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第九幕「行くぞ。モウロクジジイを助け出す」




◆  ◆  ◆




 その後、靴やらソックスやら肌着やらを買い揃え、リアはすっかり新品の服に包まれていた。さらに予備の服を二着ほど買ったため、衣類を入れるためのカバンも購入した。


「全点合わせて二万ポイントとなります」


 そうレジスターに言われたところで、リアの動きが止まった。


「どうしたリア?」


「……デミトリス様。困りました。ポイントが足りません」


「何?」


 アルフレードから渡されたカードを確認する。

そこには確かに5000ポイントと数字が浮かび上がっていた。


「うむ、全然足りんな。なぜ黙っていたのだ?」


「……申し訳ありません。気づくのが遅れました」


「む?」

 珍しく歯切れの悪いリアの返答にデミトリスは首をかしげた。


「どうなさいますか? もう少し安い服を選べば十分支払えると思いますが」


「今更変更するのは気に食わんな。気は進まんが、アルフレードを呼んで払わせるか」


「あの〜、お客様?」


 店の隅でひそひそ話をする二人に店長が近づこうとした時、店の中にステファニーが飛び込んで来た。


「大変であります! 大変であります! アルフレード様が誘拐されたのであります!」


 体中で危機感を表現しようとしているのか、ステファニーは飛び跳ねながら大声で叫ぶ。


「市政府の人がやって来て、銃を突きつけて、アルフレード様を誘拐したであります! きっと、今頃はひどい拷問を受けているのであります!」


 ステファニーの言葉をじっと二人は聞いていた。


 デミトリスの眉間にしわが寄る。


「リアよ。アルフレードが市政府とやらに狙われる理由に心当たりはあるか?」


「アルフレード様のような非公認の技術者は市政府の業務を妨害する者である、不当に利益を得る者であるとされます。シフトはリサイクル制度を導入しており、例えゴミとされるもので

あってもそれを勝手に利用することは犯罪となります」


「なるほどな。ふん、連行する理由はいくらでもあるということか」


 デミトリスは髭を撫でつつ、興味無さげにつぶやいた。


 荒く鼻息を吐いた後、リアの方を向く。



「さて、リアよ。逃げる準備をしろ」



「……………」


「アルフレードは捕まった。もし、奴が我々のことを話せば敵の手は我々まで伸びるだろう。たかが人間に我が遅れを取るはずもないが、貴様を連れていては思うように戦えん。非常に遺憾なことだがここは逃げるのが的確な判断というものだ」


 そう言ってデミトリスはリアの手にあった紙袋を奪い取る。状況を飲み込めず唖然としている店長、店員たちを尻目に躊躇無く出入り口へと向かう。


 無慈悲なその背中をリアは見つめる。


 あるいはアルフレードの顔を。


 車が走る乾いた音が妙に耳に残る。


 自らの従者と距離が離れていくことに気づいたのか、デミトリスは振り返り疑問の声を投げかける。


「どうした?」


 リアは黙っていた。表情は硬く、凍ってしまったようだ。


 ステファニーはただキョロキョロと二人を交互に見ている。


「どうしたというのだ。あまり時間はないぞ。ここを離れるのだ」


 時間だけは一切の感情を持たず、永遠の時をただ単調に刻み続けると思われたのに。


 今、この瞬間だけは時を止めたように思えた。


 言ってはならないはずの一言を言っていた。



「いや、です」



 店内に設置された壁掛け時計の秒針が時を刻み始めた。


 デミトリスは無言だった。


 驚いているのかあるいは呆れているのか。それすらも窺えない鉄や岩のような表情の無い顔でリアを見つめている。


 やがて、岩が動いた。


「これは命令だ。お前の主人としての命令だ。さっさと歩け」


 感情を箱にでも詰めたような声だった。


 それもガタガタと箱を壊して、今にも出て来ようとしていることがありありとわかる。


 リアの中に何か暗いものが浮かび始めた。


 心も身体も凍らせる。


 心臓を両手で鷲掴みにされたような悪寒が走る。


 それは仮定。

 自らを失うほど不安な仮定の話。

 つまり、ここでデミトリスに従わなかったらどうなるか、ということ。

 でも……、仮定はもう一つある。



 それは大切な人を失うということ。



「なぜ、リアがこのようなことを言ってしまうのか。リアにはわかりません。主人への反逆はメイドロボとしてあってはならないことです。主人への服従がメイドロボの意義であり喜びのはずです。ですが……」


 顔を上げた。



「ですが、“私”はアルフレード様と、また会ってお世話をしたい。そう思ってしまうのです」



 表情の無い顔、だがその行動ははっきりと言っていた。


 ――-助けて欲しい、と。


 ふん、とデミトリスは息を吐いた。


「たいしたメイドだな」


「申し訳ありません」


「謝る必要は無い。褒めている」


「え……?」


 目を丸くしたリアとひたすら様子を傍観していたステファニーをデミトリスは肩に担ぎ上げた。


 驚き暴れることすら忘れたリアとその処遇をありのまま受け入れるステファニー。


 耳元でパキンと音が鳴る。デミトリスの左手にはめられていた枷が銀の粒子となり、弾け飛んだ。


「諸君! 我らは急用ができた! すまんが、ここでの払いはツケていてもらおう! 安心せよ! 魔神の名にかけて必ず支払うことを約束する! それではさらばだ!!」


 語りが終わるか否かの瞬間、店内は赤に包まれた。


 炎は嵐のように吹き荒れ、ドアから窓から換気扇から建物のありとあらゆる隙間からその身を外界へと開放していく。


 それらが全て空へと舞い上がった後には風で散らかされた店内と、結局一言も口を挟めなかった店員らが立ちすくむのだった。


「店長……」


「なあに……?」


「万引きですよね……?」


「そうね……」




 リアたちは空にいた。


 果てまで続く青い空。そして、二人を運ぶ赤い炎。


 大空高く舞い踊る炎の上で、リアは頭上にある日の光と眼下に広がるボーラシティの街並みを見た。


 ここに来て、ようやくリアは自分がデミトリスの身体の上に乗っていることに気づいた。


その時、ゴミの山で見たデミトリスの真実の姿。


魔神の真性。


シフトでは神の敵として憎み嫌われている魔のもの。


だが、それはこんになにも素晴らしい光景を見せてくれる。


「ステフよ。アルフレードがいる場所はわかるか?」


「わかるであります! アルフレード様には発信機が付いていて、万が一の時はステフがそれを追えるようになっているのであります!」


「ならば、奴のいる場所まで道案内を頼んだぞ」


「了解であります!」


「さて。では行くとするか、リアよ」


「デミトリス様……」


 その言葉のなんと心強いことか。


「アルフレードを助け出すまで、お前の身を我は守る。お前の敵を我は滅ぼす」


「デミトリス様……………」


 リアの手が震えた。


 デミトリスの大きな背中に触れる。


「だが、一つだけ確認させよ」


「なんでしょうか?」


「これからどんなことが起ころうとも、決して目を背けるな。これはお前が選んだ道だ。自らの意志で何らかの選択をしたのならば、その責任を他人に押し付けることはできない。どんな残酷な結果が待っていようとも、傷つくことになろうとも、全てを自らのものとし、生き続けなければならない……。その覚悟はリア、お前にあるか?」


 それはリアにとってどれほど残酷な問いであったのであろうか。


 空の青の真ん中で、赤に抱かれて、リアは長い時間沈黙した。


 あるいはたった数秒の間であったのかもしれない。


「……わかりません。私には覚悟があるのかどうかわかりません。一生懸命努力します。神様がいて祈れば願いが叶うならば一生懸命祈ります。でも、その時になるまで私がどんな風に

なってしまうか想像もつきません。それでも、助けたいという思いだけがあります」


「………………」


 炎が舞った。


 シティの中心目掛け、上空から急降下していく。


 リアとステファニーは炎の繭に包まれた。


 猛々しいのに、その炎は優しく暖かであった。


「行くぞ。モウロクジジイを助け出す」


「デミトリス様……」


 炎が駆ける。


 たった一人の男に向かい。




◆  ◆  ◆




「なんのつもりだ! ケイネス市長!! これは職権乱用だ! 市長とはいえ我々を不当に拘束する権利はないぞ! 聞いているのか!?」


「んん〜? これは重大な犯罪だな。これでは事が終わった後、ケイネス貴様を市長の座に座らせておくわけにはいかんな。諦めて我々を開放するならば今だよ? その態度に免じて有利な証言をしてやるぞ? んん〜!?」


「皆さんお静かに。顔がまるでリンゴのようですよ」


 ボーラシティ、市政府館、コントロールセンター。


 ケイネスが率いる私兵団はあっという間に市政府館を占拠し、全てのコントロールを奪っていた。


 議員は銃を突きつけられ、万歳の格好を取らされていた。


 そして、兵の二人がテキパキと手錠をかけ、手足を拘束していく。


 その様子を尻目にケイネスは現在動かせる戦力をリストアップしていった。


「な、なにをするんだ! 貴様は戦争でも起こすつもりか!?」

「これは問題だぞ! んん! 問題だ!」


 芋虫のように地面に転がりながら、太った男と長身の男が叫ぶ。


 ケイネスは落ち着いた口調で、おどける様に返答する。


「もちろんわかっていますとも。これから我々は戦争を開始します。荒事に不慣れな各議員の方々にはしばらくの間、安全な場所に避難していてもらおうと思っての行為です。どうかお許しください。無論危害は加えませんが、機密保持のために目隠し等で情報を得ることのないようにしますがあしからず」


 拘束された議員達に兵士は目隠しとヘッドフォンを付けて行く。やがて、全員の拘束が終了した後、議員達は外へと連れ出されていった。

そのまま車に乗せ、郊外まで連れて行く予定だ。


「さて、これで憂い無く暴れられるって訳かい」


 彼らと入れ替わるように、ヒゲを生やした老人と若い女が入ってきた。アルフレードとウェスカである。


「アルフレード技師。戦車などの具合はどうですかな?」


「悪かねえな。良い品が揃っているし、きちんと整備もされている。ここの整備士はなかなか良い腕してるぜ」


「あなたにそう言ってもらえるならば心強い」


 続いてウェスカが一歩前に出る。


「ケイネス市長。各議員は予定通り郊外までお送りします。また、市政府近辺の封鎖も完了しました。各所のセンサーも問題ありません。誰かが近づいたならば即座に確認することが可能

です」


「ありがとうウェスカ。兵士達にも避難を許可するように言ってくれ」


「……はい、ケイネス市長」


「ふふっ、テレた顔も可愛いよ」


「もう少し、状況と雰囲気と女心を読んで言ってください」


「今だから言うのさ」


 ケイネスは部屋の壁に設置された大きな画面を見やる。


 そこには市政府館の全ての状況がはっきりと映し出されていた。


 市政府館は各種センサー、カメラ類によってネズミ一匹侵入するのも見逃さない。さらに外内問わず各所に戦車やロボット等の戦力を配備し、鉄壁の布陣を作り上げていた。

その様子はまさしく戦争のそれであろう。


「私は模範的な市長であったつもりですが、今日ほど市民の税金を無駄使いする日はないでしょうね」


「違いねえな。俺も機械類が破壊されるのをわかっててぶつけにゃならんと思うと心苦しいね」


「各種兵器のコントロールはあなたに任せても構いませんか?」


「おう、任せろや」


 アルフレードは腕まくりをし、コントロールをものすごい速度でタイピングし始める。


 すると、画面上の兵器が配置を変え、より精密な動きを始める。


「わざわざ直接打ち込むのですか?」


「何かと便利だしな。それよりも計画をもう一度確認させてくれ」


 パネルから手を離さずアルフレードは聞く。


 ケイネスは右手の指を四本立てた。


「先ほども言いましたが作戦は至ってシンプルです。デミトリスという人物が最大の障害なので、彼を先に潰します。まず初めに適度にこちらの戦力を潰させ敵の戦力を測ります。続いて

あなたの作戦通り彼らをこの第七訓練場まで誘導します。そして、複数の出入り口に事前に戦力を集めておけば、集中砲火を浴びせることができます。後は例の囚われの姫をドラゴンの手から連れ去るだけです」


「ま、実際は言うほど簡単じゃねえだろうがな」


「その時は、こちらも切り札を切りましょう」


 その言葉にアルフレードの手がぴたりと止まる。


「まだ何か隠してんのか」


「それはお互い様ですよ。まあ、言うほど大したものではないので過度な期待はしないでくださいね」


 アルフレードは舌打ちをして、打ち込み作業に戻る。


 ケイネスはその様子を軽い微笑みで見つめた後、


「ウェスカ。後のことはわかっているね?」


「……承知しています。それでは」


 一礼した後、ウェスカはコントロールセンターから退出していく。


「いいのか?」


「いいのですよ」


 アルフレードは答えを聞き、肩をすくめた。


「ストイックな奴だ。それともプラトニックか?」


「一途なだけですよ」


「さようか。おおっと、お出ましだぜ」


 画面の無いに突如赤い点が灯る。


 距離を示す目盛りが見る間に減っていく。


「どこからだい?」


 ケイネスの問いにアルフレードは指を上に立てる。


 にんまりと笑ってやった。


「空からだよ」


 轟音が響いた。





つづく




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