゃった……あ、そういえばあのタンス!」
と、一番下の引き出しを全部抜くと……
「あったあった、引き出しの奥に引き出しが!」
「そんなのあるんだ」
「うん、幼い頃見たテレビの通販番組でやってて、
おじいちゃんが『ウチにもこれあるぞ』って言ってたこれよ!」
開けるとアルバムと通帳や印鑑が出てきた。
「私でしか見つからなかったわね」
「アルバムはかさばるな、まあいいや俺が持つよ」
「あーもう午後四時四十分かぁ、あれ?あの時計さっきも」
「それ来た時からずっとだよ、もう五時半」
「いっけなーい! お墓詣り、お墓詣り」
家を再度閉めるのに鎖がボロボロだったため手間がかかり、
離れた頃には六時になろうとしていた。
「やっば、早く早く」
「スプレーで今度は『ラスボスの城』だって、あの平屋が」
「あれ、たかしくんが住んでた屋敷だよ、ウォーターゲーム置きっぱなしになってたはず」
「なにそれ」
「ぐぐって」
長い長い道を進む、
たまにどこを歩いているのかわからなくなる山道、
草が多い茂っていてもはや獣道のような場所さえある。
「小さい頃から『行きは簡単だけど帰りは迷うから気を付けな』って言われた道なんだ」
「へえ、誰から?」
「おじいちゃんだったような、おじいちゃんじゃない誰かだったような」
「怖い事言うなよ」
「ここを通り抜ければ……あったあった」
お墓自体は整備されているようで水場も整理されていた。
「トイレはないかあ、あっちでしてくる」
「バチあたるよ」
「大きい方じゃないから大丈夫だって」
そしてふたりは『辰巳家の墓』で墓石に水をかけ、
線香とロウソクに火をつけ、お花、お酒、最後にお土産を置き手を合わせる。
「なあ、もったいなくないか? お酒はともかく三千三百円のうなぎ弁当」
「こういうのは気持ちだからいいの!」
「どうせカラスか狸かゾンビの餌だぜ」
「いやゾンビはいないから、トンビの言い間違い?」
「じゃあこうしよう、どうせアンデッドの餌だから」
スマホを見るともう六時過ぎだ。
「丁度暗くなってきたわ、帰りましょ」
「うん、おじいちゃん、唯子は幸せにします! いや、もうしてます!」
「そんなキリッて漫画で表現されそうな顔しないでいいから」
急いでお墓の出口へ向かうがヒロが何かを足でいじった。
「どうしたの?」
「いや、このはじっこの小さい墓石が倒れてたからさ」
「駄目だよ足でそんな!」
「だってコケだらけだぜ? 直したんだから文句もねえって」
「いいからはやく! たかしくんに怒られちゃう」
こうして墓地から出て帰りを急ぐ、
が、確かに来た道だった場所なのに今、自分たちが通っている場所がわからなくなる、
高い草木が邪魔して獣道もどこにどうつながっているか、
そもそもこの道があっているのかもわからない。
「スマホの地図アプリで確認するか」
「そんなの繋がるわけないでしょ! あぁ、もう暗くなってきたあ」
「そもそもこんなに曲がりくねっていたっけ?」
そうこうしているうちに日が沈んできて焦るふたり。
「あーこのままじゃ帰れなくなっちゃーう」
「電話も通じねえしなあ……おい、誰かついてきてねえか」
「うそやだ、怖がらせないで!」
……立ち止まると確かに後ろの草むらがざわついて、
自分たちを追いかけてきている『何か』を感じる!
「やだやだ、帰るううぅうう!!」
「おい唯子、危ないから! 俺が前、行くから!」
「ヒロくんが恐がって先に逃げたいだけでしょおおぁお!!」
早く駆ければ駆けるほど、
後ろの『何か』もそれに追いつこうとついてくる!
このままだと追いつかれる! そう思い必死で逃げたヒロが急に後ろに倒れた!
「いでえ!!」
「きゃっ?!」
ぶつかる唯子!
結果的に抱き受けたようになった。
「ヒロくんどうしたの」
「誰かに、おでこ蹴られた」
「うそ?! あ、コケがついてる」
その先を見ると……
「うわ、崖だ!」
「あのまま走ってたら落ちて死んでたじゃない!」
「も、戻ろう、いや、帰ろう!」
別の道を探し駆け回るも、だんだんだんだん暗くなる!
と同時にまた背後から人影を感じ、それが暗さが増すと同時に多くなり、
はっきりと人の気配として感じられるようになる!
「も、もういやああああ」
「唯子! 大丈夫だ! 俺が、俺が……」
「いやああああああああ!!!」
へたりこむ唯子、
気が付くと高い草むらの中で人影に取り囲まれていた!
ヒロがしゃがみ、必死で唯子を抱いて守ると……そこに声が響く!
「うちの孫は、悪いこたあせん!」
その声でまわりの気配が ふっ、と消え、
目の前にはひとりの老人がぼやけて立っていた。
「おじいちゃん!」
「唯子、ようきてくれた」
「おじいちゃあああん!!」
唯子が抱きつこうとするが、すり抜ける!
「最近は悪いやつがおっての、みんな気が立っとんのや、もう大丈夫、はよ帰り」
「あ、ありがとう、おじいちゃん」
「まっすぐ、まーっすぐな、気ぃつけてな、うなぎ、ありがとうな」
そう言い残し、すーーっと消えていった……
「立てるか? 唯子」
「う、うん」
「真っ直ぐだって、だからこっちだ」
あきらかに通れなさそうな草むらへ唯子の手を引っ張り進むヒロ。
「また崖に出ない?」
「その時は俺だけ落ちるよ」
「いやぁ」
「冗談だよ」
こうしてまだかろうじて先がわかる場所を真っ直ぐ突き進むと、
ようやく開けてきて、行きに通った見覚えのある景色に安堵する。
「いや、まだまだだ、まだちゃんとした道へ……」
「きゃ! あそこ、光が!」
前から眩しい光が近づいてきた!
「お~~~い、唯子~~~!!」
「たかしちゃん!!」
安心してか、へたりこむふたり。
「遅いから心配したでー」
「うわ、わ、わああああああああああん!!」
「自転車の光かぁ、よ、よかったあ」
後ろからたかしの父親らしき人もやってきた、
こうしてふたりは時間をかけながらも、
何とかたかしの現在住む屋敷まで戻ったのだった。
(噂って、本当だったのね……)
「ええのか?泊まっていかへんで」
「うん、家に帰るって言ったから」
「今度はもっと早めに来なあかんよ」
たかしさん一家に見送られながら車で山を下りるふたり。
「あれはなんだったんだ……」
「ヒロくん、はやく、はやくっ」
「どうした?」
「山から……山の上の方から、またなんか、人がいっぱい見てる!!」
次におじいちゃんの墓参りに行くときは、
早朝にしようと心に誓う唯子であった。
おしまい。