怪獣見てん
いや、せやからちゃうねんて、そんなもん平気でおれるわけないがな、あんな大きな怪獣、出てきたとたんに電柱にしがみついて目ぇつぶって念仏唱えたわ。
そんなんあんた怪獣や言うたかて、なんや遠い海の上やら田舎の方の話やと思うがな。こないだも出たて言うても、アメリカかどっかの広っぱやろ(筆者注:5月のアルジェリアの件らしい。大陸までまちがってる)、なんでそんなミナミのど真ん中に出ると思うねんな道頓堀に恨みでもあるんか。昔沈められたケンタッキーのおっさん人形の呪いか。それか宗右衛門町のキャバクラのねえちゃんにだまされでもしたんかいな。
せやさかい、びっくりしたて言うてるやろ。ちょうどあの日は、お友だちとご飯食べよていうて集まっとったん。うん。高石の人と狭山の人がいてるから、待ち合わせは難波のあそこ、昔ロケット広場ていうてたとこ、そう、南海の駅の下の地下の。中山寺の子は阪急やさかいに梅田のビッグマンがええとか言ううてたけど、そんなんわがままやんなあ、私も小阪やし、そら難波がええわあ言うて決まったん、難波のロケット広場に。もうロケットなんかないけど。あんた知らんか、昔はあってんでロケット。ほんまもんの。大きなやつ。それが地下一階の広場にドーンと立っとたんや。
じゃまくさいなあんたは。誰もロケット広場の話なんか聞いてないっちゅうねん(筆者注:私は天地神明に誓ってロケット広場のことなど聞いていない)。
それより、怪獣の話ちゃうんかいな。いえね、その日は夕方の四時に待ち合わせしたん。狭山の松山さんと高石の内田さんと都島の巽さんと野江の吉岡さんと中山寺の小西さん。私入れて六人。みなバラバラやろ住んでるとこ。もともと昔一緒に働いてお友だちやねん。平野町にあったメリヤスの会社で、事務とか配送の管理とかみんなで。今はもうあんまり見かけへんけど、水色の上っ張り着て、お昼休みにバレーボールしたりして。歳の話はやめて、みな若いお嬢さんやから。私も見ての通りお年頃やろ、レデーに歳聞いたらあかんで(筆者注:あまり聞こうとは思わなかった。少なくとも私より母に近い年齢だと思う)。小西さんはちょっと若いな。四〇代やと思うで。私らひろ子ちゃんて呼んでんねん。
ほんでなんの話やったかいな。せやせや、怪獣の話や。それで、六人で待ち合わせしたん、ロケット広場で。吉岡さんがちょっと遅れて来やってんけど、まあそれはええわ、話長なるし。娘さんが去年結婚しはってんけど、このご主人が、今でいうDV? 暴力振るう言うてね、帰って来てやんねんて。そんな話もあんねんけど、怪獣やろ怪獣。わかってるて、みなまで言いな。
それで六人で待ち合わせしました。そんで地下を歩いてほれ、近鉄のとこまで行って、昔でいう虹のまちやなあれ、今なんて言うたかな、なんばウォークか。あの中を通って、上がったとこがあれや千日前。北向いて歩き始めたのが六時なってなかったかな。法善寺の水かけ不動さんにお参りして、ミーハーやろ、せやけどそういうのが大事やねん。よう覚えときや。
ほんで道頓堀へ差し掛かった時よ、ウワーンて大きなサイレン鳴ったん。
ほんまにもうびっくりしてね。あんな大きな音やと思えへんやん。みんなでわーって言うてしもたわ。ほなすぐあれやん、放送来たやん、「すぐに避難してくださいすぐに避難してください」ていう。どこ避難すんねんな。私らそんなんわかれへんやん、難波なんか久しぶりやのに。
ほたら、ザッバーン、グワーンて、ひっかけ橋の方からえらい音がしてきて、あれなにやな、あとで聞いたら、怪獣は道頓堀でも堀江の方から急に出てきたらしいな。
それからもう大地震や。震災どころやないで、地面が底の方からどっかんどっかん揺れて、立ってられへんがな。私らみなか弱いのに。なに笑ろてんの。
せやけどえらいもんやな、あの怪獣、御堂筋から戎橋をドドーンと押しつぶしたとこで、すっくと立ち上がって、ぐいと首回して見得切ったで。やっぱりあれやな、道頓堀が大阪の芝居の発祥の地やてわかってんのかな。思わず松嶋屋、て声かけそうになったわ。死ぬとこやってんけどな
ほんでみなで電柱にしがみついとってんけど、そこへ来たんがあれや、あの紅白の派手な縞柄のロボット、ナニワあきんど号。あれから毎日毎日ニューズ出ずっぱりやから名前覚えてしもたわ。
まず首つかんでドーン。あれで阪高までとんだわな。背中の超音波ドラムをズドドドドドン、怪獣大ダメージや。ほんで飛びかって、至近距離からメガネビームでズバババーン。あっという間やったわ。ほんまあっという間に怪獣の首から上が黒焦げや。
言うても置いとかれへんから、あきんど号が引きずって帰ったけどな。あれどこまで行ったんやろな。テレビでは大阪湾で捨てましたて言うてたけど、尻無川沿いに引っ張っていったんやろか。