2-5 でぱーちゃー
このままだと1章とんでもない話数になりそう…
これでも駆け足に書いてるつもりなんですが…
帰ったら大切な話をするつもりで、ただこの裂けた服を見られるとリズベットに要らぬ心配をかけてしまうのは分かりきっていた。
一度自室で着替えて、リズベットに合えばいいのだ。
その結果があれだった。
頬に残るリズベットの体温は、とっても良かった。
……あの後、そういう行為をした訳では無い。
ただ、色々見られてしまった仕返しにと、そのうち怒られることを織り込み済みでブラウスを脱がそうとしたら、予想外に受け入れられてしまったのだ。
だから、それ以上脱がすだけのつもりもなければ勇気もなくて。
ただ、生の肌が触れながらリズベットに甘えるのは癖になりそうなぐらい心地よかった。
またしてもらおう、などと思いながら、今はピンク色の思考をしているべきではない、と切り替える。
「リズ、大切な話があるの」
向かい合えば、彼女は素直に話を聞く姿勢になってくれる。
「どうしたの?」
「色々事情があるんだけどね…ここを離れようと思うの」
全てを話す訳では無い。
ただ、知っておいて欲しいことを伝える。
自分は吸血鬼の王族で、家を離反して来たこと。
これから他の魔王の庇護下で学園に通うこと。
その結果この屋敷にはしばらくいられなくなること。
魔族と人間の価値観は全然ちがうこと。
「それでね…それでも良かったらなんだけど、リズも付いてきて、一緒に学園に通って欲しいなって…」
そう締め括る。
長いこと喋ったが、リズベットは真摯に聞いていてくれた。
だから怖い。
この子の運命を左右してしまうことに。
人間と魔族は価値観から相容れない。
たまたま自分とリズベットは相性がよかったが、これは特例なのだ。
これから先、魔族と共に生きれば彼女は戸惑い、傷つき、魔族を憎悪することになるかもしれない。
故に恐怖する。
「良かった…私ね…置いてかれるのかと思った…もちろんついて行くよ…学園は正直分からないけど…クリシュラと一緒にいたいから」
「…んふ、嬉しい」
リズベットは受け入れてくれた。
だけどそれはまだ魔族の特異な文化を目の当たりにしていないから。
「私が守るわ。何があっても」
決意を込めて抱き締めれば、擽ったそうにしながらも抱き締め返してくれて。
愛しいからこそ誓う
この無垢な少女を脅かす全てから守ると。
例えそれが魔王であっても。
それが父親であってもだ。
+-+-+-+
バトラーに話せばテキパキと用意をしてくれる。
私とリズベットのトランクを1つずつ。
あとは何着か服を詰めるだけの状態になるまで半時間とかからなかった。
むしろ時間がかかったのはそれからで、
彼女が着てきた野暮な服を詰めようとするリズベットからその服を奪って(当然懐にしまい)、もっと別の可愛いのを選ばせる。
似合うのが分からないと戸惑う彼女に、色んな服を着せ始めたら楽しくなって、着せ替え人形にしてしまい。
結局分からないと言うリズベットに、それならと私のお気に入りの露出度の高いものを詰めさせる。
次は下着を選ぼうか、と言えば、そればっかりは持ってきたやつしか着ないと言われる。
見せてもらえば(断っておくがスカートを捲った訳では無い)それは麻で出来た粗野なもの。
それじゃあ色気が無さすぎる。
などと直接は言わなかったが。
深刻な問題だと思う。
妄想が膨らむ。
深夜のベッド(何故かピンク色)
リズベットと迎える初夜(そんな予定はない)
照れ合いながら脱がせあいっこをして(そんな予定はない)
リズの服を脱がして驚愕するのだ
なんて下着を付けてるの…
それじゃあ、気分が台無しに…
深刻な問題だと思う。
かと言って服と同じように自分のお古を着てもらうわけにもいかず。
「リズ…そのうち下着を買いに行きましょうね」
「えっ…何で?私困ってないよ?」
「……いいから…ね」
「でも、お金かかるし…」
尚も食い下がるリズベットを無理やりうなづかせて、一件落着。
あとは出発を待つばかりであった。
+-+-+-+
バトラーさんとはどういう関係なの?
珍しく、リズベットが私に質問をしてきたと思えば、内容はそんな事だった。
だけど、確かに特異に見えるだろう。
この山奥に執事と2人きりで過ごしているのだ。
普通の人間1人なら管理すら出来ないだろう屋敷を1人で管理しながら、私の世話を焼いているのだ。
とても、不自然。
「どこから話そうかしら…」
少し思案する。
隠したい事がある訳ではなく、単純に全て話すと長くなるのだ。
切りのいい所はどこかな、なんて考えていたら…
「できれば…最初から」
懇願するような目。
そんな一生のお願い、みたいな目をしなくてもいいのに…
だけど可愛いなぁ、とにやけてしまう。
「長いわよ?」
「それでも…最初からがいいな」
「…ん。分かった」
話は私の産まれた頃から始まる。
母の温もりを感じていた幼少期は突然終わりを告げる。
母が何者かに殺されたのだ。
魔王である父は激しく激高したらしい。
ひたすらに周辺諸国を荒らしまくり、それでも見つからず。
強い血を受け継がせる為に私に結婚を迫った。
「ちょっとまって…結婚?」
「ええ。もちろん断ったけれど」
「それって何歳の時…?」
「10歳ね」
「……」
交渉の末、私はある条件とそれを達成できなかった時に潔く結婚を受け入れることを契約として5年の自由を与えられた。
ある条件というのは5年間この屋敷で過ごして寵姫を見つけること。
「ちょっとまって…じゃあ私が寵姫になってなかったら……」
「その時はその辺で野垂れ死ぬつもりだったわ。あの人の物になるなんて嫌だもの」
「………」
与えられた屋敷には既にバトラーがいた。
父が用意した世話焼きかと最初は思われたがそれは違った。
クリシュラを一時的とはいえ逃がすような契約も、この屋敷も、当面の資金も、バトラーも生前の母が用意していたものだったのだ。
彼は悪魔。
死んでしまった母との契約に縛られる哀れな悪魔だったのだ。
「……えっ?」
「悪魔よ。魔族の1種」
「あの人間を騙して魂を奪う悪魔?」
「正解。よく知ってるわね…よしよし」
悪魔の契約はそれはもう酷くがんじがらめであった。
私を害せない、悪意を持って接することができない。などは基本で。
毎日料理を作らなければいけない。
正しいマナーを身につけさせなければいけない。
屋敷と近くの街以外へは行ってはいけない。
等々。
それを悪魔は忠実にこなしていた。
「じゃあ…もしかして一緒にいけない?」
「そうなるわね」
「そっか…」
憂うリズベットは可愛く…確かに問題ではあるなと思い直す。
バトラーは優秀だった。
家事はもちろん、家庭教師としても優秀で、その他のことも苦手としていた様子はなかった。
旅の伴に連れていくならば全てを任せられる存在であり、
同時に、居なくなれば任せていた全てがこちらの仕事となるのだ。
「じゃあお礼しないと」
リズベットの思考は私とはすこし違って、どうやら世話を焼いてくれたバトラーに恩返しをしたいらしい。
契約なのだから当然と思っていた自分と少し差を感じてしまう。
バトラーも、恐らく自分と近い考えで恩を売ったつもりなど毛頭ないだろう。
だが、リズベットは恩返しの決意で燃えている様子。
それに、その考え方事態はとても理解出来た。
契約があろうとなかろうと、5年間も世話になったのは事実だ。
だったら自分も少しぐらい労ってやろうではないか。
この日はその計画を話し合うだけで過ぎてしまった。
+-+-+-+
出発前夜。
普段は食事を共にしないバトラー(こいつの場合食べているのかすら疑問ではあるが)と共に、3人で食卓を囲む。
ささやかではあるがちょっとしたパーティーに。
と言ってもバトラーが用意した食材をバトラーが料理したものではあったのだが。
そういえば彼と食卓を共にするのはこれが初めてだった。
発案者はリズ。
彼女は、バトラーが悪魔だと知ってもその態度を変えなかった。
私の時もそうであったように、種族としてじゃなく個々として見てくれているのだろう。
だから、彼女は魔族だから、悪魔だから態度を変えるなんてことをしないのだ。
そういう所、素敵だな、なんて思う。
そんな彼女は、魚を取ってきてご馳走にすると息巻いて、収穫がなかったとべそをかきながら帰ってきていた。
…私は、というと。
テーブルの中央に座している白いホールにたくさんの果物が乗せられたデザート。
3人には少し大きすぎるかも知れない。
リズベットは顔をふにゃふにゃにして美味しい美味しいと喜び、バトラーからも概ね好評。
無論作った訳では無い。
街まで買いに行ったのだ。
リズベットは街なら一緒に行きたかったと、珍しく拗ねる様な顔をしていたが、時間があまりなく、急ぐタロンの背に彼女を乗せて無事なはずが無いため、今回に関しては我慢してもらうことに。
そうこうして始まったパーティーは慎ましくも暖かいもので。
寡黙なバトラーも珍しく饒舌になっていた。
ただ、口を開けばやれヘタレだとか、私の悪いところばかりをあげつらい。
リズベットは愉快そうに笑い、私は少しの居心地の悪さを感じて。
同時に、こういうのもいいなと思った。
人間の家族の様な食卓、とでもいえばいいのだろうか。
気の許せる仲で作れる温かさはとても居心地がいい。
故に願う。
どうかこの先も、幸福でありたいと。
この3人で過ごした時間の様に、幸せでありたい。
切にそう願った。
+-+-+-+
日が昇れば、それは出発の合図。
リズベットの、これから彼女を襲う急加速急停止の衝撃の連続を思えば、朝食は現地で取ったほうがいいという結論に達して。
身支度を整えればすぐに出発する手筈となっていた。
2つあるトランクは、ロープで縛ってひとつにして、余った部分で巨大な持ち手を作っている。
呼び起こしたタロンがその持ち手を咥える。
タロンをリズに見せるのはこれが初めてではないが…初めて見せた時はそれは凄い反応だった。
私の出血で泣きそうになるし(可愛い)、タロンをみて腰を抜かすし(可愛い)
予め見せておいて良かったと思う。
慣れてなかったら、出発に手間取っていただろう。
「それではお達者で。お嬢様、リズベット様」
「あなたもね」
「バトラーさんも」
別れは昨日散々した。
だから今日は短く。
リズベットを抱きすくめるような形でタロンに跨る。
ゆっくりとタロンが駆け出す。
リズベットが乗っているためトップスピードという訳にもいかないが、それでも馬などとは比べ物にならないスピード。
風を切り、木々を避け、湖畔の屋敷はすぐに見えなくなった。