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6ページ目 物価を教わりました。

 一番忙しい時間が過ぎるまで、調理師さんたちの休憩室にいるように言われました。椅子に腰かけて手持ち無沙汰にしていると、時折出入りするひとから不審そうな目を向けられて、ちょっと居心地はよくありません。


 私が着ているのは、昨日セレンさんに貰った生成りのワンピースです。コットンに似た生地で、軽くて通気性がよく、裾に小花柄の刺繍がされています。お古だそうですが、非常に状態がよくてとてもそうは見えません。

 靴は自分のスニーカーですが、化粧だってパウダーとリップクリームだけですし、ぱっと見はこの世界の子どもらしく見えているんじゃないかと自負してみますが……実はまだこの世界の子どもを見たことないんですよね。

 ちなみに下着もセレンさんに頂きました。カップのあるブラジャーではなくて、胸元の生地が厚くなっているキャミソールタイプです。感触が普段と違うので違和感ありまくりですが、素肌にワンピースはないですからね。こちらは寝ている間にわざわざ測って買ってきて下さったそうです、ありがとうございます。


 カガリさんは女性の着替えなんて微塵も興味ないみたいです。まあ、妙にあっても対応に困りますけど。


「待たせたね。朝ご飯出してやるから、こっちおいで」

「あ、はい!」


 手招かれるままについていくと、お揃いの服とエプロンをした女のひとたちが同じテーブルに並んでいました。上は私の母くらいから、下はこの世界の成人くらいまで。皆きらきらした髪色をして、顔立ちも派手目に整っていて、目に眩しいです。


「セレン、何その子」

「カガリのとこの子だよ、フゥリっていうんだ。真面に働くのは明日からだけど、仲良くしてやってちょうだい」

「ああ……例の子か」


 憐みが見え隠れする眼差しから、どうやら私の身寄りのない設定は広がっているようです。この世界の括りでは確かに身よりはありませんが、向こうの世界ではちゃんと親も兄も生きているので、不思議な感覚です。


「調理師給仕掃除係に限らず、食堂所属は勤務日には賄いが出るようになってるんだよ。あとあんたは騎士団住みと同列扱いになるから、休みの日でもここ来たらご飯出して貰えるからね」


 セレンさんはさらっと教えてくれたのですが、非常にありがたいことを聞きました。住居や職だけでなく、食事まで面倒を見て貰って……もう感謝の言葉が尽きません。


 今朝のご飯はプレートにベーコンと炒り卵、アスパラガスっぽい何かを中心としたサラダに、野菜スープ、主食はなかなかこんがりとしたクロワッサンです。

 肉系というか、タンパク質系は見慣れた色なのに、何故か野菜系はピンク系です。お蔭でアスパラガスもスープも綺麗なペールピンク。実は桃の海から採って来たとかないですよね……?

 穀物もちょっと変わっていて、赤やオレンジっぽい色をしています。昨日頂いたお粥も、ニンジンベースの野菜ジュースみたいな色をしていましたね……食感はちょっと日本米とは違いましたが、味は似ていました。


「で、フゥリがよければ今日この後から早速手伝って貰おうと思ってるんだけど、大丈夫?」

「はい、頑張ります」

「仕事上必要だから一応確認するけど、ものの数え方はわかる?」


 勢い込んで頷いたばかりの私は勿論と答えかけて、はたっと気付きました。ここは異世界、自分の常識が通じない場所。数え方も、実は違ったりするのでしょうか……?


「すみません……こちらのはちょっと、自信がありません……」


 素直にそう言うと、セレンさんは籠に積まれていた果物の中から、たわわに実の付いたブドウ(らしきもの。ただし、皮は空色)を取りました。


「いいかい? 物の数え方はね、1、2、3……」


 ぶちぶちと実を取ってお皿に並べるのを見るに、どうやらこの世界でも十進法が適用されているようです。二進法や十六進法もできなくはないですが、慣れた数え方で私は内心でほっと安堵の息を吐きました。


「大丈夫、です。わかりました」

「なら、計算の方はどうだい?」

「基本的な四則演算ならできます。桁が大きくなると暗算は難しいですが、計算は苦手ではありません」

「なんで数えるのは怪しくて、計算はできるの?」


 お向かいに座っていた女の子の何気ない指摘に、ぎくりと私は身体を強張らせました。


 彼女は恐らく、私と見た目が同じくらいの年頃です。このメンバーの中では年少で、気の強そうな青の瞳がとても綺麗な女の子です。綺麗ですが……ちょっと苦手なタイプです。


 昨日のカガリさんとセレンさんのやり取りからして、異世界の人間だということは隠した方がいいということはなんとなく察しています。説明するのもややこしいですし、下手に興味を持たれても面倒です。

 それに折角カガリさんに護って貰っているんです。これからのこともありますし、ここはうまく自分で切り抜けなくては。


「私の住んでいた地域、数え方がいくつかあるんです」

「何それ面倒だし、聞いたことない。黒なんて珍しい色してるし、あんた一体どんな遠くから来たのよ?」


 薄々気付いていましたが、黒髪黒眼ってやっぱり珍しいんですね! 突っ込まないで欲しかったんですけど!


「そ、それよりも、この地域での物価を教えて貰えませんかっ? カガリさんにお小遣いを貰ったんですが、こちらの相場とかがよくわからなくて……」


 かなり強引に話を変えてしまいました。隣のセレンさんが物凄く雄弁な目をしていますが、今回はなんとか切り抜けられましたよ、カガリさん!


 このペンダントの使い方と物価の相場が大体でもわかれば、お買い物ができます。設定年齢14歳でも、あちらでは多少の自己責任を問われる大学生でしたし、1年ちょっとの自炊経験もあります。

 食事はここで頂けるということなので……ひとまず、着替えの衣服や下着類、あと石鹸が欲しいです。欲を言えば保湿の化粧水やクリームもあれば嬉しいです。


「十進法なら、何も光ってない状態が0として……緑がいっぱいになったら、赤、とかですか?」

「逆逆。赤の上が緑。紫が一番低くて、赤、緑、青、白の順番で金額が高くなるの」


 なら、白5つのこのペンダントは結構入っているんですね。レートがよくわかりませんが、紫が1円だったら5万円です。大学生のアルバイト代くらいですね。


「たとえばこれ」


 セレンさんが手に取ったのは、真っ青で宝石みたいに艶々な林檎です。並んだ石を爪先で数えていた私は、顔を上げてその林檎を見つめました。


「これ、赤ひとつ分くらいだよ」


 林檎の相場は大体100円から150円程です。お高いのだともっとしますが、安売りだと100円を切ることもあります。計算が面倒なので、この際100円ということにしておきましょう。


 ――――ということは。


「……え、50万円くらい?」


 全然学生バイトに釣り合わない。大学生には大金です。国立大学の1年間の授業料に匹敵します。さあっと、今派手に耳の奥で聴こえたのは、血の気の引く音で間違いないです。


「わ、私、こんなに頂けません……!」

「まあ、子どもの小遣いにしちゃ多過ぎるねぇ。下っ端の月給が、確かそれより白1つから青5つばかし少ないぐらいじゃなかったか」


 ほれとセレンさんが示す先にいるのは、遠くのテーブルに着く、これまた私と同じくらいの年頃に見える男の子たちです。彼らは下っ端といえど、お国のために身体を張る騎士様の一端だそうで、とても立派な制服に腕を通しています。


 もしかしなくても、カガリさんは高給取りなのでしょうか。いえ、高給取りでも、拾ったばかりのカガリさん曰く餓鬼である私に月に50万円も放り投げるなんて可笑しいです。額面年収に換算すると600万円です。日本の平均年収を余裕で超えます。何度でも言いましょう、可笑しいです。

 学部新卒の初任給だって、20万円前後なのに。保険や年金など諸々で、手取りはもっと少ないらしいのに。


 なんだか、頭が痛くなってきました。




十六進法は頭の中に16時時計がないと考えるのが面倒なので,

この異世界は白猫に優しい十進法を採用されています.

数学生らしからぬ台詞だと思わなくもありませんが,そもそものテーマは家計簿ですし.


実際は赤1つで約120円なので,冬璃が思っているより円安です.

なので冬璃の今の手持ちは120*10^3*5で約600'000円となりますので,

新卒の給料(額面)3ヶ月分ですね.

奨学金が大分返せますし,所得税は兎も角として,羨ましい金額です.

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