第六幕「ここまでだ。さようならお二人さん」
◆ ◆ ◆
アルフレードの作業はさすが大きな口を叩くだけはあった。
ドラム缶のような作業台にリアを入れスキャニング。故障箇所をリストアップし、テキパキとパーツ交換をしていく。人工皮膚に関しても流れるようなスピードで補修をしていき、むき出しだった胸も補修する。
メイド服は破れ放題であったため、一時的に向上の作業を着せた。
リアが立ち上がり、一歩二歩と歩いてみせる。
歩く際の駆動音やぎこちなかった動きは全て解消され、より一層人間らしさが増したようにデミトリスは思った。
「ふむ、ずいぶんと人間らしくなったようだな」
「おうよ、それも俺の腕の見せ所って奴だな。人工シリコンの配合、縫合。傷一つ跡一つ無いぜ。さらに全身のオーバーホールまで! ああ、才能が憎いぜ! うわっはははは!」
胸を張り、アゴを上げアルフレードは高笑いをする。
逆にリアの方は少し落ち着かないと言った様子である。
とは言え、その変化はビフォー、アフターを写真で撮って比べても言われてみればとわかる程度の違いであり、元来無口、無表情、無情の三拍子揃ったリアからこの微細な変化を読み取るのは簡単なことではない。
だが、デミトリスにはそれがわかった。わかったからには聞いてみる。つい昨夜、従者の管理も主人の役目だと宣言したばかりなのだ。
「むう? どうした、リア? なにか、この小憎たらしく高笑いとする老怪人に不備でもあったのか?」
「オイコラデミ公。ケンカ売ってんのか?」
「いえ不満は一切ありません。むしろ、非常に調子が良いです。身体に詰まっていたものが、一気に溶けたような感じです」
「まさしく詰まっていたものを掃除したからな」
「ただ……」
リアが少しだけ目線を下げた。
「少しだけ、変わったような気がします」
デミトリスはその言葉に少しだけ、頬の端を吊り上げた。
「まあ、綺麗になったのは事実だぜ。リア嬢ちゃん。そうだ、小遣いでもやろう」
「何やら怪しげな口調に聞こえるな」
「馬鹿なこといってんじゃねえよ。ほら」
アルフレードはデミトリスに一枚のカードを投げてよこす。
そのカードの表には緻密な星と天秤のイラストが書き込まれ、裏面には機械で読み込むためのコードが書き込まれている。
デミトリスは裏表裏表とくるくるカードを回し、興味深そうに両手でカードを持つ。
「この世界の貨幣か」
「正確じゃねえな。この世界じゃ貨幣ってもんはねえ。全てポイント制になっちまったからな」
「ぽいんと? 知らん言葉だ」
「シフト共通の通貨単位だ」
「そうなのか?」
「そうだ。そして、そのカードはかざすだけでポイントが出てくる魔法のカードなのだ」
「ほう、それは素晴らしい。だが、あまり関心はせんな。身に過ぎた財宝は欲望を増大させ、自らの意志すら蝕むからな。そう言う愚か者はうんざりするほど見てきた」
カードを見るデミトリスの目が薄く閉じる。
かつてのこの身を欲し、集まってきた者たち。彼らにもそれぞれの事情・目的があったのだろうが、その大半の眼は欲望に淀んでしまっていた。
彼らの生が無駄だったとは裂けた口でも言わないが、もし財宝の話など聞かなければまだそれなりの人生を歩めたのではないだろうか。
自分のやったことに後悔はない。殺してきた者に同情もない。だが、それとは関係ないところで腹が立つこともまた事実であった。
「……………?」
奇跡ともいわれる可能性で、隣に立ったリア。
リアは視線にこそ、気付いたもののその意図が読みきれず、無言のままほんの少し疑問を抱いた顔をした。出会ってから三日も経っていな
いが、この少しだけをデミトリスは敏感に感じ取れるようになってきた。
「心遣い感謝するぞ。アルフレード」
とりあえず、リアのことは放って置いて、カードの方に話を戻す。
「なあに、良いって事よ。俺が持っていてもロクな使い方はしねえからよ。だが、言っとくが、てめえの為じゃねえぞ。リア嬢ちゃんの為にやるんだからな!」
アルフレードの指がデミトリスの鼻っ面に突き出される。デミトリスはアルフレードの眼鏡と顔の皺に視線を泳がせた。
「なに、心配するな」
デミトリスはアルフレードの腕をやんわりと横にどける。
アルフレードは訝しげにデミトリスを睨み、
「嬢ちゃん。こいつが馬鹿に走ったら遠慮せずに、ぶっ叩け。こいつはそのくらいしねえとわからしねえんだ。シフトの常識ってやつを教えてやってくれ」
「むう。ずいぶんな言いようだな」
「自分の胸に手を当てて神に今までの行いを悔い改めてから、もう一度同じ事を言ってみろ」
「神はこの我だ。この魔神デミトリスに悔い改めることなど無い!」
「で、頼まれてくれるか?」
さっさとデミトリスとの話を切り上げ、アルフレードはリアに向く。
リアの人工の瞳に己を映し出すように、身を乗り出す。リアの人工クリスタルにアルフレードの姿が反射した。フレームの歪んだ眼鏡とボサボサの髭とやせ細った身体。
「可能な範囲でリアは善処します」
「そうかい……」
アルフレードはやれやれと言った感じで、手を振る。
「さっさと行け。俺はステファニーのメンテがあるんだ。まだ、しばらくかかるからお前らで遊んで来い」
「む、ではいつ合流するのだ?」
アルフレードは髪をボリボリとかいた。視線をアーデルワーカーの看板に向ける。その動作は普段よりも長く、ぎこちないように感じた。
「あー、そうだな。じゃあ、ボーラシティの中央にある趣味の悪い像のところで落ち合おう。時間は、そうだな……。二時間後でいいか?」
「うむ。リアよ。時間になったら、知らせよ」
「はい。わかりました。では、現在時刻から一時間五十分にアラームが鳴るようにセットします」
「うむ、頼むぞ。……ところで、あらーむとは何だ?」
たわいも無い話をしつつ、二人は街の雑踏に紛れていく。
乗用車やトラックの列がその隣を流れていく。
「あっと、言い忘れてたぜ。その金は全部使うなよ。それで、今夜の宿を取るんだからな」
アルフレードは片手を口に当てて、叫ぶ。リアはともかく、身の丈二メートルを超えるデミトリスの姿はひどく目立ち、その腕が上がり、ぶんぶんと二度ほど振られたのを確認した。
その姿が消えるまで、ずいぶんと時間がかかった。
それはアルフレードの主観だったのだろうか。
コキ、コキ。首を少し鳴らしてみる。
「さて、と」
わざと、自分で声を出し、アルフレードは作業室に足を向けた。
「もう少しくらい、ってか。だが、腹ぁくくるしかねえよな」
アルフレードは作業室に戻る。ドリルの回転音、金属板を切り裂くカッターの音、ゴツゴツした作業靴が床を踏み鳴らす。
ステフは台の上に寝ていた。自らの身体で台によじ登り、仰向けになったときのままだ。
目蓋を閉じ、端から見れば寝ているように思えるかもしれない。
だが、それは人間にこそ形容されるものであり、こと台の上に乗せられたステファニーと言うロボットには相応ではない。
それは人間を止めた物。死体ですらない。
始めから、徹頭徹尾、物であった物。人間のように振舞っていた様子が、まさしくただの蜃気楼に過ぎないことを知らしめるものだった。
アルフレードはそれをもう一度、頭の奥の明るい部分から薄暗い部分まで、言い聞かせる。深呼吸を一つ。
「ここまでだ。さよならお二人さん」
一言呟き、アルフレードは仕上げに取り掛かった。
ステファニーのプロゲラムを書き換えた。
◆ ◆ ◆
その様子を見ている者がいた。
作業室の端で社長に懇切丁寧な説明を受けている女性、ウェスカである。
すでにその耳は社長の説明を受け付けてはおらず、その目には空を舞う鷹のごとき、鋭さをたたえていた。
「社長」
小さく、だが断固たる意志を込めたウェスカの声をアーベルは聞いた。
今までの朗らかな口調から一転したことに、アーベルは心底肝を冷やした。まずは自分の無礼を確認しなければならない。そして、それが遡って取り返しがつくのならば、取り返さなければならない。
「な、なんでしょう。何か不備がありましたでしょうか」
「少々、事情が変わりました。これより、この建物を制圧させていただきます」
それは宣言だった。
アーベルはぽかんと口を開け、今ウェスカの口から飛び出した言葉を理解しようと、必死に頭を動かした。
だが、いくら考えてもその言葉が意味するところの意味は、一つにしか集約しなかった。
その理由も方法もわからないが、アーベルにもこれからトンデモないことが起こると予想することはできた。
アーベルには知る由はないが、同時間、アーベルワーカーのすぐ近くに二台の車が止まった。一台は乗用車で、もう一台はトラックだった。司政府の車を使わなかったのは、公に行えないことをこれから行うと言う事情が絡む。
車から降りた人間の合計は五名で、全て対人格闘や射撃訓練を積んだ屈強な男であった。
彼らはウェスカの指示通り、アーベルワーカーの中へと侵攻していった。
彼らがアーベルワーカーに突入した15分後、アルフレードは司政府の市長室に連行された。
つづく




