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秋の桜子の物語集

恋は盲目。手を取られて……私。牡丹餅。

作者: 秋の桜子

長岡更紗様主催、ワケアリ不惑女の新恋企画参加作品です。

 名家の軍人。真面目堅物一辺倒。しっかりとした体躯。絵に書いた様な美丈夫な男の嫁に貰われた、ほんの小娘だった私。恋を知らずに結婚をした。


 幸せね。良いわねぇ。と女学校時代の同級生から、それはもう、羨ましがられた私。当然ながら得意満面だった私。


 恋知らぬ、おぼこ娘。白無垢、綿帽子で駕籠で婚家に運ばれた。までは良かったのだけど。


 世の中そんなに甘くは無かった。嫁ぎ先には助平爺と因業ババアが舅姑で君臨していたのだ。孝行は子の役目、父上母上が一番大事。という夫は、私が泣かされていても、見て見ぬ振りをして助けてくれなかった。



 夫婦の証としてしきたり通り家禄に見合った逸品。豪華な朱漆塗りに螺鈿蒔絵を施された櫛を贈られたが、夫婦とは名ばかり。



 旦那様に惚れる事はついぞ無かった!



 当然、何とか婚家から逃げ出す事を考え始めた、若い頃の私。ところがコレが、なかなか出来ない事だった。何しろ跡継ぎを産まぬ前に逃げるのだから。産んでしまえば、出ると言えばこれ幸いに、放り出されたかもしれない。だけど。



 姑に言われた。



「最初の子は男だよ!女を産んだら川に流して来るからね!高い買い物をしたんだ!見目麗しい息子と小町娘と評判だった、落ちぶれ貴族のお前から産まれる坊やは、きっといい顔をしてるからねぇ」


 その時知った実家の借金問題。なんと私は、借銭の形代だったのだ!


 先々、跡取り息子を産まねば、実家に倍返ししてもらうから!と言い、箸の上げ下ろしにも、拭き掃除にもねちっこくあら探しをする姑。


 そしてスキあれば優しい仮面を被り、偶然を装い、若嫁の尻ばかり触ろうとする舅。妻の災難等、知らぬ顔の夫に対し、新婚早々、辟易し始めた私は日々鬱々と悩み、僅かな間に嫁ぎ先が座敷牢の様に思ってしまう始末。


 そしてある日、遂に堪忍袋の緒が切れた、カッコウが鳴く頃。町に買い物に出た時を狙い、町外れに住む『よろず何でも解決し〼』の看板を掲げる、呪い師の元へ駆け込んだ。


 馬鹿だったなと思う今。あっちの方が先にあの世に逝くのだから辛抱するのも有りだった、それかポックリ逝くような呪いを教えて貰ってた方が良かったかな。少々後悔しながら寺の庭を掃く四十路の私。


 何しろ自由になる手持ちが、僅かだったのだ。なので自分の身をはるしか無かったあの時。



 ♡


「ほい?借金踏み倒して離縁をしたい?」


 緑の葉を茂らす、扁桃(アーモンド)の土手の並木道。ひと息に駆けていった先にある呪い師の小屋。同じ年ごろの曰く有りげなお手伝いさんが、ぶちまける様に話し続ける私に緑茶を淹れてくれた。


「そう姑がいうんです!おまけに産まれて来る子が女の子だったら、川に流して棄てるって言うんです!跡取り息子だったら、きっとあのババアに取り上げられて、産みの母は女中代わりにこき使われるのが見え見え」


「まあそんなところだろうね」


「でも恐らく逃げ出したら、銭が倍返しになるのです。しかも!少し調べたら、実家は既に都落ちし、何処かの田舎に逃げ出したらしいんですよ!私は棄てられたんです。だとするとその銭は、私の身に降り掛かるって有様で……」


「世も末だねぇ。うーん。そうだねぇ……。なんとかしようと思っちゃいるけど、お足が足らないよ。出来ることねぇ。安くに出来る方法が、あるにはあるが……、お客さんが泥水を被らなきゃいけないよ」


 財布代わりの巾着から数枚の銅貨と大銀貨いち枚を出し、床板の上に置いた私。嫁入り道具のかんざしを質に入れて用意した、これっきりしか無い私の全財産。


「泥でも芥でもなんでも被りますよ!」


 あの家から出るのなら、鬼の様な親が借りた銭が綺麗サッパリ、帳消しになるのなら……。私はポンっと胸を叩く。


「そうかい!それはそれは。ならばお客さん『キチガイ()』になってもらうよ」


 ニヤリとギョロギョロとした目を動かし、ピクピクと鷲鼻を動かした呪い師。



 ……、断る事は出来なかったし、する気も無かった。



 そして着ていた着物は、足しに貰いたいけれど、可哀想だから後から銭にして渡してやる。と言われ、お手伝いの彼女が用意した、裾があちこち断ち切られている真っ赤かな襦袢に着替えさせられた。


 次にオババは、結い上げていた髪を解きほぐすと、臭い油でぼうぼうになる様荒く梳く。顔は白粉を叩かれ、玉虫色に紅を引かれた。


「よし!出来た!この成りで、町の大通りを走れ!そして櫛を駆け込み寺に投げ入れればよい!足に呪いを掛けてやる。一気に走れるように」


 ブツブツと怪し気な呪文を唱えつつ、私の足を撫でくりまわしたオババ。人前に出るのが恥ずかしいと思ったけど、呪文が終わる頃には、何故か私はすっかりやる気満々になっていた。



 こうして私は走る事等禁じられている、町の大通りを真っ赤な破れ襦袢一枚で、駆け抜けた!人が指差す。警笛を響かせサーベルを下げた警邏が、慌てて追いかけてくる。 


 しかし呪文のせいか、私は息も切らせず、駆け抜けれる。



 二の腕も太腿も顕にし、髪をふりみだし狂った様に駆け抜けた。途中から馬に乗った騎馬隊の独りに追いかけられたのだが……。



 オババの術は凄かった。私は馬さえも振り切れたのだ。


 その顛末は、翌日の朝夕新聞に載ったと後で知った。


『般若、町の大通りヲ走ル!世モ末カ!』


 という見出しだったらしい。


 そしてオババの思惑通り櫛を片手に寺に入った後、私は色々調べられた。あけすけに話した婚家の内情。その結果、イビリ倒され憐れにも気鬱の病になり、良からぬ鬼に魂を喰われた事による振る舞い。という事になり。


 あの家から、私の借銭は手切れ金代わりにする故、一切関わりなく候。との一筆を頂戴する事が出来た。



 ♡♡



 着物を売って出来た幾ばくかの金が、呪い師より私の名前で寄進されたらしい。金が物を言い、別の尼寺に雇われた私。


 住まいと仕事を与えられた。それから過ごす事、指の一本一年とし、両手両足の指を数える程の年月が過ぎた。


 外に出ても、もう誰も私の事を指差す者は居ないとわかっている。だけど此処から出ても行く先が無い。信仰心も薄いので、庵主様に進められても、髪を剃り落とし尼になる踏ん切りがつかない。


 ズルズルと俗世に身を置いたままで、寺の下働きをこなしている毎日。そんな私に庵主様はお優しく、それも御仏のお導き。と笑って言ってくださる。そればかりか、


「参拝客のなかでこれぞという、背の君を見つけなさいな」


 元公家だという庵主様は、よからぬ事を笑って唆す。


「背の君って言ってもねぇ。ここに来るのは年寄りばかりだし、爺様の慰み者になる位なら、ここに居る方がマシってもんよ、うふふ……。だけどね」


 最近、気になる男がひとり出来た。彼もまた何かやらかしたらしく、人里から離されこの近くの庭師の家に最近、放り込まれたらしい。


 彼と親しくなったきっかけは、庭仕事をしていた時に、お昼のお茶を運んだ事からだった。


「あ、ありがとう」


 ぎこちなく応えると、差し出した湯呑みを凝るように見た彼。添えられた私の指先に目が行っていた。変な子だわね。と思いつつ、その時は対して気にもしなかったのだけど。


 何時の間にか彼は私の側に、ヒタヒタと広がる水の様に音無く近づいていた。



 ♡♡♡ 




 始まりは弁当のおすそ分けなのか、固く握られたおにぎり。庭箒を手にし、外に出てきた私に。


「ん!」


 椿の葉の上にコロンと載せ、差し出してきた。受け取れと言う事なのだろうか。場所が寺社内では流石に不味いと思い、通用門から外に出る様、話した。そして築地の側で断る理由も無いので受け取った。


「あ、どうもありがとうございます」


「ん!」


「は?あ、食べろと?わ、わかりました」


 味噌を塗って焼いてあったそれを、何故か断りそびれ、気恥ずかしく思いながら立ったままで食べた私。指先についた米粒を丁寧に舐めとると。



 何故か嬉しそうに眺めてきた。



 次は何処かで摘んできたらしい、黄色い木苺を蕗の葉の上に数粒。何時もの築地の側。


「ん!」


「はい、ありがとうございます……、食べろと?」


「ん!」  


 ほんの数粒なので、彼の目の前で私は摘んで口に入れる。小さな実なので指先が唇に触れる。


 その様子を、食い入る様に見つめる……。ゴクンと飲み込むのを確認すると。



 パァァァと嬉しそうな顔をする。



 親方と仕事に来る度、私に何かしらほんの少しだけ、食べ物を持ってくる彼。そして必ずその場で食べろと急かす。


 そして食べる私を眺めながら、何故か喜ぶ。それを幾度か繰り返している内に、庵主様のお耳に入ったらしい。部屋へ呼び出された私。


「少しばかり妙なお人やからおやめなさい」


 そうは言われても、産まれて初めて、食べ物といえど異性から贈り物をされた、四十路女の心は思いっきり乙女になっている。



 夜はどきどきしながら床の中で、見つめてくる涼し気な目元を思い出している。どうして私にと、思う時間はとっても甘くて、恋とはこんなものかしらと、女学校時代に読んだ小説や歌集を思い出す。


「庭の手入れが終わったら……、来なくなるのねぇ」


 そう思うと少しばかり落ち込み、胸が詰まる気がする。  



 しかしどういう訳か、仕事が終えても、月に何度か供え花と小さなお土産を持ち、御本尊様に手を合わせに来る彼。


 花を出迎えた尼僧に手渡した後、神妙に手を合わせる彼に来るなとは言えない庵主様。勿論、銅貨一枚のお布施も、忘れ無いと尼僧達は話している。そしてありがたい庵主様の訓話を少しばかり耳にしたあと、いそいそと私の元へとやって来るのだ。




♡♡♡♡




 その日は半殺しのご飯に、あんこをたっぷり着せられた牡丹餅。何時もの築地の側。


「ん!」


 竹の包を開くとひとつ。


「何時もありがとう。でもこれは手では。汚れてしまうもの、後で頂きますね」


 受け取った後、そう応じると……。


 ハッ!とした後、キリッとした眉をへの字に下げ、うるうるとする瞳。淋しげな顔付きになった彼。棄てられた子犬とはこの事?という風情で見つめられた私。


「ん……」


 半泣きで食べる様、勧めてくる。


 だめよ!指先があんこ塗れになるし、かぶりついたら口元だって。だけどこのうるうる瞳にほだされる、私の乙女な心!くすぐられて、何でもしてあげたくなっちゃう。


 幾ら外だと言えども、寺住まいの私に不埒だと御仏の罰が当たりそう。四十路の初恋は、なかなかに厄介。


「……、ん!」


 泣きそうな顔を見ると、もう駄目。私はありがとうございますと繰り返すと、ぽってりとしたソレを、指三本で持ち上げかぶりつく。


 何時もの様に、じぃっと見られる私。

 変な人だけどかわいいと思ってしまう私。


 恋は盲目と言うらしい。尼僧達から見ると目の前の男は、傍から見ると気持ち悪い気配を、私に飛ばしていると言われた。


 そうなのかしら。黒い瞳はキラキラとしてて、とてもかわいいのに。もぐもぐとあんこ多めの牡丹餅を食べる。


 案の定、指先がベタベタと汚れてしまった。はしたないけど舐めようかな、このまま戻って洗おうか。少しばかり躊躇したその時。 



 つい。と汚れた手を取られた。

 すい。と指先を彼に舐められた。



「はぁぁ?な!何をするのです?」



 ペロペロと子犬の様に舐める。



 ひ~!助けてぇと声を上げたい私と……。


 きゃぁ!なんてかわいいのかしらと、ときめく私。


 両天秤にかけられる、四十路女の二つ心。


 ときめく方が、一気に下がったのは言うまでもない。 


 チュッと音立て離した彼は、しっかりと私の手を掴んで離さない。



「君は下女で俗世に身を置いてると聞いた。だから……、我慢出来なくなった!初めて見た時から、なんて美味しそうな手をしているのかなって、口元もいい………。忘れられない」


 よ……、嫁に来ないか?とモゴモゴ言われた私。


「よ!四十路の女ですよ」


「か、構わない。俺は少し年上の女がいい。実家に居たとき、近所に指先が旨そうな女が居て、惚れたんだ。後家だった。結婚したいと親に話したら……、勘当された、そして女にもこうやってある日、辛抱出来なくなり指先を咥えたら……、逃げられた」


「そんな事が……、私も昔に、やらかしてここに来てますけど、親方さんから何か聞いてませんかね?『般若のキチガイ()』と呼ばれたんですよ?」


「き、聞いてるけど、か、関係ない。か、金も無い、親方の所で、庭先の小屋ぐらしだけど……、君がいい。一緒にならないか?」


『君がいい、君がいい、君がいい』


『一緒にならないか、一緒にならないか、一緒にならないか』


 寺の鐘の音の様に、ゴーンゴーンと響き渡る、甘露なその言葉。


 指先は彼の唇にしかと当てられ、熱がそこから私に流れてくる。


 ああ!こんなに情熱的に求婚されるとは……。四十路迄ここに居て良かった。


 阿弥陀様のお導きとはこの事。手が旨そうだとか、妙ちくりんな事は置いといて……。


 好いた男と一緒になれるかしら?と胸躍る私。変な奴だからやめておけ、と庵主様と尼僧達の声が、何処か遠くで聞こえた気がしたけど……。   



 知らないふり。



 今、私の目の前に居る彼は、変な奴には見えない。何処か変なのか、よくわからない。そう……。



 子犬の様に澄んだ瞳がかわいい、とっても素敵な御方が、私の指先に唇を当て、甘く私を見つめて来ているだけなの。



 終。


お読み頂きありがとう御座いました。

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[良い点]  終わり方が不思議でした。何かしら余韻が残る物語でした。 [一言]  読ませて頂きありがとうございました
[良い点] 序盤の美しい文章から、後半からの急展開がオツですね☆彡 [一言] 書かれている用語の理解に不安で、ネットで確認しながら読みました。 自分のアホさが露呈しました (ノ∀`)ww
[良い点] 「背の君」ふふ、いいですね。古風。 [一言] 何か、こう、すごいです。指と唇かぁ。 受け入れてしまえば恋の花咲く桃色の世界ですね。 あとは、さらなる強敵(指)が現れても勝てるように、それ以…
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