0-7 リズちゃん人形
いい匂いがした。
柔らかくて、暖かい何かに包まれていて。
その感触が何なのかは分からないけど、とっても気持ちがいい。
微睡む中で、その何か、にグリグリと顔を擦り付ける。
もっといい匂いがして。
柔らかさは、ずっと私を受け止めてくれていて。
なんだろ、これ…
スリスリと頬を擦りつけながら、その幸せな感覚に浸りたくて、目を閉じて。
「リズ…ちょっと恥ずかしいわ…」
クリシュラの声がする。
優しくて、優雅で、可愛い、私の初めての友達。
その声は、すぐ近く、私が抱きついてる何かから聞こえてきて。
この、柔らかくて、すべすべで、いい匂いがするのってもしかして…
クリシュラの…おっぱ……
「ごめん!!!」
すぐに飛びのこうとして、失敗する。
私がクリシュラに抱きついていたように、クリシュラも私を抱きしめていてくれた様で。
つまりは、逃げ道は、彼女がとうせんぼをしていて。
逃げだそうともがくと、柔らかいモノが顔に何度も当たって、恥ずかしい。
嫌ではない。嫌ではないのだけど、なんだか変な気持ちになって、良くないと思えてしまう。
「はーなーしーて…謝るからぁ…」
「ダメよ…あんなことされたんだもの…」
「ごめんて…なんでもするからとにかく離して…」
呼吸をする度にクリシュラの甘い匂いがする。
もう、ずっとクリシュラの胸の中で呼吸をしていて、鼻腔がクリシュラで満ちて、あたまがクラクラする。
「なんでも?ほんとになんでも?」
クリシュラの声はなんだか嬉しそうだけど、そんなの気にしてる暇はなくて。
コクコクと頷いて、その度にまた柔らかさを感じることになった。
+-+-+-+
朝からリズが積極的だった。
浅い眠りから覚めたのは、リズベットが私の胸で遊び初めてから。
消極的なリズベットが、寝ぼけているのか、自分から甘えてくる、というのがどうにもグッときて。
んすー、と鼻息が肌を撫でる度に、ちょっと擽ったくて、可愛くて、ドキドキする。
まるで恋人の様な朝の迎え方だな、なんて意識してしまって。
急に頬が熱くなる。
心臓がバクバクいい始めて、急に耐えきれなくなる。
声をかけてしまって、起きた彼女が暴れだして。
離せば良かっただけなのはその通りだった。
だけど、急に手を離してしまうのが、彼女と離れるのが惜しくなって…余計に力を込めてしまう。
離して、と懇願するリズに寂しさを覚える。
嫌なのだろうか…
ちょっと不安になったけれど、なんでもしてくれるそうなので、とりあえずこの場は彼女に譲って。
なんてことをしてたんだ、と結局耳まで真っ赤になっている自分に気がつくのだった。
+-+-+-+
なんでもする、とは言った。
だけど、それは自分のしてしまった、ちょっぴり不埒なことをしてしまったからであり。
それに釣り合うぐらいのバツがくるものだと思っていた。
なんにせよ、1回だけ、なんでもするつもりだった。
この1回というのが勝手に暗黙のルールだと思っていて。
だけど、クリシュラは初めて見るいじめっこような、でもドキドキする笑みを浮かべて。
今日一日、私の言うことをなんでも聞くこと。
なんて、反則みたいな事を言って。
結局、今日一日、クリシュラの言うことに素直に従うことになって。
少し、ドキドキして、少し、嬉しく思えて。
(クリシュラと一緒にいられて嬉しいだけで、クリシュラの思い通りになるのが嬉しい訳じゃない…よね)
やっぱりこの気持ちも初めてで、答えなんて見つからなかった。
+-+-+-+
可愛い。可愛すぎる。
眼前でモジモジと、スカートをできるだけ伸ばそうと躍起になる少女は、野暮ったい旅装束などではなく、短いスカートで健康的に足を出して、肩が大きく露出したシャツに身を包んで、顔真っ赤にしていた。
足も服に合わせて、涼しげなサンダル。
ふわふわな亜麻色の髪は、さっき梳いてあげて、2つの細い尻尾のような束が揺れている。
「じろじろみないで…どうせ…似合わない」
どれも私のお下がりで、私には似合わなくて殆ど着なかった服だけど、リズベットが着ればこれまでの破壊力…
スカートの丈をずっと気にして居るようで、前かがみになっていて…そのせいで大きく広がった胸元が…奥が見えそうで…思ったより胸がある……
いけない、と思って目を逸らしてしまう。
だけど、それで勘違いさせてしまったみたいで。
「やっぱり…似合わないんだ…ひく……」
羞恥と悲しさで、真っ赤な顔に、涙が今にも零れそうな目。
それよりも、目が惹き付けられてしまうのは露出しすぎた真っ白な太もも。
可哀想なのと、抑えが効かないのとで、1歩前へ、衝動のまま彼女を抱きしめる。
「あぁもう可愛い。可愛いわ。すごく可愛い。とっても似合ってる。ほんとに可愛い。可愛いわ、可愛い。可愛い」
「むっ…むぐ…」
「その服はあなたにあげるから、これからずっと着てね…あでも、他のも見たい…ねぇ今度は別のやつ着てみて」
左右に目を向けると、そこには私のお古の衣装がずらり。
清楚なものが多いが、それもきっとリズベットに似合うだろう。
次は別のを着せよう。
だが、いまは、この服を堪能すべき。
「むぐっ…ぷはっ……はぁ」
「はぁぁほんとに可愛いわ…」
腕から解放すれば、リズベットは顔こそ真っ赤だが、もう目には涙が溜まっていなくて。
「えへへ……よかった…」
なんて、笑いかけてきて。
反則だと思う。
あまりの可愛さに、こっちまで恥ずかしくなってきて。
「むぐっ!」
なんだか悔しくなって、とりあえず抱きしめておいた。
+-+-+-+
気づいたら夕食の時間になっていて、私の着せ替えはお開きになった。
色んな服を着せられて、今はとっても綺麗な黄色のドレスを着せてもらっている。
正直、ドレスが綺麗すぎて気後れする。
着替える度にクリシュラは褒めてくれて、それはとっても嬉しかったのだけど、生来、綺麗だとか、可愛いだとか言われたことがなくて、自分じゃドレスに見合ってない気がしてならない。
エスコートしてあげる、なんて言われたものの作法が分からない。
クリシュラが自身の腰に手を当てて、腕と胴で三角形を作る。
そこに腕を絡ませるらしい。
言われた通りにすると、確かにクリシュラに身体が引っ張られる様で安心する。
初めて履いたパンプスで、とても歩きづらくて何度も躓く。その度にクリシュラが支えてくれて、この歩き方いいな、って思える。
「おや、リズベット様、大変お似合いでございますね。」
バトラーさんにも好評で、結局その姿のまま夕食を食べて(汚さないかどうかすごくヒヤヒヤした)、夜が耽けるのだった。