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東洋の楽劇隊  作者: 伊藤 黒犬
2/23

02 関係

 木の枠で囲まれた小窓から白い朝日が差し込む。

 照らされた領収書を、太陽はサングラスの位置を直してじっと読んでいた。

「本当にいいんですか」

 眉をひそめる太陽を見て、カウンターの向こうでエプロンを着た女が笑った。

「昨日言っただろう? お嬢ちゃんの分はサービスだって。詐欺じゃないさ」

 それでもなお微かに奇妙だと言いたげな様子を残したまま、太陽は鞄の中の袋から紙幣一枚と硬貨三枚を取り出した。

「だってあんた、こんなかわいい子をあのまま路上で野宿させちゃ駄目だろう?」

「ですから、私はこれとは一切関係ありません」

 きっぱりと無表情で言い切る太陽に女は後ろに立っているキヨラを見た。

「そんなこと言っちゃ可哀そうだよ。それとも何だい、別れた彼女か……って」

 最後まで聞かずに出て行った太陽、キヨラがその後をついて行く。

「最近の若い子は難しいねぇ……と、朝のお掃除しなくちゃね」

 女はぽつりと呟き、あくびをする。




「昨日の演奏かっこよかった! いつから笛吹きをやっているの?」

 河原の砂利道を進んでいく太陽にキヨラは質問をする。

「どうしてあの街を出てっちゃたの?」

 太陽はただ前方を見ながら、水音の立つ川の横を砂利を踏みながら歩いている。小石が川に落ちてぽちゃんと小さな音を立てた。

「皆、楽しそうに聞いてたのに」

「しつこい」

 被せ気味に言われてキヨラは口を閉じる。

「お前の元主人も言ってただろ、この辺りは危険だからだ。これで満足か」

 振り向かずに太陽は苛立ちを含んだ声で答えた。

「だけど貴方なら強いから襲われてもきっと倒せるよ。それに」

「いい加減にしろ」

 立ち止り、太陽はキヨラの方を振り向いた。跳ねた水がサングラスにかかる。

「私にはお前に構っている余裕も義務も無い。養うつもりも無い」

 語調を強めて言い、太陽は再び前を向いて歩き出した。その後をキヨラはついて行く。すぐに太陽は足を止めた。

「だからつきまとうなと」

 怒気を帯びて言い振り向いた太陽にキヨラは泥が乾きついた足を止めようとするも、その足は小石に躓いて横へぐらつく。咄嗟にキヨラは太陽の鞄の肩ひもを掴んだ。

 二人とも川へ落ち、水しぶきが上がる。


 水面から顔を出してキヨラは目をこする。

「ごめんなさい、意外と深かった……って、あれ」

 体を浮かせて辺りを見回すも、河原に太陽の姿は無い。砂利に上がり布の服から水を滴らせながら周囲を見回すも、やはり太陽の姿は無かった。

「いなくなっちゃった……?」

 水面を見渡すも上がってくる様子は無い。流れの速い川の水面に細長い葉が一枚流れているのみ、その向こうには林が広がって

「あっ」

 一瞬、その林に伸びる手が見えた。だが水流に消える。

 慌ててキヨラは川の中に戻る。





 

 夕日が林を赤く照らして、サングラスの茶色いレンズに丸く映っている。

「あの……えっと……」

 先ほどから言葉を出せずにキヨラは俯いている。太陽はもう振り向くことも無く、無言で歩き続けていた。その眉間には深くしわが寄せられている。

「本当に、ごめんなさ」

 言いかけたところで太陽が立ち止った。

 前には石を積み上げて作られた質素な門。上部に取り付けられた板の文字は彫られた上に墨で溝に沿って書かれている。太陽は一層眉間のしわを深くして、その文字を睨みつけた。

 ……数十秒間。

「視力、悪いの?」

 キヨラは聞くも返事は無い。

「……見えにくいなら、サングラス外した方が」

 耳にかけたサングラスに小麦肌の手を伸ばした瞬間、はっと太陽の目が開いた。鞄の紐を掴んでいた手を離してキヨラの肩を突き飛ばす。

「やめろ!」

 足元を崩してキヨラが後ろに傾く。だがすぐに太陽は手を伸ばし、キヨラの胸ぐらを掴んだ。キヨラの体が空中で留まる。

 キヨラは足を一歩後ろへ下げ、太陽は手を離した。

「……ごめんなさい」

 擦り切れて血の滲んでいる、青いペディキュアの塗られたつま先に視線を落とす。

 太陽はキヨラから目を離し、石の門をくぐった。乾いた黒い髪を風が揺らす。カラスが赤くなった空を鳴きながら横切った。

「清々した」

 呟き、片手で鞄の肩ひもを握る。指先についていたスパンコールを上着の裾でぬぐい取り、乾燥して血の付いた唇を固く結ぶ。


 足を止めた。

 視線を上げ、こちらを見ている村人たちを横目に見る。

 溜息を洩らし、太陽は振り向いた。門の方へと来た道を戻る。石の門の前で立ち尽くしたまま俯いているキヨラに手を差し出した。

 目の前に突如差し出された手にキヨラは驚いて顔を上げる。

「さっきは悪かった。……お詫びをする、来い」

 アイラインが溶けて黒く濁った涙が頬からこぼれ落ちる。慌てて手の甲で拭い、キヨラの表情はたちまち笑顔に戻る。

「はい!」

 小麦色の手で太陽の手を取る。再度横目に村人たちの様子を伺いながら、太陽はキヨラには構わず速足で畑と畑の間にあぜ道の続く村の中を進む。

 足をもたつかせながらもキヨラはその後を引っ張られてついていく。そして突然立ち止った太陽にぶつかった。

「好きなのを選んで来い」

 すだれの下げられた書店の前で太陽は言い、並ぶ本棚の方に目を向けた。店先に並ぶ本棚の、側面に貼られたポスター、手配書が目に留まる。

 デジタル製の白い、綺麗な幼い少女の写真が載せられたその下には太陽の名前が。太陽は微かに眉をひそめる。ちらりとキヨラの方を見、太陽の呼吸が止まった。


「あ、えっと、その……」

 キヨラは太陽の方を見ている。

 言葉を濁すキヨラに、太陽は僅かに片足を後ろに引く。

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