8ページ目 カルチャーショックを味わっています。
i:虚数単位とする(`・ω・´)
買い物に行くなら、リストが必要です。部屋に戻った私は、リュックサックを探りました。
ルーズリーフかメモ帳があればよかったんですけど、残念ながらどちらも持っていません。なので5冊組ノートの包装ビニールを開けて、表紙がピンクのノートの最終ページを切り取りました。
リュックサックの中身とにらめっこしつつ、買いたいものを書き出していきます。
「何やってんだ?」
「買い物メモを作っているんですよ」
…………………………………………あれ? 私の部屋なのに、なんで他人の声がするんですか?
顔を上げると、逆さまの美丈夫がそこにいました。ランプの明かりで焔髪が本物みたい────って。
「うわっ、何時の間に入って来たんですか!」
「何回かノックし、開けた時にも声かけたぞ、一応」
カガリさんが入室したことに、全然気が付きませんでした……いえそれよりも、今度は鍵かけていた筈なんですけど。どうやって入って来たんですか?
この世界の鍵、魔法なんですよね。中からは『施錠』と言えばロックがかかるんですが、解錠は専用の鍵がないと開けられません。
入れる鍵穴はないのですが、真鍮色のファンシーなデザインの鍵で、円柱の軸の先に歯がついている鍵です。持ち手がサークルを3つ組み合わせた形になっているので、今はお財布ペンダントと同じ鎖に通して首から下げています。
もしかして、合鍵あるんでしょうか。あ、管理人さんは騎士団の方でしょうから、合鍵くらいありそうですね。
……だとしても、何故カガリさんが持っているんです? 私が寝ている間、勝手にこの部屋を使っていたみたいですし、実は管理人さん?
疑問符を飛ばして見上げれば、カガリさんも不思議そうな表情をしていました。あれ。
「買い物メモ? なんでそんなもん作ってんだ?」
「買い忘れはあとでショックですからね。あと無駄遣い防止効果があります」
少し誇らしげにすると、そういう態度が餓鬼っぽいと言われました。おのれ。
この世界にプライバシーなんてないんですかね、カガリさんは躊躇いもなく私の手元を覗き込んできます。
「変な文字ばっかだ」
「変とか言わないでください。歴とした私の国の文字です」
「……なんだこれ。前に言っていたローマ字、とやらか?」
私、買い物メモに英単語とか書いた覚えないんですけど。唇を尖らせながら長い指を辿ると、現手持ちの数字のことを言っていました。
金額表記の仕方がわからなかったので、カガリさんから頂いたお小遣いの石の色を、それぞれ数字の一の位から万のくらいに対応させてみたのです。この世界のお金の単位がわからないので、カガリさんが指差している今の私の手持ちは『50’000』ということになります。
「違いますよ、これはアラビア数字です。算用数字とも言いますが」
「お前の世界、どんだけ字があるんだ……」
言われてみれば……日本語、英語、中国語、ハングル、ロシア、アラビア文字……同じラテン系でも、ドイツ語はウムラルトが付く特殊なアルファベットもありますね。なら私が知る限りでも両手の指近くあります。同じ国であっても、時代によって形の異なる文字もあります。
「基本的に、各言語毎に文字はありますよ。近くの地域だと同じ文字をベースにして派生したものが多いので、ほぼ似たような形になりますが。前に私の名前を書いた漢字という文字は、お隣の国でも使ったりしますし」
「お前は何種類ぐらいの文字が書けるんだ?」
「日本の文字だけで3種類ありますからね……」
私はノートの端っこに名前を書いていきました。
深雪 冬璃
みゆき ふゆり
ミユキ フユリ
Miyuki Fuyuri
「上から漢字、ひらがな、カタカナ、ローマ字、です。ひらがなとカタカナは私の国独自のもので殆ど私の国でしか使われませんが、ローマ字はほぼ世界共通文字です」
「さっきのアラビアスウジとやらは使わないのか?」
「あれは基本的に計算するのに使う文字ですもん。ひらがなの段と行を数字に対応させて表記することもできるそうですけど、面倒だしクイズとかでしかやりません」
「待て、お前の世界、計算のためだけの文字が存在するのか?」
「はい?」
計算のためだけの文字? 何言っているんですかこのひと。怪訝って、こういう気持ちかもしれません。あ、もしかして、日本でいう漢数字はあるけれども算用数字はないってことですか?
「この世界にも計算に使う文字くらいありますよね? それと一緒ですよ」
「んなもんねーよ」
「は?」
私はちゃんと、カガリさんに向き直りました。カガリさんも、腕を組んで私を見下ろしてくれます。
「普段計算するでしょうに」
「しねーよ」
「はあっ? なら、普段どうしてるんですか? スーパーの卵パックの前で、3足す8をしたい時とかあるでしょう!?」
「3足す8をしたい時が何時かは知らんが、数が知りたきゃ、これ使えば大抵わかる」
そう言ってカガリさんは、何の躊躇もなく私のうなじに手を伸ばし、あの銀色のお財布ペンダントを引っ張りました。
「……せめて何か言って下さい」
「ビール3杯、ワイン4杯、ウィスキー2杯、合計」
「スルーですか。ていうか、飲み過ぎじゃないですか?」
未成年なのでそれぞれがどんなお酒かよく知りませんけど、うちの兄はワイン1杯で足元が危うくなるひとでした。その4倍以上なんて。
眉を潜めていたら、ペンダントが輝きだしました。
唖然とする私を余所に紫の石が全て光り────足し算の答えである9を示します。
「凄いっ……何これ! 魔法みたい! 何したんですか!?」
「みたいじゃなくて、魔法だ。総和くらいなら、それに言えばわかる」
なんと、これがあれば電卓がいりません。異世界凄さを改めて実感します。
どうやら一時的なもののようで、暫くして紫の石は光を失いました。そして入れ替わるようにして、白い石が5つ、カガリさんに頂いた時と同じように光り出しました。
「どんな計算もできるんですか!?」
「大体のことならわかる筈だ」
「な、なら…………2の3乗!」
紫が8つ。
「1000割る8!」
緑1つ、赤2つ、紫5つ。なんか楽しくなってきました。
「えっと……えっと、そうだ! 2の平乗根!」
……うん? 何も光りません。
「え、円周率はっ?」
…………やっぱり、何も光りません。
他にもいくつか試してみたのですが、どうやら無理数は表記できないようです。石の数からして何となく予想は着きますが、0から99'999の自然数しか現せないようです。
これは小数や複素数、虚数の計算も無理そうですね……あ、でも。
「括弧、2引くルート1i括弧閉じる、括弧2足すルート1i、括弧閉じ!」
……………………答え1なのに、何も光りません。なんでですか、この世界、虚数の考え自体ないんですか?
「お前はさっきから何を言ってるんだ。呪詛かなんかか?」
「カガリさん、虚数って知ってます? あ、小数とか分数とかも」
「知らん」
最後まで言わせても貰えませんでした……この調子だと、無理数も複素数もなさそうですね。
どうやら数という概念はあっても、それは無である0と自然数だけで。
この世界には、数字という文化自体が存在しないようです。
「そもそもこの国、というよりこの世界だな、識字率自体があんまよくねぇんだわ」
「それは自分の名前すら書いたり読んだりできないレベルですか? それとも書けないけど単語は読めるレベルですか?」
私もあまり英単語はすらすら書けませんが、意味なら見てすぐにわかるものが多々あります。知らない単語でも、文章になっていたら前後の脈略でなんとなく理解できます。
と自分に当てはめての台詞だったのですが、カガリさんに首を横に振られました。
「貴族はそうでもないが、民衆は精々自分の名前と生活単語が書けて読めるくらい、らしい。別に読めんでも実物を見ればわかるし、支払いだってこれがあればできるからな。騎士団でも市勢上りは文字が読めん奴が多いぞ。班長クラスになって初めてペン持つ奴もいる」
お財布ペンダントの利便の所為で、色々退化しちゃってますね、それ。うん? でも最初からそうなら、何も進化していない?
ふと────いや、本当は気付きたくもなかったんですけれども────私は気付きました。そしてそんな訳ないと期待を籠めつつ、それを否定をして欲しくって、訊いたんです。
「大規模組織である騎士団なら会計係、あるいは財務管理のひとがいますよね? 数字がないなら、そのひとたちはどうやって帳簿付けたりしてるんですか?」
しかしそれは、期待でしかありませんでした。
「んな人間なんぞおらん。団長が国から降りた予算を、前年の経験を基に何となく振り分けてるな」
「…………それ、組織本当に成り立ってます?」
カガリさんだけでなく、騎士団自体も不穏じゃないですか。私的に最悪とも言える経済状況に、言葉が出て来なくなりました。
買い物メモめっちゃ大事です.
ないと違うものだけ買って家に帰っちゃいます.
今日私は予定していなかったブラウスを買っちゃって,うきうきと同時にあーですよ.
買い物で歩き回ったお蔭で腰の状態がよくなったので,結果おーらいですが.
大分冬璃が元の性格に戻ってきました.
そう言えば,彼女は何学部の学生なのでしょう.
【お願い】
誤字脱字に自信がなくなってきたので,ございましたらご連絡お願い致します.