2ページ目 拾われました。
ヒーロー登場っ!
なんだかふわふわする感覚に包まれて、その日の私は夢現のまま目を覚ましました。
「…………れ……?」
最初に思ったのは、寒くない、ということでした。手に触れるのは固い木の幹ではなく、柔らかなぬくもりのあるシーツと毛布。頭の下にあるのは……枕ではなくてウサギのぬいぐるみですが、どうやらちゃんとしたベッドで眠っていたようです。
私が目覚めたのは、全く知らない部屋でした。狭すぎるというわけではないのでしょうが、物がごちゃごちゃして少々手狭に思えます。
着ているのも、少し大きくて肩がずれてしまうサイズのワンピースです。綿に似た生地で、さらさらしています。
どピンクから解放されたのは嬉しいのですが、知らない内に知らない場所にいるというのは、何度経験しても慣れません。どうしても心細くて、ウサギの足を握り締めます。
そうして漸く、少し離れた入り口近くに、私のリュックサックがあることに気が付きました。転がるようにして駆け寄り、ぎゅっとリュックサックを抱き締めて……やっと真面に息を吐き出せるようになりました。
「……っぅ……っ!」
ぼろっぼろ、馬鹿みたいに涙が出てきたんです。だって目を覚ましたのに、そこは下宿先でも大学でもなくて。ピンクから解放されても、また知らない場所で。
泣くなって言う方が無理で。
「――――お、起きたのか」
急に声をかけられて、肩を跳ねさせずにはいられませんでした。その拍子にまた涙が零れて、零れて。
「な、泣くなよ」
「っみ、ま……せん……っ!」
――――そんなこんなで、やっと相手を認識できたのはそれから5分も10分も経ってからのことでした。
相手はカガリさんと名乗りました。ぱっと見では私よりもいくつか年上の男のひとで、燃えるような色の髪と瞳をしていて、騎士だと言っていました。
非現実な色彩とご職業に、私は戸惑うばかりです。
「こ、こは何処で……わたし、は……わ、私のアパートは、何処にあります、か……っ?」
「ここは王都シルヴェにある騎士団の寮で、お前のいうところのアパートやらが何処にあるかは知らん。桃の海で丸くなっていたのを、見つけて拾って来ただけだからな」
「桃の海……?」
「お前がいた、鮮やかな桃色をした森だよ……憶えてないのか?」
そんな胡乱げに訊かれても、あの森がそんな名前だなんて、私には知る由もありません。でも鮮やかな桃色はわかります。
「全く……非番で気分よく呑んでたってのに。まさかあんなところでこんな餓鬼拾うとはなー」
「も、申し訳ないです……」
項垂れると、筋張って大きい手が伸びてきて、ぐしゃぐしゃと無造作に頭を掻きまわされました。反射的に首を竦めると、溜息が降ってきます。
「迷子が顔色伺ってんじゃねーよ」
「…………」
「まあ、いい。お前、名前は? 何処から来たんだ?」
親探してやるからと言われて、私は慌てて名乗りました。もしかしてという期待が、ほんのちょっぴり残っていましたから。
けれどもアパートの住所と大学名を告げても、カガリさんの眉間の皺が深くなるだけでした。
「ミユキフ・ユリ……? 変わった名前だな」
「区切るところそこじゃないです。みゆき、ふゆり、です」
「……どんな綴りだ?」
ほれと紙とペンを渡されたので、座り込んでいた冷たい床の上で書きました。躊躇いがちに漢字で書いたので、ちょっと線が歪んでますが、読めなくはありません。
一応ローマ字で読みを振って渡すと、精悍な面差しが思いっきり歪みました。
「何だこの字。どういう意味の文字だ。つか何処のだ」
「日本の、文字です。ジャパン、わかりますか……?」
「ニホン? ジャパン? ……何処の地方の地区だ?」
普通に言語が通じていたのでもしかしてと思っていたのですが……やはり、ここは地球ではなく、異世界なのでしょう。
顔を手で覆ってしまいたい衝動に駆られましたが、またカガリさんの機嫌を損ねるかもしれません。私は一度唇を噛み締めて、指先で漢字の方を指さしました。
「こちらは深い雪という意味で、名前の方は春夏秋冬の冬に玻璃の璃です」
「……えらく寒々しい名前だな」
「篝は意味が逆ですからね」
「この上のは?」
「ローマ字で読み方を書いてみたんですが」
「悪いが、この文字も知らん」
「ですよ、ね……」
微かな希望すら、萎んでいきます。ああ、また視界が揺らいできました。
本当に、ここは知らない世界なのだと、現実がひしひしと身を刺すようです。
「ところでミユキフ」
「……せめて名字か名前で呼んでください」
顔を伏せたまま訴えれば、低い声が白々しく返ってきました。
「そんな寒そうな名前より、よっぽど面白みがあると思うんだが」
「面白みで、名前は付けません」
「なら……フゥリ」
「……はい?」
思わず視線を上げると、すぐ目の前に燃える色がありました。思わず後退る私を不機嫌そうに見ていてカガリさんは、溜息交じりに言いました。
「春先の花にフゥリっていう雪みたいな花がある。この世界に馴染みのある名前だし、辛気臭い表情した迷子のお前には、深雪だとか冬硝子だとかいう名前よりマシだろ」
名前の音は似ているし、我ながら名案だと満足そうに笑うカガリさんに対し、私は呆然とするので精一杯でした。けれどもカガリさんが気遣ってくれた名前は、音は似ていてもずっと可愛らしくて柔らか過ぎます。
「一体どんな遠くから来たのかは知らんが、そんな泣くな。家に帰してやる、とまでは言えんが……餓鬼ひとりを世間の荒波に放り出すほど、俺も薄情じゃない」
ふとみせられた真剣な眼差しに、私は堪らなくなって今度こそ顔を両手で隠してしまいました。嗚咽が溢れて、しゃっくりが止まらなくて。大きな手があやすように、背中を撫でてくれます。
「か、カガリ、さん……」
「なんだ」
「わたし……もう19です」
「え」
すーすーまーなーいーぃー(゜言゜ )