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第五幕「……世の中、何があるかわからねえからな」




◆  ◆  ◆



 

 ペンの尻を見る。金でメッキされたそれは鈍いながらも私を映し出す。黒髪のオールバック、瞳は細く眠たげにも見え、唇は軽く濡れている。顔つきは青年と中年の間で、この席に座るには若輩も若輩と言われたこともある。


 シフト、ボーラシティ、司政府館。

 明るい電光に照らされた部屋は広く、コの字型に並べられた机には数人の官僚が席についている。

 

 その中の一人、青い服を着て胸に金のバッジを付けた男が手元の書類を読み上げている。


「――二日前、周辺部で起こった火災につきましては原因の解明を進めておりますが、依然特定には至らず、また同時刻前後に死亡したと思われる巡回者三名につきましても、未だ消息不明であり――」



「つまりは何もわかっていないと言うことだね?」



 向かい側の席についていた黒いスーツの男が毒でも吐くように言う。腹部はぶっくらと膨れ、さながら椅子にシューマイが鎮座しているようだ。


「いいかね? 我々が求めているのは、真実だ。報告とはそれをまとめ、今後の対策を練るものではないかね? んん? 違うかね? 違わないだろう。それを『何もわかりませんでした』と言われては、いい迷惑なのだよ。わかるかね? んん〜?」


 その男だけではなく、部屋全体に気だるい雰囲気が漂っており、面倒ごとを……、と口に出さずに主張しているようだ。



「事故……、の可能性も無くはないのだろう? あそこは廃棄所として利用されていたのだろう? 何かの拍子で残っていた燃料に引火すると言うことは十分ありえる。いや、むしろそち

らの方が現実的だと私は思うのだがね。んん? どうだね? 皆さんはどう思うかね?」



 確かに使い物にならなくなったものを外に捨てるのは、このシフトでは良く見られる光景である。

 リサイクルシステムは確立されているが、政府側が無理な回収金を徴収するようになってからは、収入の少ない者は政府の目を盗んでゴミを捨てることが多くなった。

 

 特にかさ張るものや危険物は街の外へ捨てることが暗黙の了解に近い状態になっている。

 もっともこの事実が使えるゴミを回収するゴミ屋や一部の技術屋のライフラインになっているのは皮肉な話であるが。


「しかし、巡回者三名もほぼ同時刻に行方がわからなくなり……」

「火災と行方不明が必ずしも関係しているとは限るまい。偶然火災が起き、同じ時間に偶然盗賊か何かに襲われたのかもしれん。二つの事件を時間と場所の一致だけで関連性を主張するのは如何なものかな?」

 

 シューマイの横に座っていた男が言う。のっぺりとした凹凸に欠ける顔、背は高いが横幅の無い体躯。ハルマキのようだった。

 

 ハルマキの応援で威勢付いたシューマイは平べったい口からツバを飛ばしながら、身を乗り出す。自分に酔っているのか、顔が高潮している。


「そもそもだね! もし、原因が他にあるとすればいったいそれはなんだと言うのだ? テロリストの秘密兵器の実験、とでも言うのかね! 反証を述べたまえ、反証を! 事故ではない確固たる理由を! 証拠を! それが無くては話にならん」


 シューマイの言っていることは正論と権力を傘に着た暴論に過ぎない。だが、事実として何の確証も無い以上、これ以上議論は望めまい。



「ケイネス市長。あなたはどうお考えですかな?」



 ハルマキがこちらに話を振ってくる。

 席につく一同の視線が私に向く。

 

 市長としてどんな判断を下すのか知りたい、と言うのも本音だろうがあわよくば足をすくおうと考えているのだろう。

 若輩が市長になって快く思わないものも少なくは無い。舐めるような視線がいくつか注がれる。


「事故ですね」

 私は短く、だがはっきりと断言した。


「し、しかし、市長!」


「状況からの推論に過ぎないが、その可能性が一番高いということです。シフトには多くの街があるが、廃棄物の処理はいずれの街でも問題となっています。ベルカシティでは廃棄物の山が突如として爆発、司政府の役人を含む三人が死亡すると言う事例が存在します。燃料が残っていれば、静電気などでも爆発しえる。今回の事例もそれら偶然が重なった事故の可能性が高いと思われます」


 すらすらと言葉を並べる。シューマイとハルマキは自身の主張を肯定されたことと、私が失言をしなかったことが入り混じっているのか、憮然とした顔で睨みつけている。


 シューマイは書類も飛べよというような鼻息をつき、身体を向き直す。


「まあ、そう言うことだ。市長もああおっしゃっていることだ。このことは事故であるとして処理するべきだと私は思うがね」


「そうだな。そう考えるのが妥当であろう」


 さり気に責任を私に押し付けている辺り、流石シューマイとハルマキと苦笑する。伊達に司政府でしぶとく生き残ってはいない。


「よろしいかな? では、本日はこれにて解散とする」

 私の宣言で会議は終わる。

 がさがさ書類を集めるシューマイとハルマキを尻目に私は会議室を後にする。




「お疲れ様です。ケイネス市長」

 

 部屋を出るとそこには秘書のウェスカが待っていた。

 金の髪を肩まで垂らし、青い瞳を向けてくれる。黒と言うスーツの色はともかく、スカートではなくスラックスであるあたり彼女らしい。

 

 と、違和感を覚える。頭頂からつま先までを一往復で確認。発見。


「口紅を変えたのかい?」

「はい。リカルの新商品です。どうでしょうか?」

「前の方が似合っていたよ」

「……………」


 いつものように市長室への廊下を歩くが、なぜかウェスカの足音が妙に響いているような気がする。


「本日の会議ですが、よろしかったのですか?」


「何がかな? グレーテル」


 彼女は耳にかかった髪をかきあげながら、

「何度呼ばれても、恥かしいです」


「慣れろとは言わない。いやならばやめよう。心の中で呼ぶことにする」


「いえ、いいです」


 ほぅ、と息を吐く。


「最後の、廃棄物の炎上のことです。ケイネス市長があげた例は廃棄物の回収にあたっていた者の不注意だったはずです。静電気云々とは関係ありませんし、今回の火災にも必ずしもつな

がるような事例ではないです。巡回者さんとの関連も結局うやむやにしていました。ケイネス市長らしくないな、と」


「誤魔化しただけだからな」


 ウェスカが慌てたように私に指を突きつける。黙れとばかりに人差し指を私の口に押し付けてきた。


「アブない発言はやめてくださいよ! ケイネス市長! こっちの身が持ちません!」


「事実を言っただけなのだが。グレーテル、止めてくれよ、グレーテル。魔女のおばあさんのように釜戸に投げ込まれるのは、まだごめんだ。首が絞まっている」

 

 ウェスカはグイグイと引っ張っていたケイネスのネクタイを離す。


「まったく、もう少し話す場所と相手を見てから発言してください!」


「なに、この場には君と二人しかいないし、私は君を信頼している」


 ジロリ。


「ずるい」


「そう睨まないでくれ。女性の瞳には魅了と石化の魔力があるんだ」


「はあ、現実的なのか夢想家なのか……」


「両方だろうね。まあ、あのような会議の場では真実・事実よりも受け入れやすい仮説の方が良いのさ。口ではもっともらしいことを言っていても、人は楽をしたがるものだ。現に、私の適当な発言でうやむやになった。これは彼らが事実の追求を避けているからに他ならない。そして私は、浮いた時間を自分の無茶と無謀のために費やす」


 市長室の扉を開ける。赤い絨毯と茶色の机。壁には神話を描いた絵画。そして、全身を写す大きな鏡。


「さて、本題に入ろう」


 市長の椅子に座った私はすぐさま切り出す。


 ウェスカも心得たもので、すぐに真面目な顔に戻る。この切り替えの早さもウェスカを秘書としている理由の一つだ。


「アルフレード技師の足取りがつかめました。彼は先に在住していた街をすでに離れ、今はボーラシティの郊外、廃棄船にいるようです。おそらくは数日までにボーラシティに入ると思わ

れます」


「それは都合が良い。しかし、興味深い。原因不明の火災とアルフレード技師の登場。なるほど、ウルドの泉の水は私に注がれるかもしれない」


「あの火災にアルフレード技師が関わっていると?」


「可能性は低いだろうね。だが、何かがこのボーラシティの周りで起こりつつあるのかもしれない」



「……黒い棺、ですか?」



「それならば最高だ。私の願いの最後の一手が掌に転がり込んできてくれるのだから。その一手の、少なくとも手がかりはアルフレード技師にある。逃すわけにはいかないな」


 私は鏡の前に立つ。黒いスーツに黒い靴。黒い髪に黒い瞳。鏡に映った顔に手を置く。


「“黒い棺”のプロジェクトに関わっていた人間のほとんどは消息不明。ザイガが囲ったか、司政府の深層にいるか……。ともあれ、しがない一市長の私にできるのは、運よく零れ落ちた宝物を絶対に逃さないことだ」


「はい」


 私の掌を認証し、鏡がスライドする。その先に作られたエレベーターに私は足を踏み入れる。


「留守を頼むよ。私は少し、いってくる」


「了解しました。情報が入り次第すぐにお知らせします」


「ああ。それと……」


「なんでしょう?」



「昼は中華にしよう」

 エレベーターの扉が閉まり、市長室は元に戻る。




◆  ◆  ◆




「どっこいしょ」

「これで終了であります!」


 リアが車に最後の機材を積み込む。


「これは大丈夫なのか? 似たような積み方をして転覆した船を見たことがあるぞ」


 シルヴェスターの荷台にはごっちゃりと機材が詰め込まれている。リアとステフ、メイドロボ二体の整頓技術の粋を集めた結果、ゴキブリ一匹入る隙間のない状態になっていた。さらに

ここに人間一、ロボ二、魔神一が乗り込むとなると不安も募る。


「なーに、シルヴェスターはパワーと足腰じゃ誰にも巻けねえ。ガトリングガン背負って森の中だって走り回れる。それに俺の腕が合わされば爆弾積んでカーチェイスもできるってもん

だ。それよりも」


 ボンネットを開けて最終点検をしていたアルフレードがデミトリスを見る。上から下まで舐めるように視線を這わす。



「なんだ? 我の肉体美に魅了されたか? ふぅ、まったく我の整った容姿と知性溢れる頭脳にも困ったものだ……。老若男女問わず魅了してしまう。あの頃はそのために戦すら起こってしまった……。だが、残念だったなアルフレード。我には男色の気はないし、我の相手として貴様は不十分だ。魔女に薬でも貰って若い女にでもなって出直して来い。それならば考えてや

らんこともない」



 至極まともな顔なデミトリスに対し、アルフレードは顔をゆでた蛸のように赤くする。バンネットを叩きつけるように閉める。


「気色悪いこと言うんじゃねえ! 俺にもそんな趣味はねえ! やるなら、女の方が良いに決まってんだろう!」


「ほう、我にいささかの興味もないと……。む! まさか貴様、ロボット相手にしかできないのか! ええい、ロボット好きなのは知っていたが、まさかそこまでとは!」


「デミトリス様。そう言った方をロボットフェチ。略称、ロボフェチと言います。リアノデータバンクに登録されています」


「このロボフェチが! だが、リアには手を出させんぞ! ついでにステフにもだ! 出してみろ! もし、手を出してみろ! 終わり無き煉獄をその身で味合わせてやる!」


「ロボフェチと呼ばれるのはむしろ光栄だが、手を出したりはしねえ! それに俺はとっくに枯れてんだ! って何言わせんだ、この野郎! うっ! ゴホゴホッ!」



「アルフレード様。大丈夫ですか」

 アルフレードの背中をリアが優しくさする。激しく脈打つ心臓を落ち着け、呼吸を取り戻す。唾を一飲み。


「畜生。てめえはどこまで本気で、どこまで冗談なのかわかり辛いんだよ」



「何を言う。我は常に本気だぞ」

 にこりともせずに言う。



 アルフレードは恨めしそうな目でデミトリスを見ながら、立ち上がる。


「あー、話がすげえ逸れたが、デミトリス、てめえはその姿で街に入るつもりか?」


「? そのつもりだが」


「無理だ、無茶だ、無謀だ。役人がすっ飛んでくるぞ」


「むう、確かに魔神とはそうそう簡単に姿を見せるものではないな。それなりの場で無ければ無用な混乱を招く。ならば――」


 デミトリスの体の炎が猛る。炎は繭のようにデミトリスを包み、その姿を隠す。しばらくの間、アルフレードたちはその様子を固唾を飲んで見守るしかない。

 炎がゆっくりと薄まる。紅蓮は火の粉となり、やがて空に消えた。


「これでどうだ?」



 その背は二メートルを優に超え、筋骨隆々の体躯は巨木のように地面に立つ。魔神としての性質の表れか、狂猛と知性を兼ねた瞳はやはり紅色に染まっている。

 だが、確かにその姿は人間のそれとなっていた。



「ときおり、正体を隠して人間の街に出向くこともあってな。その時に取るのが、この姿だ。人間の姿であれば問題なかろう?」

 デミトリスは不敵に笑う。


「まあ、炎の体よりは目立たないがよ。もう少し小さくはなれねえのか?」


「この姿が一番楽なのだ。我の本質をうまく投影できているからな」


「よくわからんが、納得することにするよ」


「うむ。そうしろ」

 デミトリスは悠々とシルヴェスターに乗り込む。シャーシーが軋み、車体が沈む。その巨体に見合った重量が乗せられたことがありありと感じられる。


「私たちも乗ってもよろしいでしょうか?」


 リアの問いにアルフレードは「……ああ」と答える。「……」と「あ」の間には一瞬の間がある。


 デミトリスの隣にはリアが座る。運転するのがアルフレードなので必然的にステフは前の席に座った。

 特別重たい訳ではない女性型のメイドロボとは言え、その重量はそれなりにある。

 


 ミシリ。

 どこからか軋みの音が聞こえた。



「持ってくれよ、シルヴェスター……」

 ボンネットに手を置く。シルヴェスターのライトが太陽に反射して眩い光を放った。




 彼は走った。シフトの大地を、赤い荒野を。何度も荒野の砂とドロに身を汚されても足を止めることはなかった。エンジンを奮い、シャフトを回し、タイヤで地を蹴った。それはアルフレードと言う運転者と己の信念を突き通す走りであった。彼に与えられた使命はあまりに重く非情であったが、彼は勇敢に逸れに立ち向かい、そして勝利した。共に戦った戦友はその勇姿に溢れる涙を拭くことは無い。


「――よくやってくれた。今はゆっくり休め。シルヴェスター」


「何をやっているのだ。アルフレード」


「……いや、別になんでもねえさ。戦友の勇姿に感動しただけだ」

 眼の端に光をたたえ、アルフレードは立ち上がった。


 そんな彼はデミトリスの眼中には入っておらず、岩に入った切れ目のような目を細める。



「ここがボーラシティか」



 デミトリス達の周囲には木材や鉄板などを組み合わせたようないびつな建物が立ち並んでいる。中にはしっかりと手の込んだ作りのものもあり、居住性は悪くは無いようだ。

 

 街の中心には共有財産としての貯水槽があり、いくつもの蛇口が見える。住んでいる人間は様々なようで、アルフレードほどの年寄りもいれば、赤ん坊を抱いた女性の姿も見える。彼らの共通するのは皆やや薄汚れた服を着ていることだ。


「正確に言うならばここはボーラシティではなく、その周囲を囲むスラム街となります。街に住むことのできないものは、ここで街からの資源を調達し生活しています」


 デミトリスの隣に直立していたリアが補足する。


「シフトのシティ内には徴収制があり、その徴収を継続して支払うことのできないものは、こうしてシティの近辺に住み、必要があれば通行料を払いシティ内に入ります。こう言ったこと

はシフトの各シティで起こっており、珍しい光景ではないようです」


「住み心地は悪くねえしな。徴収逃れもできる。俺みてえな怪しい奴でも相手をしてくれる。それに中と外のパイプ役も大勢いる。だが、気まぐれに市政府の連中が来ておっぱらおうとも

するな。安住の地なんてものとは程遠いさ」


 それよりも、とアルフレードはデミトリスとリアをギロリと睨む。眼鏡の奥に真剣な瞳がのぞく。


「いいか、これからは俺の指示に従え。勝手な行動を取るな。変な事を言うな。化けの皮を剥がすな。いいか?」


 指まで指しながらアルフレードは強い口調で言うが、デミトリスは顔の彫りを深くして異議を唱え、リアは無表情にデミトリスの方を向いた。


「なぜ我がその言葉に従わなければならない? 我は魔神デミトリスだ。アルフレード、貴様は傾聴に値する男だが、命令される筋合いはないな。我は我の求めるままに行うだけだ。もう一度言おう。我は魔神デミトリスだ」


「リアはデミトリス様のメイドロボです。メイドロボは主人の願いを可能な限り叶えるものです。リアはデミトリス様に従います」


「ったく、面倒な奴らだな……」


 ボリボリと頭を掻く。だが、ある程度は予想していたことである。元々常識などというものを彼らには期待していなかった。


「おい、デミ公。今のこの世界についてどれくらい知ってる?」


「ここがシフトと呼ばれていること。シティと呼ばれる街があること。ロボあるいはロボットと言う鉄製の人形がいること。それを扱う人間がいること。車と言う乗り物があること。司政府と言う組織が街を統べていること。我はやはり強いこと。ところで、デミ公と言うのは我の呼称か?」


「だいたい合ってるな。強いかは知らねえが。なら、話は早い」


 アルフレードは地面に適当な棒で絵を書いていく。


「……生贄を囲ってマイムマイムを踊るグールか?」


「シティと人間だ。バカタレ」

 中心には丸い円。その中には偉そうに腰に手を当てた人間と両手を挙げた人間が描かれる。円の外には同じように手を挙げている人間が描かれる。


「この円がシティだ。ま、見ての通りシティに中に住む人間と外に住む人間がいる訳だ。そして、シティの中の決まりごとを仕切っているのが、市政府だ」


 つんつんと腰に手を当てた人間を棒の先でつつく。


「市政府。その名の通りシティの支配者でな、司法と行政の両方運営する組織だ。犯罪者を捕まえるのも税金を徴収するのもここだ。シフトの中でも特に強い権力を持ってる」


「なるほどな」

 ゴミ山での一件を思い返し、デミトリスは一人頷く。


「ついでだから教えとくが、市政府に匹敵する力を持っているのが星導会とザイガファクトリーだ。星導会は神の教えを説くと同時にシフトの法を定める権利を有している。ザイガはシフト最大の企業でシフトにあるものの多くがザイガによって作られている。シルヴェスターやステファニーもザイガ製だ。市政府、星導会、ザイガ。この三つの勢力でシフトは動いていると言っても過言じゃねえな」


 ポンポンとシルヴェスターのタイヤを叩く。そこには確かに「ZAIGA」のロゴが確認出来る。


「うむ。シフトの勢力図については理解した」


「そうか。物分りが良くてオジサン助かる」


「で、それと我が貴様に従うのと何か関係があるのか?」


「この三つの組織に目を付けられないように俺が監督するつってんだよデミこの野郎!」


 ピキピキと青筋を立てるアルフレード。そんなことどこ吹く風のデミトリス。リアは一瞬デミトリスを見たが、アルフレードの汗を拭うことを選択した。


「ふう、まあいい。天下の魔神様に常識を説こうと言う方が間違いなんだな。だがな、今回は俺に従う方が懸命だぞ?」


「なに?」



「当然だろう、あいつらにケンカ売ってシティ内でゴロゴロできる方がおかしい。考えなしに突っ込んで面倒になるのはてめえの方だ。例えば、リアを直せない」

「……………」

「例えば、まともな飯にありつけない」

「……………」

「例えば、風呂に入れない」

「…………………」


「別に俺は命令するつもりはない。だが、事態が変な方向に行かないようにいろいろとアドバイスはする。それを聞き入れないようならシティには入らない方がいいな」

 アルフレードの言葉にデミトリスの中で何かしらの葛藤があるらしく、しばらく二メートルの巨体を折りたたんで、首を捻っていた。


「デミトリス様。アルフレード様の言うことはもっともです。シティ内部での処世術、交渉術、情報量ではアルフレード様の方が勝っていると思います。ここは……」

 

 リアの言葉で渋々と言った感じでデミトリスは頷いた。


「……わかった。シティ内ではアルフレードの言葉を寛容な心で聞き入れよう。その方が懸命なようだ」


「では、復唱せよ。『私はアルフレードの言葉に従います』」

「我はアルフレードの言葉に寛容な心で従ってやる」

「リアはアルフレード様の言葉に限定的に従います」


「なんか、違う気もするが……、まあ良い」

 三人の話はようやく区切りがついた。その間、命令を受けなかったステフはニコニコと笑ったままシルヴェスターに座り続けるのだった。




◆  ◆  ◆




「ちっ、あこぎな商売をしやがるぜ」

 アルフレードがずいぶんとポイントの減ったカードを見ながら、不機嫌そうに舌打ちをした。


 メイドロボを二体も連れて居たせいか、ボーラシティへ入るのにやたらと金を取られた。シティに入る際の税金は法律で定められていたが、門番にしてみれば差分が自分の懐に入るのだ。金を持っていそうな者にはそれなりにふっかけてくる。無論、違法だが大抵のシティでは常識みたいなものだった。

 

 シルヴェスターがゆっくりと歩を進め、巨大な金属製の門をくぐる。そこには別世界が広がっていた。

 

 何十もの階層を持つ高層ビルが所狭しと並び立っている。窓からのぞくビルの中には幾人もの人間が歩き回っている。その髪は綺麗に整えられ、着ている服もずいぶんと良い生地を使っているように見える。


 ビルの一階部分には量販店が居を構えている事が多く、色鮮やかな看板には電飾を取り付けている店もある。道も灰色をした石の塊のようなもので舗装されており、外を走っていたデミトリス達からすれば振動は無いに等しかった。


 街中を行く車も車高の低い車が多く、始めから荒野を移動できるような暮らしをしていないことがわかる。


「ほほう、スラムとはずいぶんと景色が変わるな。そびえ立つ塔、煌びやかな衣装、豊富な嗜好品の数々。うむうむ、こう言う場こそ我に相応しい。良い良い。ムハハハハ!」


「大声出すな! 恥かしいだろうが!」


 オンボロの車の上で高笑いをする頑健巨躯な男。さらにその車に乗っているのはずいぶんと顔にシワを刻んだ老人と二体のメイドロボとなれば、その異様さは群を抜いている。

 デミトリスはしきりにキョロキョロと首を振っている。その様子は頑健巨躯にあって、子どものような無邪気さだ。


「リア。アレはなんだ?」

「アイスクリーム屋ですね。クリームなどの乳製品を材料にした氷菓子です」

「リア。アレはなんだ?」

「携帯端末です。電波と言うものを使い通信を可能とする機会です。せるらーふぉーんとも言います」

「せるらーふぉーんか」

「はい」

「せるらーふぉーん」

「はい」

「むう! 今、扉が勝手に開いたぞ!」

「自動ドアです。扉に近づくのを機械が察知し、電力を使用して扉を開けます」

「リア。アレはアレは?」

「売春宿ですね。お金を払うことで商品を一時的に好きにできます。シフトでは売春専用のロボットもいるほど盛んです」

「ほう。それは良い。どうだアルフレード。二人であの店に行くと言うのは」

「……デミトリス様。夜伽の相手でしたらリアが行えますが?」


 周囲の目も気にせず大声で離す後部座席の二人。アルフレードは人知れずため息をついた。その様子を見たステファニーがポンとアルフレードの肩を叩いた。


「元気出すであります」


 この無駄な機能を付けてしまった自分を殴り倒したかった。




◆  ◆  ◆




 やがて、シルヴェスターは一軒の店の前で止まった。

 周りのビルよりもやや背が低いが、その代わりに横幅はかなり広い。

 白く塗られた壁からは清楚なイメージをかき立てられ、ガラス張りの洒落たデザインの出入り口とは別にいくつものシャッターつきの車両で入り口が用意されている。



 看板には「アーベルワーカー」とあった。



 中では受付の他にスーツ姿の男と女が何やら机に向かい合い話を進めているようだった。

 一人は紺色のスーツを着た若い男で、書類を広げしきりに何かを説明しているようだった。

 もう一人は金髪と黒スーツの女性で、あごに手を当てたまま男の話を聞いている。


 アルフレードが中にいた紺のスーツの男に手を振ると「げっ!」と何か悪いものでも見たと言う顔をした。

 アルフレードの片腕がくいくいと動く。どうやら「こっちに来い」と、合図を送っているようだ。

 

 紺スーツの男はぺこぺこと頭を下げながら、黒いスーツの女を奥の部屋に案内する。その後、凄まじいスピードで例の自動ドアを飛び出し、アルフレードの元まで駆け寄る。


「なんのつもりですか!」


 紺のスーツが叫ぶように言った。

 まだ若い。歳は20代から30代だろう。

 だが、白髪が薄く張った頭髪と細かく刻まれた顔の皺から、やや年老いて見える。

 紺のスーツに赤のネクタイの組み合わせはあまり良い趣味ではないな、とデミトリスは思った。


「おいおい、つれねえな。久々に会いに来たってのに」


「いきなり来られても困りますよ。事前に連絡して頂ければ隔離することもできたのに」


「なんか言ったかおい」


「いえ別に何も!」


 スーツ姿の男はアルフレードを迷惑そうにしながらも逆らえないのか、困ったように首を前後にカクカク動かしている。


「おい、アルフレード。何だこいつは?」


 こいつ呼ばわりされて、男はあからさまに眉を潜めた。

 デミトリスの顔を汚いものを見るように睨み付ける。

 もっともこれはアルフレードが持ち込むものがロクデモ無いことを経験的に知っているからこその警戒色であったが。


「ああ、こいつは俺の教え子のアーベル。商売上手でよ。ロボットいじりの商売始めてうまいこと成功しやがったんだ。今じゃ立派な工場経営者だとよ」


 親指で「アーベルワーカー」の看板を指差しながら、アルフレードは口元に笑みを浮かべる。


「この近くに来るときは、ここの世話になることにしている」


「……それで何の用です。こっちはVIPを待たせているんです。手短にお願いします」


 その言葉にアルフレードの眉が動くが、ふんと鼻を鳴らすだけだった。


「用件は簡単だ。こいつ……、こいつらの修理とメンテナンスだ」


 アーベルはすぐに言葉の意味を汲み取ったのか、リアとステフを交互に見比べた。


「ザイガ製のメイドロボ二体ですか……」


「そうだ。どっちも飛び切りの高級品だ。隅々までメンテするためにわざわざここまで足を運んだんだ。どうだ。感謝しろ」


「………。まあ、確かに我が社の設備なら問題なく修理・補修・メンテナンスを行えますが……。でも、時間を頂きますよ。今は整備員の手が一杯で動かせませんから」



「いや、時間はかけん。俺がやる。案内しろ」



「はあ!?」


「俺が、このアルフレードが、整備をすると言ってんだよ。いいから、作業室に連れて行け」


「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! そんなこと言われても困ります! いくらかつての師匠といっても!」


「何が困るんだ」


「部外者を勝手に工場に入れるなんて許されるはずないでしょう!」


「手前が許せば済む話だろうが」


 そう言われ、アーベルは手を腰の辺りで組み、指をしきりに動かしだした。きょろきょろと視線もさまよわせる。どうやら、緊張したときのクセらしい。


「いや、しかし、私には技術者の安全を守る責任がありますし。もし万が一問題が起こったら……」


「俺の腕はアーベルワーカーのどの技師よりも上だ。機器の扱いも熟知している。それはお前が一番良く知っているんじゃねえか?」


「でも、」


「料金を払わない、なんて言わねえよ。正規料金を請求しろ。その上、作業費はかからん。それとも何か。俺が工場内で問題でも、例えば機材や金を盗むなんて思ってんのか?」


「そ、そんなことは……」


「それにこいつらは俺の物だ」


「待て。リアは我の物だ」


「うるせい。ちょっと黙っていろ。いいか、こいつらは俺の物だ。俺以外の人間に整備して貰いたくねえのさ。少なくとも俺の物であるうちはな」


 アーベルは観念したように頭を垂れる。


「わかりましたよ……」


 顔のパーツを中心に寄せながらアーベルは毒を吐くように言った。


 恨めしそうにステファニーやリアを睨みつけていたが、二人はどこ吹く風でそれを各人のやり方で受け流していた。リアは無表情、ステファニーは笑顔。


「では、1番シャッターを開けますから、そこに車を入れてください」


「おうよ」


 もはや、さっさとこの面倒ごとから解放されたいのか。アーベルは投げやりな口調でそそくさとアルフレードから離れようとする。だが、アルフレードはその右手をがしっと捕まえた。


「ッもう! 何なんですか! いい加減にしないと師匠と言えど許しませんよ!」


 アーベルの剣幕にも動じず、アルフレードはじっとアーベルの右手を見ている。その顔は真剣そのもので、デミトリスは機械以外にアルフレードがこんな顔をしているところを見たとこ

ろがなかった。


「アーベル」


「なんですか!?」



「てめえ、最後に機械に触れたの、いつだ?」



「!」


「ずいぶんと綺麗な手になっちまったじゃねえか。ええ? 俺の元にいた時はもっと汚れて、マメだらけで、ゴツゴツとしてたはずだ。一日中機械いじりしてたからよ。手の皮が擦り切れ

てよ、指先には火傷があってよ、油が染みついてよ。この分じゃ、俺の元を去ってからずっと……、だな」


「そ、それがどうしたと言うんですか! そんなの関係ないじゃないですか!?」


 アーベルが無理矢理に腕を振りほどく。その腕は白く、細い。


「師匠、いやアルフレードさん! あなたにはわからないかもしれませんが、これが頭のいい商人なんですよ! 手を汚すのは判とインクだけ。地べたを駈けずり回って、いちいちロボッ

トの相手をしていて、どうやって会社を経営するんですか!」


「だからよ……」


 ボーラシティの高層ビルに切り取られた青い空を見ながら、アルフレードは独り言のようにつぶやいた。


「だから、てめえはお山の大将止まりなんだよ」


「っ!」


 その顔をデミトリスは喧嘩に負けたガキのようだと評した。


「あなたと、私。どちらが成功者かは、今の状況を見ればわかります」


 アーベルは紺のスーツを翻して、妙に規則正しい歩き方で会社へを戻っていった。


 ほどなく、「1」の文字が書かれたシャッターが開いていった。アルフレードは無言でシルヴェスターを操作する。


「アルフレード様」


 今まで無言で通したリアが、あくまで淡々とした口調で言う。


「アーベルと名乗られたあの方は、気を悪くされたとリアは判断します」


 リアにしては意図を読み取れない、曖昧な言葉だとデミトリスは思う。それはアルフレードも同じ意見だろう。


「……………」


 アルフレードは無言でシャッターをくぐり、倉庫の一角にある駐車場にシルヴェスターを向かわせる。


 鮮やかな手際でシルヴェスターを一発で駐車させた。

 そのままドアを開き、アルフレードはシルヴェスターを降りる。


「怒っていらっしゃいますか?」

 ぽつりとリアがもらした。


「……別に怒っちゃいねえよ。……ただ、今更ながら愛弟子に忠告したくなったのさ」

 アルフレードの答えもやはり、ぽつりとしたものだった。



「……世の中、何があるかわからねえからな」




◆  ◆  ◆




「はい……。はい、接触はしていませんが、間違い無いです。はい。わかっています。独断専行はしません。では……」

 電話を切る。再び応接室のソファーに身を任せた。


 応接室に通されてしばらく経った。こう言った時間は往々にして気に入らない。

 何もしない、と言うのは彼女にとってひどく苦痛に感じるのだ。

 意図的に身体を休める訳でもない、ただ流れる時間に身を任せるのは無駄以外の何物でもないと彼女は考えている。

 昔からそう言った考えを持論にしてきたが、ここ最近ではその傾向はさらに高まったと彼女自身も感じている。その原因ついても一つの結論に至っている。あのいたずら好きな上司のせいだ。


「……さて」


 だが、今の彼女はまったく退屈していなかった。むしろ、これからのことを考えれば口元に笑みさえ浮かべられる。

 

 軽い音がして、応接室の扉が開かれる。確認しなくてもわかるが、一応顔を上げて見る。予想通り、そこにはアーベルワーカー社長のアーベルが応接室の扉を閉めるところだった。


「すいません。お待たせして」


 平常を装っているが、ずいぶんと声が動揺している。何かショックなことでもあったのだろうか。恐怖か、不安か、悔悟か。今の状況を見る限り、それぞれ4・3・3と言った割合いかなと推測してみる。


「本当にお待たせしてしまって。急な仕事が入りまして、その処理に手間取ってしまいました」


 そう言いつつも、アーベルの手は組まれ、しきりに指を動かす。

 このクセは彼が困ったときや不安を抱えているときに行うものだ。普段は見せないがこの男、内心はかなりの小心者である。

 


 ――命名「モジモジ」。



 心の中にそんな言葉が浮かんだが、すぐにかき消す。どうも、彼から悪い影響を受けているようだ。

 クセは良いところよりも悪いところの方が真似されやすいと言ったのは誰だっただろうか。


「いいえ、気にしていません」


「そうですか、では商談の方に戻りましょうか」


 そう言ってアーベルはいくつかのパンフレッドを広げる。

 それはアーベルワーカーが取り扱っているロボットの一覧が載せられていた。優秀なメイドロボを一体用意してもらいたいと言った結果、アーベルが用意したものだ。

 

 だが今となっては、それは全て意味のない物だった。もともと様子見のつもりであったし、ここに足を運ぶ理由となれば何でも良かった。

 そして、偶然にもその過程を飛び越えて本命に巡り合ってしまった。


「あの、何か?」


 いい加減にこちらがまったく説明を聞いていないことに気付いたのか、アーベルが不安げに聞いてくる。

 ウェスカともそう歳も離れていない、むしろ年上かもしれないのに、この気の使い方は、やはり地位がなせる業か。


「いいえ、なんでもありません。説明を続けて下さい。……それと、迷惑でなければ施設を見学させてくれませんか?」


「え、施設をですか? それは構いませんよ。私がガイドを勤めましょう」


「至れり尽くせりですね。ありがとうございます」


 その言葉にアーベルは目に見えて、口元を緩ませた。ゴマすりに成功した、とでも思ったのだろう。


「いえいえ、相手がウェスカ秘書官ですからね。失礼があってはなりませんから」


「そうですか。では、一通り説明が終わったら、案内をお願いします」


 ボーラシティ市長秘書官ウェスカは朗らかに微笑んで見せた。





つづく

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ファンタジー近未来メイド魔王メカ
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