春―1―
今回の話は気分を害される方もいるかもしれません。
最後の方だけ読んでいただければこのあとの話の理解に支障はありません。
「人間はね、数百年前に滅びてしまいましたとさ……。おしまい」
ナーシャがパタンと本を閉じました。
「人間?なんで滅びてしまったの?」
ルノンは疑問に思って聞いてみました。
真実を言ってしまうと、ルノンが原因なのですが、そんなことを知るはずもありません。それを知っているのはノアだけなのですから。
ノアが言うには、ルノンが創り出した魔族に備わっているある性質が人間を滅ぼしたというのです。魔族には当たり前のことで、おかしいなどという魔族も現れるはずがありませんでした。
ある性質とは人間が動物に対して抱く感情と似たようなものです。人間は動物を、とくに牛や豚を食肉として食べます。それと同じことです。
魔族は人間を家畜のように食べていました。
ただ、人間と違ったのは家畜をわざわざ育てようとはしなかったというところでしょうか。そして、人間が頑張って逃げていたからでしょうか。
とにかく、人間はそうやって減っていったのです。
ナーシャの答えはこうでした。
「神様が消しちゃったんじゃないかなぁ?」
あながち間違ってはいませんでした。
ルノンはそれを聞いて強い違和感をおぼえました。
――私は、そんなことしていない――
「本当に?」
「たぶん?私には分からないの。おばあちゃんなら知っているかも……」
ルノンの食いつきといいますか、いつもは見せないようなしつこさにナーシャは驚きながらもそんなことを言いました。
ルノンはナーシャに聞いてくることを伝えて、おばあちゃんに聞きに行きました。
おばあちゃんに聞いてみると、また違った答えが返ってきました。おばあちゃんのほうが少しばかり残酷なような気がします。
「人間はね、勝つことができなかったんだ。種として、弱かったからさ。なんにも力を持たなかったからね」
「魔法は?」
「持っていたのは古い昔の人間だけ。滅びる前の人間はなんにも、衰退という言葉がお似合いだね」
おばあちゃんの言いようはある意味、人間を嫌っているのかもしれません。本当のことは、本人にしかわかりませんが。
ルノンはおばあちゃんの説明とナーシャの説明を合わせて考えてみました。理にかなっていることで、変な理由ではないから納得できるはずのことなのに、何かが引っかかるのです。
どうしたことでしょう。
「少し外出てくるわ……」
そう言い残してルノンはまだほんのりと寒さが残る家の外へ出ました。
もう、雪は溶けて植物が小さな芽を芽吹かせています。頬を撫でる風は花の匂いを乗せているのか、いい匂いがします。
冬の間はわからなかったここの地形もわかるようになってきています。
「どうしてこんなにも引っかかるの?なんでかしら?」
妖精に近いけれど違う謎の自分の正体、戻る気配が今のところない自分の記憶、なぜあそこにいたのか。おばあちゃんとナーシャが言うには、自分は空から落ちてきたというのです。
説明できないことがたくさんあります。
「うー……」
◇ ◇ ◇
「だいたい合っているよ、それで。魔族って鋭い子達なのかな?」
ナーシャとおばあちゃんがルノンに説明をしている様子を覗き込んでいたノアは何回も頷いて言った。
「ルノンはもっと悩んで、現実を知ってから……それから……」
歪んだ笑みを称えるノアはなんにも知らない人が見たなら、危ない人と判断するようなものでした。神と教えられたのなら、邪悪な神なのではないかと思うのではないでしょうか。
「自由奔放、無責任、視野が狭い。それがルノンだからね……」