11ページ目 一軒目のお買い物クリアしました、が。
最終的に私が選んだのは、青の化粧水でした。深い青の瓶が綺麗だったのもありますし、美白効果にときめいたのもあります。
同じ青のシリーズで、乳液と石鹸、あとシャンプーとコンディショナー、トリートメントオイルも買えました。シャンプー等は香料が付いていて、仄かに花の匂いがするらしいです。
それと初めて知ったのですが、洗髪専用石鹸はここのお店にしかないんだとか。
食堂の先輩方がシャンプーではなくて石鹸を使っていて、見る度に痛くならないのかと思っていたんですが……そもそもこの世界は髪も石鹸を泡立てて洗い、湯上りにオイルを利用するのが一般的だと、アキノさんが教えてくれました。
それと、いっぱい買ってくれたからとおまけも頂きました! 可愛らしいグリーンのリボンのかけられた、手のひらサイズの包みです。
帰ってから開けるように言われたので、楽しみにしつつ持って帰りたいと思います。
「もし使っていて肌に合わなかったら、またおいで」
「ありがとうございます!」
破顔して頭を下げれば、アキノさんは薄く笑みを浮かべます。
きつい方だと思っていましたが、ただ警戒心がひとより強いひとであっただけみたいです。表情の変化は乏しいですが、私も似たようなところがあるのでひとのことは言えませんが。
ふと、アキノさんが真面目な表情をしました。
「ないと思うけど、真っ直ぐ表に帰るんだよ。迷わないように、気を付けるんだよ」
「アキノさんったら。フゥリならまだしも、私まで子ども扱いする」
こんなところで迷わないとローナさんがむくれが、私は変なところに入らないように気を付けないと。
私が包みをしっかり持ち直すのを確認したローナさんが、肩を竦めました。
「じゃ、服を見に行くわよ」
「ありがとうございました」
「気を付けて」
私とローナさんはアキノさんに手を振り、表通りを目指して歩き出します。
アキノさんのお店に背を向けると、来た時と同じ澄んだ音が通ります。
────それから体感で5分もしない頃でした。私が迷子になったのは。
「ローナさーん……何処ですかー……?」
もうすぐ表通りの筈なのに、辺りは霧がかかったように真っ白です。1m先を見るのですらやっとで、あまり太い道ではないのに、脇に並ぶお家さえ、輪郭を掴むこともできません。
アキノさんは占いもできるって言っていましたし、まさか、このことを予知されていたのでしょうか……?
途中までは普通の道でした。でも一瞬────ほんの一瞬で、世界は変わってしまっていました。
歩いても歩いても白霧で、物凄く既視感のある感覚です。この間も大学から桃色空間に放り出させたばかりなのに。なんで折角のお買い物デーまでこんな目に合わなくちゃならないんですか……
「……あれ……?」
前を、誰かが歩いている気がします。目を凝らすと、うっすらと影が濃くなってきました。どうやら、こちらに向かっているようです。
そうだ、あの方に道を訊きましょう。表通りにさえ出られれば、あとはローナさんが探してくれる筈です。ローナさん、この界隈では私の黒髪は目立つと言っていましたから。
「あの、すみません」
「……何?」
漸く見えた相手のひとは、白いひとでした。
白銀色の髪に白いローブ姿という、この濃霧に紛れるためと言われたらうっかり納得してしまいそうな格好をしていたのもあります。が、それよりも。
「…………」
男性ですがカガリさんよりも線が細くて、立ち居振る舞いが洗練されていて。ちょっとどころでなく得体のしれない感じで、一見穏やかで儚げな美人さんで。
でも薄く張られた氷を思わせる薄い色の瞳はこの世界であっても現実味がなくて、私より白い肌は病的な印象で……なんだか霞食べて生きていけそうなタイプです。
何気に銀髪はこの世界に来てから初めてです。ぼーっと綺麗な貌に見惚れていたら、相手は首を傾げました。
「君、どうしてこんなところにいるの?」
「どうしてって……そんなの、私が訊きたいですよ……」
泣き言を漏らすと、ふむと美人さんは顎に手を当てました。反対の長い指が、私の持っている包みを指差します。
「もしかしなくても、魔女アキノの店に行った?」
「はい、行きました」
「アキノは元気そうだった?」
何故そのようなことを訊かれなくてはならないのでしょう。どんなに美人さんでも、見も知らずのひとに話す理由は、私にはありません。
唐突な話題転換に不信感丸出しで後退ろうとすれば、相手は慌てたように手を振ります。
「誤解しないでくれ。私は彼女の友人なんだ。ただ……近頃仲違いをしてしまって会えないでいてね」
「……はあ」
気のない相槌を打てば、本当なんだと重ねられます。さっきまで得体のしれ無さ過ぎた美人さんが、一気に俗っぽく感じられます。
「お蔭で店の周りにかけられている呪いに引っかかってしまって。多分君がここに迷い込んだのは、私への呪いの余波だ」
「それ、めっちゃいい迷惑ですよ」
「本当に、済まない」
表はこっちだよと、美人さんは私に手を差し出します。
知らないひとにはついて行っちゃダメなんですが、今はそうも言っていられません。ちゃんとローナさんと合流して、セレンさんにただいまを言って、カガリさんの隣室に帰ってお小遣い帳を着けるまでが、お買い物です。
躊躇いがちに手を重ねると、美人さんの手は思ったよりも大きくて吃驚しました。見た目華奢でも、やっぱりこういうのは男のひとなんですね。
踵を返すので、私は大人しくついて行きます。
歩きながら、美人さんはぽつぽつと教えてくれました。
「彼女は恥ずかしがり屋でね。店の周りにはこれと似た呪いがいっぱい仕掛けられているんだ」
「でも私、行きは引っかかりませんでしたよ? 一緒に来ていた子も、普通にお店に入れましたし」
「その子はアキノが認めた常連なんだろう」
そうか、常連さんが一緒だったから、私も入れたんですね。で、今は常連さんがいないから呪いに引っかかっていると。
得心がいったとひとり思っていたら、違うと美人さんは言いました。
「常連でなくても、君みたいなちゃんとした客には、店の扉は開かれる。なのに引っかかってしまったのは、君がアキノの力と親和性が高いからなんだろう」
「魔法にも相性があるんですか?」
「魔法も呪いも、ひとの一部だからね」
……美人さんのお話はわかるようでいて、その実とてもふわふわとしています。本当はとても頭がいいひとなんでしょうに、その喋りはワザとですか。
あんなに何も見えなかった霧が、段々と薄くなっていきます。ひとの声が騒めき、目の前に色が溢れます。
「さあ、表に着いたよ。君のお友達は見つかりそう?」
「たぶん……」
ほっと息を吐いて辺りを見渡そうとしたら、後ろから思いっ切り抱き付かれました。
「ぅわっ!?」
「────このバカ! 何ひとりでふらふらしてんのよ!」
絞り出さん限りの罵倒に振り返ると、ローナさんが表情をくしゃくしゃにしていました。大分心配をかけたようで、綺麗に整えられていた金髪が乱れています。
「ちゃんとついて来ないとダメじゃない! あんた常識ないんだから!」
「ご、ごめんなさい……」
素直に首を垂れた私は、ローナさんの後ろで肩を上下させている男の子に気が付きました。
年少騎士に支給されている灰色の制服を着ている彼は、顔に覚えがあります。食堂で見る度に、髪がキャラメルみたいと思っている男の子でした。名前は知りません。
「何はともあれ、見つかってよかった。ローナ嬢が詰め所に駆け込んできた時、何事かと思った」
「お騒がせしました……」
「全くよ!」
一喝され、私は首を竦めます。ローナさんどころか、お仕事中の騎士さんにまで迷惑をかけてしまいました。猛省しきりです。
「ごめんなさい……探してくれて、ありがとうございます」
「……全くよ」
もう一度頭を下げた私は、またぎゅっと抱き締められました。
迷子になったら動かないのが一番です.