現場帰りの刑事
オレは、エントランスにあるオートロックの操作盤で、テンキーを片っ端から押していた。次が最後の部屋だ。
ピンポーン
『はい。』
「警察の者です。事件捜査にご協力をお願いします。少し、お話を聞いてもよろしいですか。」
オートロックのカメラに向けて警察手帳を見せる。
『ああ。上の階の人を刺した事件ですね。』
「その通り魔を追っていまして。少し、お時間いただけますか?」
『ごめんなさい。協力はしたいんですけど、ちょうど今、子供が寝たところなんで、また今度にしてくださいませんか。』
この辺りはベッドタウンで、日中は仕事で留守の人間が多い。実際、このアパートも昼間は誰も居なかった。
だから、こんな夜に聞き込みをしている。
「昨晩、不審な男を見たとか、何かおかしな音を聞いたとか無かったですか?」
『すみません。あなたを信じてない訳ではないんですけど。こんな時間にご苦労様です。プッ…』
切られてしまった。
最後の言い振りからすると、オレを不審な男と疑っているかもしれない。
子供がいるから防犯意識が高いんだろうな。だが、オレは刑事たぞ。
結局、今日このアパートで聞き込みできたのは二件だけ。特に収穫は無かった。
一人は背後から襲われ犯人を見ていない。
もう一人の被害者は面会謝絶。証言はまだ得られていない。
はじめは服を切る程度だった通り魔が、段々とエスカレートしている。放っておけば、奴は間違いなく快楽殺人犯になる。早く捕まえなければ。
犯人はこのアパートの住人に違いない。
エントランスの防犯カメラは、向きが変えられていて肝心な所は撮れていなかったが、状況から犯人がこの自動ドアを鍵で開けたと思われる。
ヴヴヴ
携帯が鳴る。同僚だ。
「ああ、ちょうど終わった。今から報告に署へ帰るとこだ。ん? そっちもか。じゃ、後でな。」
オレ達はこの辺り一帯を手分けして聞き込んでいた。人が家に居るこの時間は、聞き込みにはちょうど良い。もっと遅い時間だと通り魔の出る時間になる。すると、さっきの母親みたいに、こちらが不審者扱いされてしまう。
夜道を照らす街灯に沿って帰る。
警ら中のパトカーが通り過ぎると、ちょうど人通りが切れた。
コツコツコツ
後ろから女性の足音。あの事件があったせいか、かなりの急ぎ足だ。
まさかオレのことを通り魔と思ってないだろうか。あまり振り返らない方が良いだろう。変に動くと怖がらせてしまうかもしれない。
女性がオレを追い越そうとした時。
目の端に映り込んだ赤い靴。
ズブリ。
次の瞬間、オレは意識を失った。