0-8 真相は百合に劣る
「踊りましょ」
夕食後、お茶で一息ついた後にクリシュラにそう誘われた。
「無理だよ…踊り方知らないし」
だけど、踊りなんて私が知るはずもなく、せっかくのお誘いも、はいとは言えない。
「教えるわ。大丈夫よ、ほら立って、今日は一日私の言うことを聞くんでしょ?ね」
「うっ…」
それを引き合いに出されると何も言えない。
クリシュラに手を引かれるまま立ち上がって。
「手はこう、もう片方は腰に回して、私と同じように」
「わわわ…」
(近い!近い近い!!)
身体がピッタリとくっついて、胸どうしがちょっとぶつかって、いい匂いがしたりして、ドキドキする。
「足に集中して、私と同じ動きをしてね、ゆっくり、はい、いち、にぃ、さん…いち、にぃ、さん…」
「わっ…わっ…はぅ…」
躓く度に柔らかい感触がして、びっくりして身体を離そうとしてもクリシュラの腕が許してくれなくて、不格好な踊りを披露してしまう。
「ゆっくりでいいわ…ほら」
だけど、意外と慣れるもので、次第にペースが掴めてきて。
クリシュラとステップが会う。呼吸があって。
「楽しい…ね」
「でしょ?」
ふふ、と自然に笑いあえた。
ゆっくりと時間が流れる。
幸せな時間だ。
ほんとは音楽に合わせるんだけどね、とクリシュラが笑う。
クリシュラがリズムを刻む声がして。
それだけが聞こえていて。
それだけ聞こえていたらほんとうに充分だった。
ただ、その時間が無限に続けばそれで良かった。
どれぐらい時間が経っただろうか。
ヘロヘロになって疲労を訴える足がそれなりに時間が経った事を証明しているが、気持ちではあんまり経った気はしない。
コンコンと、扉をノックする音で終了の合図となった。
「何事?」
クリシュラの声が固い気がする。
「お客様です」
お客様、よく来るのだろうか?
少なくとも自分が来てからは初めての来客だ。
しかも、こんな夜遅くになんて…
「誰なの?」
「オクタヴィア様です」
「そう…リズ、悪いけど今日はおしまい。真っ直ぐ部屋に戻ってなさい。いいわね?」
「……うん」
どうしたと言うのだろうか。
彼女の声は固くて、いつもと違う雰囲気で。
ただその有無を言わせない態度に、素直に頷くしかない。
明日になったら、聞こう。
そう思いながら素直に彼女の言葉通りに、部屋に戻る。
寝るなら着替えないと…
安っぽい自分の寝間着を見て少し戸惑う。
このドレスを脱いでしまったら、自分にかけられた魔法が溶けてしまう様で。
もしかしたら用事が早く済んで、クリシュラが来てくれるかもしれないし…
そう思えたので、とりあえず着替えないまま、ソファに座って、クリシュラの事を考えた。
…
……
………
どうやら寝てしまっていたらしい。
喉がとっても乾いて、水をもらおうと立ち上がった時に。
この部屋に、誰かがいることに気づく。
「…クリシュラ?」
クリシュラが会いに来てくれたのだろうか…
「あんたが…あんたみたいなのが…」
聞こえた声は女性の、だけどクリシュラのものではない。
「誰!?誰なの?」
「黙りなさい。私は認めないわ。あんたがクリシュラの寵姫だなんて…」
「何…何を言って…」
そこいる女性が動いて、月明かりにその姿が映される。
綺麗な人だった。
星の多い夜のような髪の色をした、目はクリシュラ同様に深紅の、同い年ぐらいの少女。
ただ、その目は、私に対して敵意をむき出しにしている。
恐怖で足がすくむ。
距離を詰める彼女になんにも出来なくて。
「眠りなさい」
彼女の目が光った、ような気がした
意識が泥の中に沈むように、急に瞼が重くなって、必死で抵抗しても、どんどんと閉じていって………
ダメ、寝ちゃだめ、と頭では分かっているのに、全く抵抗出来なくて……
薄れゆく意識の中、抱き抱えられているのが分かる。
窓が開けられて、彼女は私を抱えたまま、外に飛び出して……
そこまで確認した所で、意識は沈んでしまった。
+-+-+-+
ぺちぺち頬を叩かれて目覚める。
目を開けると、夜色の髪の少女。
はっとして、後ずさりしようとして、ロープでしっかり縛られていることに気づいた。
「やっと起きた…」
「なに…なんで…ここはどこ!…私を返して…」
「あーもーうっさいわね!」
「ひっ…」
怒りを顕にした少女の怒気を受けただけで、息が出来なくなる。
これまで出会ったいじめっ子などとは別次元の恐怖。
目の前の少女は、見た目のこそ美しく、その表情が怒りに歪められたとしても、到底感じえない恐怖。
それは、まるで彼女が人ではないかのような。
そんな、有り得ない恐怖。
「話をするのは私。あんたは聞くだけ、いい?」
コクコクと頷く。
「そんなに怯えなくていいわ、なにせ私はあなたの命を救うんだから…」
「え…なに…」
「知らないと思ったわ。あの子ヘタレだもの。説明なんて出来やしないはずよ。ねぇなんであんたはあの子に助けられたと思う?」
あの子、というのはまず間違いなくクリシュラの事だろう。
「……それは私が溺れかけてたからで…」
「それで、何日も住まわせてくれてるって?そんなわけ無いじゃない!バカじゃないの?」
何を言ってるんだろうこの子は…
クリシュラはただ私を助けてくれて…
「なんの下心もなしに、ただの善意だと?そんなのありえないって人間のくせに分からないの?」
「でも…クリシュラは居てもいいって」
「ほんとにおめでたいのね…いいわ教えてあげる」
そう言い放って彼女が口を開けると、異様に発達した犬歯があって。
それは、とある魔族の特徴。
その魔族は人間をエサのように扱い、その生き血を啜る。
人類の敵。
「吸血鬼…」
「正解、知っててくれて良かったわ。そして、クリシュラも私と同族。吸血鬼よ」
「でも!クリシュラの牙はそんなに長くなかった!」
そうだ、彼女の言うことには破綻がある。
クリシュラには吸血鬼の証である発達した犬歯なんてなかった。
「それは、あの子がヘタレだからよ。ヘタレでまだ誰の血も吸えてないおぼこだから」
「信じない…そんなの…信じない…」
「そう?でもあの子はあなたの血が欲しいはずよ。吸いたくて吸いたくてたまらないはずよ…」
「嘘…」
嘘だと思う。
この人の言うことは全部デタラメ。
だって、クリシュラはほんとに優しくて。
可愛いって言ってくれて、抱きしめてくれて。
その全部が嘘だったなんて、信じられるハスがない。
「魔族はね、契約によって縛られているの。たとえそれが命に関わることでも契約は絶対。そしてあの子はある契約を王と交わしたの。人間に自ら血を差し出させろ。その血を飲んで初めて一族の末席に加える。ってね」
「……」
魔族が契約に縛られる。というのは有名な話だ。
神話にも出る話で、本来生まれるはずの神の力を簒奪した結果、魔族という存在が契約によって必ず縛られるようになった。
簡単な口約束も必ず履行せねばならない。
この人の話はそれなりに筋が通っている。
「その期限がもうすぐ…あと3日ぐらいね。その日が来たらあの子は私のものになる。私はずっとそれを待っていたの…あなたは生きて居られる。私はあの子を手に入れられる。ね?お互い利益だと思わない?」
「……………そっか」
そうだ。そうなのだ。
彼女の言葉を聞いて思い出す。
悩む必要なんてなかった。
考えることなんて存在しない。
何故忘れていたのか…きっとそれはクリシュラのおかげ。
「怖いわよね…大丈夫、私から言っておいてあげる。だから…」
「クリシュラと会わせて」
「……は?」
同情するような彼女の言葉を遮って、言葉を被せる。
この人は、私を理解したように話しているが、全く検討外れもいいところ。
「私の言ったこと聞いてた?」
「うん。その上で、クリシュラに言わないといけない事があるの」
「あー、嘘つき!とかそういうのね。それも伝えておいてあげる」
「いいから、会わせて!」
「黙れ!!!」
彼女がまた、怒気を膨らませる。
呼吸が出来なくなるほどの今日。
否、これは怒気では無い。
恐らく殺気だとか、その類。
彼女の怒りは純然たる殺意となって、それを真っ向から向けられている。
だから、理解する。
自分はここで死ぬんだと。
この少女に殺されて、ここで朽ち果てるんだと。
-嫌だ。
この少女の言葉が真実で、彼女が吸血鬼なのだとしたら、戦力差は圧倒的。
彼女は、何をどうしても私を殺せるだろう。
殺し方もきっと彼女の思うがままだ。
-嫌だ。死にたくない。
つい先日まで死に場所を探していた。
なのに、クリシュラと出会って、友人になって、たったの3日しか時間が経ってない。
だと言うのに、その期間だけで死にたくない、と思えるほど、幸せを教えてもらって。
会いたい。会って話をしたい。
手が迫る。
首へと添えられる。
締められるか、へし折られるか。
死が近づく。
抗いようのない死が。
最後に声が聞きたかった。
クリシュラの優しい声が。
目を閉じる。
視界が真っ暗になった。
「大丈夫?」
声だ。望んでいた声。
優雅で、綺麗で、優しい彼女の声。
「クリシュラ…?」
クリシュラの匂いがする。
目を開けると、確かにクリシュラがいて。
ただ、目が会わない。会わせてくれない。
「ごめんね」
何に対して謝っているのかは明らか。
彼女は吸血鬼なのだ。
彼女は私を騙していた。
自分が吸血鬼であることを隠して、私に血を吸わせて、と言わせようとしていた。
だから、私には言うべきことがある。
「クリシュラは…美人で、優雅だけど…結構負けず嫌いで…」
「えっ…うん」
「セクハラ魔で、私に変な服着せるし…」
「ちょ…ちが」
「でも、優しくて、私はそれがほんとに嬉しくて。文字通り私に生きる意味をくれて……だからね、もしその優しさが計算されたものだったとしても、それが偽物だったとしても関係ない。私があなたに救われたのは事実だから。あなたと出会ってなかったら幸せを知らないまま死んでいただけだから。あなたが居ない日常なんてもう考えられない。だからね…クリシュラ。大好き。なんでもしてあげたい。私の血を飲んで。」
そういえば、あの子は私の事をチョウキと一瞬呼んでた…
「私をあなたのチョウキにしてください。」
言いたい事、全部言えたと思う。
暗くて、彼女の表情はよく見えない。
「あの…えと…えっと………」
「ちょっと何言ってんのよ!!!正気!!?」
割って入ったのはあの子。
私が話している間ずっと待っててくれたみたい。
「オクタヴィア…よくもリズに…」
「何よ、悪い?」
「まだ時間はあったはずよ」
「時間て…あと3日でしょ!あんたみたいなヘタレにはもう無理よ」
「ヘタレ?誰が!」
私そっちのけで、喧嘩が始まってしまう。
結構恥ずかしいこと言ったつもりなのに、この放置のされ方は我慢できず。
「ねぇ、クリシュラ」
「ひゃっ……はい!」
「答え…聞かせてくれないの?」
「………………」
改めて向き合う。
目が会う。
私に生きる意味を与えてくれた人。
「………………えーっと……………………………………」
「クリシュラ?」
「…答える、答えるわ…その…後になってナシはダメよ?」
「もちろん」
「リズ…いえ、リズベット。」
「うん」
「私は永遠に貴女を愛します。だから、私の寵姫になりなさい」
「よろこんで……んむっ!!!」
いきなりだった。
唇がくっついた。
チュー、キス、接吻、言い方は色々あるが、要は唇と唇がくっつくだけ。
なのに、触れている所がピリピリとして、心臓がバクバクとうるさくて、なのにとっても幸せな気分で。
ただ、どうしてチューしているのか。
てっきり血を吸われると思っていて、痛いのが来ると思っていた。
それはそうと、ロープでがんじがらめ私には抵抗する術がない。
いや、抵抗したい訳じゃないが、抵抗出来ない状態で唇を奪われるなんて思っても見なくて。
くっつけるだけのキスは、呼吸が止まっていたせいで、すぐに苦しくなる。
息をしようとして、唇を開けば、何を勘違いしたのかそれに合わせてクリシュラの唇も形を変えて。
にゅるん
と何かが侵入してくる。
「んんんん!!んん!」
さすがにびっくりして、抵抗しようとして、そういえばがんじがらめでした。
「んちゅぅ…れろ……れろ」
クリシュラの舌が私の口内を舐めまわしていく。
やがて、舌を見つけると、れろれろと絡め出す。
さすがにドキドキを通り越して、困る。
クリシュラが望むのなら、とは思うが、ちょっと急すぎる。
逃れようの無いキスは、私が鼻で呼吸を覚える位には続いて。
「はぁ♥はぁ♥はぁ♥リズ♥良かった?」
なんて聞いてくるがどうしようと悩む。
もちろん良かった。キスしてるだけで幸せな気分になれるなんて思ってなかった。
ただ、なんというか…思ったよりクリシュラが積極的…というか…そうだ、飢えてるんだ。
しかもエッチな方向に…
クリシュラの望むことならしてあげたい、と思う反面、ここで許したらその先も全部許してしまいそうで…
「クリシュラのエッチ…私初めてなのに…こんな奪い方するなんて…」
「嫌?うそ…」
「べろまで入れらると思ってなかったもん…」
「…………ゴクッ」
なんだか、変な空気になる。
釘を刺す、って言えばなんだか嫌な言い方だけど、私の戸惑いが伝わって欲しい。
「んちゅ…」
「えっちょっ……んんん!」
伝わってなかった。
また唇同士がくっついて。
今度は唇が唇をはむような感じ。
もちろんはまれているのは私。
ぷにぷにとはまれて、さっきとは違った優しいチューでなんだかふわふわしてきて。
これ、いいな、と思うけど。
「リズ…こうかしら♥」
「…ふぁ…って違う!」
「でも今可愛い顔してたわよ…キスでトロトロって顔」
「あーこれじゃあ私ただのマヌケじゃんあほらし!!!…グズッ」
淫靡な空気すら漂わせ始めた所に、オクタヴィアさんの声がした。
「助けて…」
「あらオクタヴィア、まだ居たの?」
「もう帰るわよ!誰が助けるかばーか!」
私の最後の望みは潰えて。
ちゅっ、と頬に口付けされる。
ちゅっ、ちゅっちゅっちゅっ、と横にずれて。
ちゅぅぅぅぅっと唇と唇がくっつく。
舌が口をこじ開けようとグイグイと歯を押して、必死に抵抗する。
何を思ったのかクリシュラが私の脇腹を撫でて。
きゃっ!思わずそんな声が出そうになって、当然口は開いてしまうわけで、そこにまたねじ込まれる。
もうドュルンドュルンと。
前後感覚まで狂いそうなぐらい激しいキス。
結局、2時間ぐらい一方的にキスされてた。