用意
ベッドの上に並べた荷物をもう一度確認し、収納魔法を起動する。ただナイフだけはすぐに取り出せた方が良いので、鞘ごとベルトに取り付けておく。
「これでよし。あとは…」
「おーいリーナ、入るぞ」
ノックもなしに入ってきたのは(義理の)兄弟のなかで最も仲の良い長兄のアルバートだ。普段はニコニコしていて優しい印象なのに、今はかなり切羽詰まった様子だ。見習い先の鍛冶屋で何かあったのだろうか。
「アル兄、どしたの?なんかあった?」
「どしたのじゃない!リーナがこの家を出るってどういう意味だ!あとその格好はなんだ!髪はどうした!」
「さあ?そのままの意味じゃない?格好は女より男のが嘗められにくいと思ったからだし、髪は資金源にするのと男装のレベルを上げるためだよ」
「そういうことを聞いているんじゃない!何でリーナが追い出されるんだって事だ!」
「…そんなの、家が貧乏になったからと私が養子だからに決まってるでしょう?」
「だからって…!リーナはまだ十五だろ?未成年の娘をたった一人で放り出すなんて、あの二人は何を考えてるんだ!」
「とりあえず落ち着いて?私だって勝算はあるよ?じゃなきゃもっと取り乱してるからね?」
「勝算って?準備とかはしてあるのか?」
「もちろんだよ、ほら」
収納魔法を発動し、準備した物を取り出して見せる。
「…よくこんなに集めたな」
「アル兄が協力してくれたからだよ。ナイフの使い方も、護身術も、闘い方も。全部教えてくれたのはアル兄じゃない」
そう。アル兄は私より六つ年上で、(元)兄弟の中では唯一私の出自を知る人間だ。まあ他にも勘づいている者はいるだろうけど。
リーナの中に「私」の意識が芽生えたのは、物心がつくのと殆ど同時だった。
その後…自分が存在する世界が、前世の自分が書いた小説だと気付いた後からこっち、私はずっとこの「用意」を続けていた。
兄弟の中で唯一事情を知るアル兄を説き伏せて闘い方などを教えてもらい、時間とHPが許す限り、魔物や動物を狩った。肉は干し肉にし、魔物の角や牙、爪など換金できる物は換金した。
「覚悟はできてるんだな?」
「さっきからそう言ってるよ」
「なら、ちょっと待ってろ」
そう言うと、アル兄は私の部屋から飛び出して行った。おとなしく待つことにして、もう一度荷物を収納し直し、一旦これまで着ていたワンピースに着替えた。