5ページ目 お小遣いをもらいました。
当初の予定からかなりぶれているわぁ……
次に私が目を覚ましたのは、空が白んでくる頃でした。何だか頭が重たくて、目元がよくない感じでした。
身を起こしたはいいのですが、頭がぼーっとします。
「…………」
抱き締めたままだったウサギがぬくぬくです。表面がファーっぽいので、頬に触れる感覚がとても気持ちいいです。桃の海とは違ってベビーピンクなので、目にも優しいです。お腹が空きました。瞼が重たいです。
取り留めもないことを考えては流し、流しては浮かべて……そんなことを繰り返していました。
間抜けなことに、私は衣食住に関してこの部屋の範囲のことしかわからない状況だったのもあります。
昨日連れて行って貰ったので、お風呂場所はわかります。でも洗面所の場所がわかりません。食堂だって場所はわかりますが、こんな薄暗い時間に行っては迷惑でしょう。
そもそも勝手に部屋を出て歩き回っていいのかすら、判断が尽きません。何かあれば、保護者であるカガリさんに迷惑が掛かるでしょうし……
ガチャリ────がちゃり?
何の音かと視線を巡らせた私は、扉を薄く開けて頭を抱えているカガリさんの姿を見つけました。
咄嗟に部屋履きを履こうとすると、片手で静止を言い渡されます。何か支障をきたすようなことでもしましたか……?
「あ、あの……?」
「お前……鍵くらいかけろや」
「す、すみません……」
実は鍵のかけ方がわからなくてそのままにしておいたのですが、やはりまずかったようです。夢の中で気付いたのですが、起きるのも億劫だし、もうカガリさんもお休みだろうと躊躇ったのがアダになりました。
殊勝を心がけて頭を下げると、溜息を吐かれました。
「解らないことを訊くのを躊躇うな。ただでさえ常識が違うとこから来てるんだ、黙るのは逆に身を滅ぼしかけんぞ」
「……すみません」
カガリさんの言葉は全く以ってその通りです。反論しようがなくて、すみませんはかすれてしまいました。
また、溜息が聴こえます。
「これ、暫くの生活費」
「……え?」
漸く眩しくなってきた明かりを反射して、きらりと光るもの。身体を固くしていた私は反応が遅れてしまい、それはウサギにあたって私の膝の上に落ちました。
投げて寄越されたは、華奢な銀色のペンダントでした。ペンダントトップは細長い五角柱になっていて、側面に小さな石が並んで埋め込まれていました。石の色は留め具の方から見て時計回りに白、青、緑、赤、紫の五色。それぞれ9つあって、うち白が5つ光っています。
生活費とペンダントが結び付かず、私は首を傾げました。
「電子マネー、ですか……?」
「なんだそれ。魔法だ、魔法」
ICでも埋め込まれているのかと朝日に翳したりしていた私は、耳馴染みのない単語に目を丸くしました。
「魔法! ファンタジーですか!」
「なんだ、お前のいたところ、魔法がないのか」
「お伽話にはありますが、現実に見たことはないです……」
流石異世界と言うべきですか。物語でなくても、やはり異世界に魔法はお約束なのですか。寧ろ何故私たちの世界に魔法がないのですか。
それにしても……このペンダント、一体どうやって使うのでしょうか。使うと光が消えるのかな……そもそもこれ、幾らくらいなのか、見当も尽きません。
はっ、こういう時こそ質問するべきでは。
今度こそはとペンダントを握り締めた私は、けれども隠そうともされない大きな欠伸に、口を噤んでしまいました。
「ひと月くらいなら、それで大丈夫だろ。来月になったら、また足してやる」
「ぶ、物価がよくわかりません………」
「そういうのはセレンが得意だ。あいつに訊け」
カガリさんはそう言いますが、セレンさんは食堂で調理師としてのお仕事があります。昨日食堂を訪ねた時は合間だったのでそう混んでいなかったみたいですが、それでも多くの騎士団の方のご飯の準備で忙しい筈です。
餓鬼にかまける余裕なんてないんじゃないかという私の心配は、けれどもカガリさんは鼻で笑い飛ばされてしまいました。
「表向き俺の遠縁であっても、規則とやらでただじゃ置いておけんらしい。ってな訳で、今日からお前を食堂にやる。セレンに付くことになるだろうから、しこたま扱かれて来い」
「…………」
それは恐らく、決定事項、なんですね。なら、私に逆らう理由はありません。
「わかり、ました。頑張って、セレンさんのお手伝い、します」
連れて行かれた食堂は、騎士団の方たちの朝飯の準備でとても忙しそうにしていました。セレンさんも、スープがなみなみと湛えられた大鍋と格闘していました。
「あれ? 私が迎えに行くんじゃなかった?」
曰く、本当はひと段落した頃にセレンさんが部屋にお迎えに来て、ペンダントもセレンさんに預けておくつもりだった。が……部屋の前を通りかかってみれば鍵がかかっていなかったので、カガリさんは私をひとりにすることに不安を覚えた、とのことです。
本当に申し訳なくて、面目が立ちません。
項垂れて肩を落としていると、頭の上に何かが乗りました。シュシュで纏めてあった髪を、わしゃわしゃと無造作に掻き乱されます。食堂だからって、折角整えていたのに。
「今日は夜まで戻らないからな、存分に可愛がって貰え」
相変わらずの扱いは少しどころでなく不服なのですが、カガリさんは不遜に笑うだけ笑うと、何処かへと行ってしまいました。