女帝真白の言論弾圧
三題噺『かまど』『羊』『青い』
登場人物
ゆめ(女子高生)
真白(女子高生)
生徒たちから正月気分が抜けた一月の中旬。
五蔵高校に登校した真白は朝から眠りこけているゆめに声をかけた。
「おはよう、ゆめ」
真白の挨拶にゆめは答えない。おかしい。いつもなら騒がしいくらいおはよおお! とか言うのに。
「ゆめ、ゆめ? 熟睡してるの?」
真白が机の天板を爪で叩くと、その振動に気づいたゆめが目を開けた。
「あ、真白。おはよおおおお」
「やっぱり元気だった」
どうしたの? と質問をする真白が見たのは、ゆめがイヤホンを外すところだった。
「ああ、これを聴いていたんだ。ごめんね、邪魔しちゃって」
「いいよ。どうせすぐに朝のホームルームだから」
「なに聞いてたの?」
「知りたい?」
ゆめは期待する眼差しで両耳のイヤホンを準備していた。イヤと言われても真白に聞かせるつもりだった。
「はいはい、どんな曲?」
にまりとイヤホンを渡したゆめ。
訊いても教えてくれないと悟った真白がイヤホンを耳にはめこむと、大音量のナニかが流れてきた。
「えっ、うわっ!」
その音を例えるなら連続で何回ホッチキスをパチパチできるか選手権の決勝みたいな。とにかくうるさいだけの音で、何が鳴っているのかも真白には判別がつかなかった。
「ダメだよ真白、途中で聞くのをやめたら」
「え、なにそれ。呪いかなにかなの? 聞くのをやめたらテレビから出られなくなったりしちゃう?」
「呪いじゃないって。一時間聞き続けないと効果が出ないんだよ」
「その音を一時間聞いてたら耳がおかしくなっちゃう。なんだったの?」
もうイヤホンを耳にする気のない真白がゆめに問いかける。
「これはね、羊の鳴き声だよ」
「羊? メーって鳴く羊? 生き物の声には聞こえなかったけれど……」
「これはね、羊の鳴き声をテクノポップにしたものなんだよ」
テクノポップとは元の音楽をシンセサイザーなどで造り替えた音楽のことである。巷ではエレクトロミュージックなどと言われる。おばあちゃん世代はピコピコミュージックと言う。
「世の中には変なこと考える人がいるのね。メェーって鳴き声だけで曲を作っちゃうなんて。まあ、曲には聞こえなかったけれど」
真白が苦笑いでいうと、ゆめは頬を膨らませた。
「いいじゃん、頑張って作ったんだから」
「え? もしかしてゆめが作ったの?」
「正確にはわたしじゃなくて人工知能が作ったんだよ」
真白はゆめの言っている意味がわからなかった。真白は女子高生だが、機械的な知識はおばあちゃん世代と変わらなかった。
「人工知能はわかるでしょ?」
「水嶋ヒロでしょ」
「古すぎて誰もわからないよ……。そうじゃなくて、考える部分を機械がやっている機械を人工知能って言うんだよ。今は人工知能になにかをやらせるサービスとかたくさんあるんだよ」
子供のころからパソコンを使ってきたゆめは技術の進歩に一喜一憂していた。今の時代が楽しくて仕方ないのだ。
「へー」
反対に、普段からアナログ製品ばかり使っている真白はとんとわからなかった。
「むぅ、なんでわからないかなー。真白は靴屋の妖精とか好きでしょ?」
「靴屋の妖精? おじいさんが寝ている間に妖精たちが代わりにお仕事をやってくれてるっていうやつ?」
「そうそう。人工知能だって同じだよ。人工知能付きのかまどが売られたら凄いよ。パン生地をかまどに入れておくだけでパンが出来ちゃうんだから!」
「そんなことできやしないわよ」
「人工知能はスゴイからできるんだもん!」
なかなかに人工知能の凄さを信用しない真白。女子高生にしては乙女趣味の真白が好きなファンタジーの話題を出したが、結果は逆効果だったみたいだ。
「そうだ。例えば、えーっと、この青い犬の写真があるでしょ」
何かを思いついたゆめはスマホに犬の写真を映しだした。
「これを人工知能に見せたら、犬だって判別するんだよ!」
「……いやその写真、青いから全く犬に見えないんだけど。というかどこでそんな写真撮ったのよ。珍しい犬ね。あ、でも尻尾が跳ねてるかわいい」
「どこで撮影したかはいいの! これを犬って判別するの凄いでしょ? 青い犬なのに。犬に見えないのに。本当は狼なのに。犬の形とか顔で、人工知能がこれは犬ですねぇて判断するんだよ」
真白は青い犬の写真を見る。まあ、たしかにこれを犬だと判別するのは人目でも難しい。それを判別するなら、人工知能も凄いのかもしれない。
「というか、狼なら犬じゃないから人工知能が間違ってるじゃない」
「限りなく犬に近い狼だもの」
「間違いは間違いでしょ」
残念。ゆめの説得はまたしても逆効果だった。
このままでは真白が二十歳になってもスマホを使いこなせない時代に取り残された大人になってしまう。ゆめはそこまで危惧した。
「それで、人工知能に音楽を作ってもらったの?」
真白は話を戻した。話はゆめが聞いていたイヤホンの曲だ。
「うん。人工知能に音源を渡したら、そこから作曲してくれるっていうから、羊の鳴き声を渡したの。で、返ってきたのがこのテクノポップ」
ゆめが真白の機械音痴を心配しているというのに、真白は言ってはいけないことを言う。
「人工知能も大したことないわね」
「なー! こんな曲つくれるんだから人工知能は凄いんだよ。ただの機械だったら人が考えないといけないことを人工知能がやってくれるんだから凄いんだよ。褒めなきゃいけないんだよ。大体、真白の自作曲だってこんな感じじゃんか」
「わーわー!」
真白は唐突な暴露にゆめの口を塞ぎにかかった。
ゆめは好機だとばかりに口を開いた。ここで真白に人工知能の正しさを知らしめれば、真白はこれからメッセージアプリぐらいなら使いこなせるかもしれない。
「真白が中学生のときに体育祭サボって作ってた甘甘のフルート独奏曲だって、人工知能なら十秒で作れイタッ」
真白秘技、拳骨落とし。
相手は気絶する。
朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。
教室に入ってきた教師が出欠確認の目配りをしていると、机につっぷして寝ているゆめを見つけた。
「おい、羽島。ホームルーム始まってるぞさっさと起きろ。周りの奴、誰か起こしてやれ」
誰もが躊躇した一瞬の隙をぬって声を挙げた真白。
「先生、ゆめ、今朝は具合が悪いそうで、さっきから寝ちゃっているんです。一時間目の授業にはわたしが責任を持って起こしますので」
真白は笑顔で答えた。
教室は誰も笑顔じゃなかった。
「……まあ内駒が言うならいいだろう」
内駒は真白の苗字である。
「じゃあホームルーム始めるぞ」
真白は笑顔で椅子に座った。
ホームルームがつつがなく終わって教室から先生が出た後も、誰もが口を噤んでいる。
真白だけが立ち上がる。教室の空気がピリッと震えた。さながら電気椅子の試運転みたいに。
顔をつっぷしたゆめの前に真白が立った。
誰もが真白の一挙手一投足を見守っていた。秘密をバラしたゆめに強烈な拳骨を放った真白のお怒りモードだった。
ゆめがおずおずと顔を上げた。
「……」
真白がゆめを睨む。さながらゲーム筐体の交換を守らない格ゲーマーみたいな目つきだ。
「アー。ワタシハドウシテネテイルノカナー」
「忘れちゃったの?」
「ヒ、ヒツジのサウンドセラピーかも。あれって一時間聞き続けると記憶が飛んじゃうらしいんだよね。あははー。いやーなんか記憶がスッキリしてるなー頭の痛みなんてしないなー」
「そっかあ。やっぱり人工知能の曲なんてダメね。そうよね、ゆめ?」
真白がゆめを脅迫する。さながら御琴の稽古をやりたくないと駄々をこねた祇園少女の母のよう。
御琴をやりなはれ、じゃなかった。
「そうよね、ゆめ」
ゆめは考えた。
人工知能を進めるかイタイのを我慢するか。
「そうだね! 人工知能は悪だね!」
即答だった。
ここに、絶対君主真白女王による統治国家がなりったのでした。
めでたし、めでたし。
「……ていう、オーディオドラマを作ってみたの! どう?」
真白は今まで嵌めていたイヤホンをとって、女の子らしい小さな拳でポカポカと擬音を立てながらゆめを叩いた。
「わたしに秘技なんてないわよ!」
「だからオーディオドラマだって。ポカポカたたかないでいたいいたい。この物語はフィクションです!」
「なによ女帝って。もー!」
真白は真っ赤な顔でいつものように叫んだ。
「ゆーめー!」
あとがきその1
コメディ成分がないなー……あれーどこに行ったんだろうなー……(白い目)
面白さを鍛えるためのはずなのに、無難な手ばかり打ってごめんなさい。一月中は何卒……。
あとがきその2
人工知能に作曲してもらうサービスは実在します。
すこし前に話題になったときに作成したアカウントのログイン情報が残ってました。どうでもいいですねこの情報。