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2-3 クリシュラの血

魔獣の背にのり瘴気の満ちた谷を抜ける。


それと同時に張り詰めていた気持ちがやっとほぐれていくのが分かる。


交渉が上手くいったのは単純に運が良かったからだろう。

あの男がもし少しでも機嫌が悪かったなら、今頃私は押し倒されていたかも知れない。

そう思うと身震いするが、だが勝利を得たのだ。


谷を抜けて、森に差し掛かる。

このままリズベットの元へ、と足を早める中。


眼前に強力な存在を感じる。

攻撃的な魔力を隠そうともせずこちらを悠然と待ち構えているのだ。


速度を落としてゆっくりと近づけば、そこには想像通りの人物が恨みがましそうにこちらを睥睨する。


「…クーリィシューラー」


「何かしら姉さん。そんな怖い顔をしながら」


生まれた時から一緒だったから、この人が何を言いたいのか何となくわかる。

この人はずっと私をいじめるのが好きで、故に私が父の妻になるのを全力で推していた。

父の妻になれば毎晩酷いことをされると嬉しそうに私に言い聞かせてきたのだ。

それはきっとストレスを発散させる先が私しかいなかったからなのだろうが…

その感情はいつしか怨みに近いものへ。


そして、今日。

まんまと父から逃れた私をファビオラがどう思うか。

想像は簡単で。


「今すぐ戻ってあの人の妻になりなさい。なれ。だっておかしいじゃない。あんたは5年も遊び呆けてたのに!私はずっとあの人のおもちゃなのに!ねぇ?なんで?あんたみたいなのが」


「お断りするわ」


「いいから言うことを聞くの!聞けぇ!」


感情の発露は語気を荒らげて、遂には彼女の血に至る。


ドレスの袖から大量の出血。

地面に落ちることなく空中で静止し、次の瞬間には針となってクリシュラの身体を抉らんとする。


点の攻撃もその数が無数ともなれば面の攻撃と言える。


針はその1本1本が人間を殺しうる。

簡単な話で、血液を自在に操る吸血鬼に、その血でできた針で刺されて無事な筈がないのだ。

使用者が望めば、心臓を内部から破壊することも、血流を止める事も自在だろう。


だが、クリシュラは避けない。

まるで脅威と感じなかったのだ。


クリシュラに針が襲いかかり、だがその針は1本も届くことは無い。

タロン。クリシュラの誇り高い魔獣がその身を呈して盾としたのだ。


針の攻撃は止まない。

とめどない攻撃に晒されたタロンは、しかしその表情に一切の苦悶が見られない。


「死ねぇ!死ね!死ね!」


ヒステリックな声を上げるファビオラに対して、クリシュラはある事実を理解した。


「タロン。もういいわ」


従順な狼は主の言葉に、少し不安そうな表情を見せながら従う。

盾が飛び退けば針の集中砲火に晒されるのは当然クリシュラであり、その体に無数の赤い針が刺さっていく。


「あはっ!従魔の心配でもしたの?バッカねぇ!!」


その一つ一つが、クリシュラの血を操って、その身を支配しようとする。


「とりあえず、頭を下げなさいな」


毒の様にクリシュラの血に混じり、服従を強要しようとして。


「嫌よ」


その言葉と共に魔力が、血が押し返される。

混ざったと思っていた血が全部押し出される。


「嘘っ…なんで!」


そんな芸当は吸血鬼でも埒外。

それこそ魔王と呼ばれる存在か、それに近い存在に許される様な芸当。


「ファビオラ…あなたこんなに弱かったのね」


「弱い?弱いですって!?」


その言葉がファビオラに火をつける。

針が何百何千と寄り合い、その体積を増しながら1本の杭へ。


「ならこれでも食らって、死ね!」


これだけの血液を体内に打ち込まれれば魔王でも殺せる。そう自負する最大の攻撃方法。


対するクリシュラはまるで回避する様子すら見せず。

狙いは正確に、クリシュラの心臓へ。


誤ず、心臓の肉をズタズタに破壊し、周囲の肉をズタボロにしていく。


「あっはぁ♥死んだ!殺したわ!私が!」


崩れ落ちる身体。

それを見て歓喜の声を上げる。

憎しみと恨みを込めて殺してやったと、勝利の宣言をして。




「ダメよ。それじゃあダメなの」


クリシュラの声がした。


胸にぽっかりと穴を開けながら、クリシュラは立ち上がる。

よく見るとその穴も修復を初めている。


「私を殺すには至らないの。あなたではどうやっても私を殺せないの」


「ひぃっ…あんた…なんなの…」


確かに殺した。

その感触はあったのに。


確かな覚えがあるからこそファビオラは恐怖を覚えた。


吸血鬼の本質は血液。

故に、血液を介して相手の実力を測る事もできる。

タロンに刺さった血の針ですぐに分かる程、クリシュラとファビオラの差は大きかった。


「通らせて貰うわ」


もはや傷口は閉じてしまった。

すぐそばを歩むクリシュラを止めるなど出来ず。


クリシュラが去ってしばらくは、その場に呆然と立ち尽くすのみであった。

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