表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/16

2-2 魔境へ

主に説明と交渉の回です。


便りが届いた。

血印と呼ばれる吸血鬼の力を利用した特別な方法で封されており、その開封の仕方も特殊である。

中心に指を這わせれば、私に感応して封をした者にしか描けない特別な紋が現れる。



薔薇を模した複雑な紋様は私の実家のもの。



―ドラク

特殊な種族である吸血鬼の中でもその名前は特別な意味を持つ。

吸血鬼は人間の貴族のような階級をもっており、ドラクはその中でも頂点の血族にのみ名乗ることを許された。

つまりは王の血族。



そして、その事実は忌々しい過去を思い出す。

血を濃く保つために、血族のなかで当然のように行われてきた行為。近親婚。

その責務は当然のように私にも降りかかり。



父と契りを結べ。



そういわれたのは12歳の誕生日だった。

無論拒絶した。

その結果、勘当同然の扱いと、今後の私を縛るいくつかの契約を結ばざるを得なくなった。



我ら吸血鬼は誇り高く、常に美しくいなければならない。

それは、食事に関しても同じこと。

望まぬ相手から血を吸うなど、恥ずべき行為。

だが、血すら吸えぬ同族など言語道断。



故に、期日までに寵姫を召し抱よ。



誇りを失ったものに帰る場所などと、ゆめ思うな。



自らの食い扶持すら稼げぬ豚は即刻処罰する。





それが私と(父親)の交わした契約だった。







手紙を開く。

短く一言。



城へ参れ。



とだけ。

契約の期日は実は明日で、陰鬱な気分になる。

すぐ隣に座る愛しい子、リズが手紙の内容を聞きたそうに、でも遠慮して、ちらちらとこっちを見ている。



可愛い。そばにいるだけで癒される。



「明日、一日だけ留守にするわ」



「えっ…」



そんなに悲しい顔をしないで欲しい。

まるでこの世の絶望に立ち会ったような…今にも泣きそうな顔をされると、決心が鈍る。



「一緒じゃだめなの?」



不可能、というわけではない。

寵姫とは要は嫁や婿のようなもの。

例えそれが元人間であっても、それを迫害するなど彼らの誇りが許さないだろう。



だが、あの毒婦がうごめき、とその上に王が胡坐をかく魔城にこの子の存在を晒すなんてできない。



「ごめんね…」



その一言でわかってくれたのか、今にも泣きだそうな顔をして。



「わかった…」



リズが顔を伏せてしまった。

表情はうかがえないが、きっと泣く直前なのだろう。



「お土産何がいい?」



「…いい。クリシュラが早く帰ってきてくれたらそれでいい」



可愛いなぁと思う。

思わず頬が緩んでしまう。

リズを抱き寄せたら、そのまま甘えてきて。

しばらくそのままお互いの体温を感じあった。



+-+-+-+

リズベットの血を吸ってから、私の身体の調子はすこぶるよかった。

吸血鬼は血を初めて吸う前と後で圧倒的に魔力の質が変わる。

本質たる血に他者の本質を取り込むことで生き物として進化する。

ありていに言うとかなり強くなるのだ。



血管の血を尖らせて、内部から指先の皮膚を突き破らせる。

その血液は針金のように、指から伸びて滴り落ちることなく。

異質な光景。

だが、これは吸血鬼にとって最も初歩的な力の行使。



血液はとめどなく溢れ、一つの形を成す。

狼を思わせる毛むくじゃらの獣。

体高が私の胸ほどもあり、体長は優に3メートルを越すだろう。

非常に大きな狼。

たが最も目を引くのがその色。

赤黒く染まった毛並みは、天然の生き物とかけ離れている。


『従魔』ヴァーミリオンヴォルフ


「タロン」


主に名を呼ばれた従魔は、嬉しそうに鼻を鳴らし、服従の姿勢へ。

その背に腰掛けるように横座りする白銀の少女。


従魔が駆けた。

主の意図を汲んで、その望む方向へ。


一足で馬の速さを越し、二足で風に乗り、三足で音と並ぶ。

最速に乗った獣は駆け抜ける赤い閃光となって森を抜けていく。


獣の腰上で優雅に佇む少女もまた人外。

木々を避け、高速でジグザグと加速と減速を繰り返す中、まるで慣性を感じないかのように優雅に腰かけている。

並の人間であれば、一足目に振り落とされてそのまま命を落としてもおかしくない様な加速の中。

彼女は愛犬に甘える令嬢の様な佇まいを崩そうとはしない。

いや、崩す必要が無いのだろう。


人間がおよそ一月以上かけて歩く距離を僅か半時間程で踏破する。


眼前に現れるのは瘴気に満ちた谷底、草木1本すら生えない枯れた土地。

気味が悪いほどの静寂。

ここには命が無いのだ。

鳥も虫も魔獣すらも寄り付かない。

仮に迷い込んだとしても並の存在では濃い瘴気に耐えきれずすぐに絶命してしまうだろう。

実際、そこかしこに鳥や獣の死骸が散乱している。


-静寂の谷


その呼称は非常に正しかった。

瘴気は自然に発生したものではない。

ある存在が、自然が産む音を煩わしく感じ、発生源を全て殺すために放させた。

その効果は谷全てに及び、確かに静寂が出来上がる。


白銀の少女は、死を呼ぶ瘴気を、まるで意に介さず、獣を進ませる。

その姿は、瘴気の霧の中に包まれる。

瘴気の霧の中を進めば、やがて大きな古城が見える。


5年前と一緒だ。


城門の前に立てば、人が10人単位で動かす重々しい門が勝手に開かれる。

まるで歓迎するように。

不気味なくらい静かに城門は開かれ、中にいる存在と目が合う。


「あら、あらあらあら。やっと戻ってきたのね子猫ちゃん」


「…ファビオラ姉さん」


漆黒の髪を長く垂らした妖艶な女性。

ファビオラ・ドラク


クリシュラと異母姉妹に当たる人で、そして父の妻でもある。

幼い頃からクリシュラにきつく当たる人で、この城を出ると決めた時に最も取り乱した人でもあった。


いきなり会いたくない人に会ってしまったと思う反面、この程度で疲れても居られないとも思う。

中にはあの父が私を待ち構えているのだ。

それに比べればファビオラなど前座に過ぎず。


故に、笑顔を浮かべる。

奥ゆかしく、泰然と佇む薔薇のように。

これは抗戦の合図。

あなた程度、歯牙にすらかけていないという意思表示。


「お久しぶりです。あえて嬉しく思います」


「………そ。お父様がお待ちよ。早くいらっしゃい」


対するファビオラは、つまらなそうに表情を変えて、父の手前ここで問題など起こせるわけもなく、何事も起きない。


懐かしい風景に変わりは無かった。

死んだ土に、何故か咲き続ける薔薇園。

使用人が1人も居ないのに埃一つ落ちていない城内。

それどころか眼前を歩く女性さえも、5年前と同じであった。


到着するのは、王の間。

豪奢な作りの城でも扉からして一際華美に作られている。


中には、美女。美女。美女。

沢山の美女が玉座に侍るように絡みつき、寵愛を賜ろうと仕える。

その中央に、玉座に座して美女を弄ぶのは、まだ10やそこらの少年。

あまりにも不釣り合いな、年端も行かぬ少年なのだ。

否、外見こそ可愛らしい少年のそれだが、無限の闇のような瞳や、身に纏う覇気を少しでも見てしまえばそんな幻想をすぐに打ち砕かれることになる。


-『魔王』ラヴィザ・ドル・ドラク

-『無限の吸血鬼』ドラク

-『真祖』


-魔王

そう呼称される存在は多くない。

多数の魔族を従え、人族と敵対、その存在が人族の存亡を危うくしうると判断されて初めて『魔王』と呼ばれるのだ。

故にその呼称は、憎悪の証、恐怖の象徴、殺戮の血痕に他ならず…


この城を包む死の瘴気も、この男が作らせたもの。

庭園に咲く薔薇は、ここに訪れた勇者とその仲間の心臓。

その玉座は、倒れた勇者の剣を鋳潰した勝利の証。


リズベットの血を吸い、覚醒した身でやっと理解した。

遠い。


この男は果てしなく遠いのだ。

覚醒して縮まったと思えた距離は、万里に及ぶ距離の1歩でしか無かった。

この場に控える美女は、皆名高い吸血鬼の血族。

その一人一人が万の軍隊と渡り合って余りある実力の持ち主。

だが、足りない。

その全てを足し合わせたとしてもこの少年には及ばず。


「陛下…」


故に、傅かずには居られなかった。

身を包むのは己が誇りに背いた恥辱と、それを拭って余りある恐怖。


「おかえりクリシュラ。ボクのことはパパでいいよ。それか皆みたいにラヴィでもいい。だけど愛情を込めて」


「ですが私は不肖の家出娘。陛下の思いを無碍にしておいてどの口で貴方様を父上と呼べましょう」


「それもそうだね。でもそれなら簡単だよ」


少年が立ち上がる。

悠然と。傲慢に。

立てる足音は、静寂の中に響き。

近づく気配は恐怖を呼ぶ。


「ボクと君が結婚すればいい。それで万事許される。それでボクらは幸せになれるんだよ」


頬へと伸ばされる手。

そのまま顎を引かれ、目が合った。


血のような深紅の瞳、その瞳孔は闇を讃える黒。

言葉こそクリシュラを歓迎するものであったが、目は別の事実を伝える。


5年前のことを忘れてはいないぞ、と。


吐き気がした。

自分はこの男の趣味のために生きている訳では無い。

この男の傍で、ただニコニコしているだけの生活なんて送りたくはない。


リズベット


ふと愛しい子の名前が浮かぶ。

彼女と一緒にいたい。

その純粋な思いが、力となって、勇気と化す。



「陛下…5年前にも申しました通り、お断りします」


「へぇ………僕からの誘いだよ?」


「理解しております。それに私は5年前の約束を果たしました」


5年前の約束。

それは、結婚の執行猶予として湖畔の屋敷で5年以内に血を吸って覚醒しろ、というもの。

果たせなければ、即結婚。

果たせた先は、その時は逃げることばかり考えて設定していなかった。

だけど、覚醒しているつもりであったので、ある程度の自由は得ているつもりではいた。


「ほんとだ…ちょっぴり強くなってる。よくあんな所でエサにありつけたね」


この男からしたら私の覚醒なんて微妙な差でしかない様子。


「…で?」


双眸が不快そうに歪められる。

私の力程度は、彼からすると赤子そのもの。

彼がその気になれば私を無理矢理どうにかすることなど容易い。

彼は聞いているのだ。

どうすればその単純明快な事実を否定できるのかと。


故に、用意した。

彼と対抗できるだけのカードを。


「石楠花様に庇護頂きました。本日より3年間。私はあの方が運営する魔族の学び舎(ヴィス・ハイセン)に在籍します」


魔王に対抗するには、魔王に守ってもらえばいい。

安易な結論だが、決して簡単な道のりではなかった。

まず魔王と呼ばれる存在は多くない。

そして、戦争の火種とすら言えるクリシュラのコンタクトを受け入れてくれる魔王など見つかる訳もなく。

3年と半年が過ぎた時だった。

風変わりな魔王が魔族の学園を立ち上げたという。

それ石楠花という名の魔王。

石楠花はある条件と共にクリシュラの入学式と、保護を約束してくれたのだ。

これがクリシュラが用意できた逃げ道。


また静寂が訪れる。

呼吸の音すらうるさく聞こえる静寂の中。


「………ああ。彼か」


少年が口を開く。


「なるほど。ナルホドナルホド…うん、いいね。面白い」


何が嬉しいのか、その口に笑みを讃る。


「ここまで身内に反抗されたのは初めてだよ。うん!行っておいで」


だが、それは交渉の成功を意味した様子。


では、失礼します。


短く礼をしてそそくさと立ち去る。

こんな魔境には1秒足りとも長居したくない。


これでリズベットにまた会える。

そう思いながら足取りを軽くするのであった。

次回はそんなに遅くならない予定

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ