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第八幕「嬉しく、感じています」




◆  ◆  ◆




「後……、四十分ほどですね。正確には後四十一分十五秒です」


 リアが前を向いたまま答えた。メイドロボには共通装備として体内時計が内臓されているのだ。


「ふむ、まだずいぶん時間はあるな。さて、どうするか」

 アゴに手を当て、髭をさする。


 リアは街中で手に入れたこの街の地図を広げる。現在地はボーラシティ中心よりやや東へ行った繁華街。多くの店が立ち並び、道の袖には出店などもちらほら見える場所である。


「南の方には高級レストランがあるようです。より品質の良い食事を所望されるのならば、そちらに行かれるのもよろしいかと」


「食事はもう良い」


 スパリとデミトリスは答える。

 焼き芋であれだけ盛り上がっていただけに、この返答はリアの想定外であった。


「よろしいのですか?」


「うむ、堅苦しいのは気に入らんし……」


 チロとリアを見るデミトリス。

「貴様は食事を取らんからな」


「申し訳ありません」


 今の言葉を自分への奉仕不届きと認識したのか、リアは深々と頭を下げる。


 その様子にデミトリスはむしろ機嫌を悪くしたようだ。


「別に責めてはおらん。いちいち謝るな。無いものをねだるほど我は愚かではない。だが、それはそれとして……」


 まじまじとリアを見る。

 青いブカブカの作業着。

 胸の辺りにはアーベルと刺繍が施されており、いかにも機能だけを追及したという感じだ。

 デミトリスの感性から言っても似合っていなかった。


「どうかいたしましたか? デミトリス様」


 そんな自分にはまったく関心を持っていないのか、それともそもそもそう言った感情を持たないのか、リアの行動はまったく持って機械的だ。

 本人が気にしていないならば別にどうもしない主義だが、主人としては……。


「ふむ、それに違う服と言うのも……」


「はい?」


「リア。服を買うぞ」


「はい? あ」

 唐突に宣言し、リアの手をぐいと引く。


 デミトリスのでかい手に引きずられるように連れられ、リアは近場の洋服店に連れ込まれた。所要時間、わずか八秒の早業だった。





「邪魔をするぞ」


 すでに慣れたもので、自動ドアで一時停止した後、デミトリスは洋服店に入ってきた。


 その様子はなだれ込んだとも言えるほど荒々しい。

 

 店の店員はいきなり時代錯誤な言葉と共に現れた紅色の髪を持つ大男とそれに人質よろしく地図片手に引き連れられている少女の姿にポカーンと口を開け、静止してしまった。

 

 デミトリスはぐるりと店の中を見回す。


 どうやら、店の値踏みをしていたようで、それなりの服が揃えられていることがわかると「うむ」と頷き、



「この娘に合う服を所望する! おい、そこの貴様。そうそこの貴様だ。すぐに似合う服を見繕え! 金に糸目は付けぬ!」



 びくりと店員全員が身を強張らせたが、強盗ではないとわかっただけでも少しは落ち付いたらしく、ぎこちない動きながらも業務を再開した。他の客が少なかったことも幸いした。


「は、はい。わかりました。では、こちらに」


 デミトリスに名指しされた哀れな男は戸惑いながらも、もみ手をしつつ二人を店の端に案内する。

 

 店はそれなりの高級店だったらしく、専用の個室が備えられていた。


 とりあえず、一般のお客との隔離は成功したことに店員は胸を撫で下ろした。

 

 だが、案内した男はすぐに個室から出てきた。おろおろとした様子で、髪を染めた男の元まで掛けてくる。


「て、店長! どうしましょう!? 自分、あんな客を相手にするのは初めてです!」


「まあまあ、落ち着きなさい。これはチャンスよ!」


 パニック状態の店員の肩にそっと手を置き、店長はギラリと目を光らせた。


「あのお客様。粗暴と物言いから恐らくは司政府の高官ね。現場にも向かう武闘派じゃないかしら。ふふっ、金に糸目は付けない……。素敵な言葉じゃない」


 店長は軽くルージュの引かれた唇を歪め、ぐっと握りこぶしを作る。


「いいこと! 客とわかればどうという事は無いわ! 私たちは接客のプロフェッショナルよ! 最高のコーディネートを決めてやろうじゃないの! あなたたち、気張っていくわよ!」


 軍隊の演説のように高らかに宣言し、店長はこぶしを天井に向ける。他の店員もそれに習い、「おーっ!」と声を上げながらこぶしを天井へ向ける。


「作戦開始よ! ギョームは服! エルマンは靴! リリアンはアクセサリーにて待機! 私の想定した服をすぐに用意できるようにしておきなさい! 価格は気にしないでいいわ! 彼ならどんなものでも買ってくれる!」


「はい!」


 ザッと店員は四方八方に分かれる。店長はこぶしをポキポキと鳴らしながら、個室の扉へ歩を進める。


「さあ、いくわよ。覚悟はいいかしら?」



 ドアノブに手をかけ、扉を開いた。



「うっ!?」


 空けた途端、まるで突風に吹かれたように身を仰け反らせた。いや、仰け反らされた。


 部屋の中には更衣室とそれを見せるためのスペース、鏡。そして、着替えた姿を他人に見せるためのソファーが備えられている。


 そのソファーに座る紅の男。その男から猛烈な威圧感を感じる。

 

 気を抜けば取って喰われそうな、猛獣を相手にしているような緊迫感。今まで相手にしてきた奴らとは格が違う。確かな質量を持った本物の威圧。


「遅い。我は客だぞ」

 口調こそ落ち着いているが、その実いつでも首を締め上げることができると言わんばかりだ。


 接客歴二十年のキャリアが言う。

 この男は自分の顔にドロを塗られるのをもっとも嫌う種類の人間だ。


 名誉・プライド・自尊心。そう言ったもののために人ひとりを簡単に捻り潰せる類の人種。 

 おそらく、この僅かな待ち時間すら、彼に取ってみれば屈辱なのだろう。もし、さらにミスを重ねれば、我が身がどうなるかは想像に難くない。


「……上等じゃない」


 小さく呟いた。


 威圧の突風を無理矢理押しのけ、店長は腰を落とし、手を組み、その顔に満面の笑みを作り出す。


「すみませんね〜。うちの子が失礼しました〜。あ、私この店の店長のニコラスと申します〜。よろしくお願いしますね〜」


 猫なで声を作り、もみ手をする。その様子にデミトリスも毒気を抜かれたようで、「さっさとしろ」と興味を失ったように視線を外す。


 その態度に、むしろ店長のボルテージは上がっていく。


 今までの己の歴史が思い起こされる。

 下積みのアルバイト、初めて自分の店を持ち、苦難を乗り越え、高級店としてボーラシティに名を轟かせた。


 

 その歴史が店長に叫ぶ。

 ここで引くことは許されない、と。



(接客の極意その一、まずは敵の状況を把握せよ!)


 店長は手を組みつつあくまで温和な表情を浮かべ、男の側に寄る。


「それでお客様。本日はどのようなご用件で?」


「デミトリスだ」


 自己紹介というよりも宣言というべきそれは、良好なコミュニケーションを取ろうとする態度ではなく、己の存在を誇示するためのものであるとありありと受け取れた。


 それでも店長はめげなかった。


「デミトリス様ですね! ああ、なんと貫禄に満ちた名前でしょう! 失礼ですが、もしやどこかの位の高いお方なのですか?」


「なに、昔国を治めていただけのことだ。今はあの娘、リアの主人に過ぎぬ」


 持ち上げられて少し機嫌が良くなったのか、デミトリスは得意口調で語る。


「なるほど! 国をお治めですか、それは素晴らしい! このような店に来ていただけるなんて店長として感激です!」


 もみ手を休めること無く店長は語り続ける。

 だが、これも全て店長の思惑の通りだった。


――なるほど、国を治めていた……ね。各シティの市長は自らのシティを“国”と呼ぶこともあるわ。わざわざそう呼ぶことからもこの男がかなり自尊心の強い人物だとわかる。そして、

現在は市長を引退して道楽三昧といったところかしら。あのリアという子の服装はメイド服だけど、わざわざ共に出かけることを考えると、かなり気に入られているはず。おそらくは生活の世話や夜のお供も兼任しているのだわ。ならば……。

 

 敵のデータ収集は完了した。

 

 傾向さえわかれば、それに対応したデータを提供するなど、20年の経験を持つ店長にしてみれば造作も無いこと。


「それでは、少々お待ちを。お連れ様にピッタリの衣装を揃えさせて頂きます」


 あくまでゆっくりと行動を開始する。ドタバタ走り回るのは店長の役目ではない。


 店長は側にいた男店員に目配せし、リアの身長や体形を測らせる。


 ロッカーのような容器に入ることによって、身長・スリーサイズ・足の大きさなどのデータが瞬時に表示される。


 それを見、後ろに控えていた3人の女店員に指示を飛ばず。各所で待機していたギョーム、エルマン、リリアンにそれらの指示が伝わり、各品目に適合したアイテムが用意される。


 測定から商品を用意するまで、わずか3分足らず。


 圧倒的な連携による対応の速さ。お客様を待たせない接客、商品選び。これこそ、この店がボーラシティのトップたる所以だった。


「それでは、こちらの方ではどうでしょう? こちらはつい最近発売されたリカルの最新モデルです。ささ、試着なさって下さい」


 店長に背を押され、リアは更衣室の中に消えた。

 

 しばらく布が擦れる音が聞こえた後、更衣室のカーテンが開かれた。


「素晴らしい! 想像通りの美しさですね! こちらのメイド服は、あのトリスタン・テーヌがデザインを手がけております。豪奢さと機能美を併せ持ったものとなっており、見栄えの良さだけでなく、非常に動きやすい服となっております」


「ふむ……」


 デミトリスはリアの全身を隈なく眺める。


 なるほど、店長が言うだけあってその服は豪華さと機能性を合わせ持っているようであった。


 黒を基調とし、長いスカートと袖によって露出を控ええ、落ち着いた雰囲気を醸しつつも、赤や金のリボンやアクセサリーを所々に取り入れ高級感を演出している。フリルは多すぎずストイックな愛らしさを表現し、メイド服という作業着の中に独特の美しさを生み出している。


 リアの墨を流したような黒髪と白磁のような肌の魅力をその服は存分に引き出していた。


 デミトリスの口元に笑みが浮かぶ。


「良いではないか……」


「それは良かった。お加減はどうですか、お嬢様?」


 店長がリアの後ろに回りこみ、肩に手を置きながら聞く。


「サイズについては問題ありません」


「デザインや肌触りなどはお気に召しましたか?」


「……………」


「その者はお前に聞いている。それに、我もお前の答えを聞きたい」


「この衣類がリアの外見的特長に合っているのかどうかは判断できません。ですが……」


 リアは目を瞑り、胸に手を置く。


 祈りのように静かな時が刻まれた。



「嬉しく、感じています」



 その答えにデミトリスは笑みで答えた。





つづく







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ファンタジー近未来メイド魔王メカ
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