9ページ目 初めてのお買い物です。
お出かけー!
遂にやって参りました、お買い物デー。
騎士団の敷地が何処にあるのかすら碌に知らなかった私は、ローナさんに手を引かれて街に出て来ました。
お出かけなので、今日はちょっとおしゃれなワンピース。腰元に細かいギャザーが入ってふわりと広がるスカートと胸元や袖口のレースリボンが可愛らしい逸品で、ちょっぴりドレッシーです。
色はペールブルーで、折角なので今日は合わせて淡いピンク系のチークを入れてみました。目元にもちょっと色を乗せて、気分もうきうき高揚気味です。
そんなこのワンピース、お揃いで靴も付いていたんですが……昨日食堂のお仕事から帰って来たら、箱に入って私のベッドの上に載っていました。
確かに、お買い物ーお出かけーって結構うきうきしてましたよ。だってずっとセレンさんやローナさんに服とか石鹸とか借りるの、心苦しかったんですよ。お蔭でカガリさんには何か変なものでも食べたのか言われましたし、通りかかる同じフロアの騎士様たちにも微笑ましそうな目で見られましたよ……
だからって、お洋服を頂くのは別ですけどねー。一応お小遣い貰ってますし、そもそもくれたのカガリさんですからねー。もっと計画的に財産は使うべきだと思うんですよー? この間買い物メモ作っていた時も、結局様子見かねてお菓子持って来てくれましたしー?
通行門で待ち合わせしたローナさんがちょっといいところの新作だって言うもんだから、私は眩暈がしましたよ。
……お給料が貯まったら、何かカガリさんにお返ししましょう。
私にとって街というのは、色取り取りであったも何処か無機質で、欲しいのかどうかよくわからないものがたくさんある場所です。行き交う道はすっきりして、なのに服もでも食料品でも日用雑貨でも、何か必要になれば簡単に手に入る場所でした。
隣り合う店なのに似たようで少しずつ違うものが並ぶ様は、今考えればなかなか異様です。特にショッピングモールなどは多少の区画分けで同じ系統の服屋が並んでいると、どちらがいいか思わず行ったり来たりして……最終的にわからなくなって買わないことも。
ものがありふれていて、近所のものでも遠く海の向こうのものでも、いつでも買えると安心感がありました。
ですがこの街の道は、とても狭いです。
「なんだか、ごちゃごちゃしてますね……」
「そう? 普通じゃない?」
普通……私の知っている普通は、お客さんはお店の枠の向こうにいます。同じアパレルショップでも、カジュアル、ガーリー、フェミニン……硝子一枚、あるいは敷居の一線を隔てたそれぞれの世界にいるイメージです。
お店に入って初めてお客さんになる、っていう感じとでも言いましょうか。敷地さえ出てしまえば、たとえ購入品を持っていても、全く素知らぬ他人になった気がします。
しかし今目の前に広がっているのは、昔ながらの商店街のような風景です。商店は大幅に道へとはみ出し、店主まで表に出て……あ、果物屋さんの籠から林檎が落ちて転がって行きます。
恰幅のいい店主さんが追いかけて行って、さっきまで話していたらしいお隣のおじさんがめっちゃ笑っています。しかも代わりに買い物に来たお客さんの対応してますよ。空色ブドウを見比べて「こっちが綺麗な青出てるから、こっち買っときな」とかおススメまでしちゃってますけど、いいんですか。
物珍しいものが多いのもありますが、人の距離が近すぎて、なんだか落ち着きません。きょろきょろと辺りを見渡しながら歩いていると、前から来たご婦人の買い物カゴにぶつかりそうになりました。
「わわっ」
「お嬢ちゃん、大丈夫っ?」
慌てて避けたら、脚がもつれて体勢を崩してしまいました。ローナさんが寸でで腕を掴んでくれたので、事なきを得ます。
「あ、ありがとうございます……」
「祭りだともっとぐっちゃぐちゃよ。今日は違うけど、はぐれないでよ」
「私結構いい歳ですよ……」
ふっと遠くへ視線をやってみましたが、14歳でも迷子はなかなか恥ずかしいですね。
しかしながら、私はこういうタイプの街に慣れていません。気を抜くと、口が半開きになります。何となく騎士団の方向はわかりますが、誤って1本でも裏路地にでも入ろうものなら迷える自信があります。
ローナさんの綺麗なピンクの髪が目印になるかと思っていたのですが、街に出てもキラキラ度が高くてアテになりそうもありません。
今のところ一番暗い髪色は、通行門出てすぐで擦れ違った、アンニュイ美女のワインレッドでした。
「で、何が欲しいの?」
「着替えと、石鹸と……」
「服は嵩張るから、先に石鹸に行くわよ。ついでにお肌にいいっていうクリームも一緒に見るわよ」
ローナさんは私の手を引いたまま、ずんずん進んでいきます。迷いのない足取りなので、ローナさんの通い慣れたお店があるのでしょう。
やがて辿り着いたのは、大通りから1本どころか3本も入った薄暗い路地にひっそりと佇む小さなお店でした。
最初、看板も商品も出ていなかったので、普通のお家かと思いました。お隣さんも似たような佇まいですし、表通りの活気は微塵も感じられません。窓にかかったカーテンだって、ぴっちりと閉められています。
「……ここが、石鹸屋さんですか?」
「石鹸屋っていうより、魔女の店よ」
「ここって魔女がいるんですか!?」
魔法って言われて魔法使いくらいいるじゃないかと思っていましたが、この世界には魔女がいるんですか。ファンタジーましましですよ。
思わずはしゃいでいたら、ローナさんの呆れ声が聞こえてきました。
「ああ、あんたのいた地域、魔女いなかったの。確かに数はいないけど、結構小さい村にもひとりはいるらしいのに。どんだけ僻地に住んでたの?」
「め、めっちゃ、僻地です……」
王都から遠く離れた街という意味の僻地なら、間違っていません。そこそこ大きな駅はあったけど、大都市って訳でもなかったですし。
それにしても……魔女ですかぁ。
昔読んだ白雪姫の絵本に出てくる魔女は確か、しわくちゃで、背中が曲がっていて、頭から真っ黒なローブを被っていました。いかにも怪し過ぎて、寧ろ何故白雪姫はいうことを聞いてしまったのか、幼心に不信感を抱いていました。
最近だと、美少女系や美女系の魔女が流行っていますね。中身は云百歳でも、外見は未成年とか。
どちらにせよ、独特の不思議な雰囲気を纏って魔法を使えるひとというのが、私の魔女に対するイメージです。こちらの魔女さんは、一体どちらでしょう。
「王都シルヴェに魔女は数多いれど、この店の魔女は飛び切りの実力者なのよ。造る化粧水は質がよくて寝てよく朝起きればお肌ぷるっぷるだし、傷薬は使えばどんな深い痕だって残らないって評判なんだから」
「それは凄い」
でも……そんなに評判にしては、お店の前が寂しい気がします。
よく来ているようで、ローナさんは慣れたように扉を開けます。澄んで高い音が、耳の奥を撫でました。
「こんにちはー! アキノさん、いますー?」
中は多分、こちらでいう普通のお家、でした。
入ってすぐに薄紅色をした木のテーブルと、革の張られたソファがあって、どうやらダイニングになっているようです。同じ空間の窓際にはキッチンも見えます。明確な廊下は見当たりませんが、奥には扉や階段が見当たります。
「この店は靴を脱ぐのよ。靴箱に入れて、代わりにこのスリッパを履くの」
促されて見ると、玄関マットの傍らに靴箱が置いてありました。その横には蔓でできたスリッパホルダーも。
履くとしっかりとした中板とふかふかの綿で足が包み込まれました。室内でも土足文化のこの世界で、とても不思議な感触です。
神妙な気持ちを味わっていると、階段を誰かが下りて来ました。
化粧水と乳液は最低欲しいお年頃です.
あとワセリンがあれば便利ですが,この世界あるのかな……?