10ページ目 魔女さんに会いました。
現れたのは、30歳くらいの女性でした。
「なんだ、ローナか。あんたはまた勝手に潜ったの」
「だってアキノさん、声かけても出て来ないじゃない」
綺麗なお姉さんです。
化粧っ気のないきつめの顔立ちは、口元に紅を挿しただけ。着ているのは落ち着いた生成りのブラウスに、簡素なカーキのスカート。栗毛の髪も無造作に纏めているだけ。なのに凛とした空気と、真っ直ぐ通った芯の強さを感じられます。
派手な印象のセレンさんとはまた違ったタイプの美人さんです。
「こんにちは」
こちらは商品を買わせていただく客です。会釈をすると、お姉さんのショコラブラウンの目を丸くしました。
「……珍しいお客さんだ。あんた、よくこんな遠くまで来たね」
「え」
え、あ……えっ? 遠くって……もしかして、異世界の人間だってばれたっ? あ、でも単に、表で騒いでいたのが聞こえていただけかも。見透かすような深い色の瞳にどっちか判断がつかなくて、私は動揺で固まってしまいました。
そんな私に、ローナさんがこそっと耳打ちしました。
「ここの魔女は占いもできるのよ」
「へ、へぇ」
それは、何処まで占えちゃうんですかね……? 迂闊なこと話したら、隅まで突っ込まれそうです……
反応に困っていると、単純に私が驚いているだけだと思っているローナさんが、勝手に話を進めてくれます。
「アキノさん、この子新入りのフゥリよ。騎士のカガリ様の遠縁で、最近王都に来たのよ。フゥリ、こちらは魔女のアキノさん」
「よ、よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
「アキノさん、この子に石鹸と化粧水、保湿のクリームかオイルを色々見てやって貰えます?」
「いいよ。出してくるから座ってて」
言われた通りに、ダイニングテーブルにローナさんと並びました。アキノさんは奥の扉の向こうに消えて、何やらかちゃかちゃと音が聞こえてきます。。
「フゥリは、こっちに来てどれくらい?」
「え? えっと……9日、です」
手帳のページは既に跨いでしまいました。先週は授業などの予定があったので線を入れながら書いていましたが、今週の予定はまだだったので白地に文字が埋まっていっています。
シャーペンの芯も、1回は入れ直しました。
「なら、大分馴染んでるだろう。もうショックも出てないようだし、いくつか試して自分がよかったと思うものを使えばいい。他所のに比べて、うちのは不純物も少ないから」
かたんっと音がして視線を上げると、アキノさんが机の上に瓶を並べていました。
赤、青、透明、茶、緑……色とりどりの硝子に透けて、液体が揺らめいています。瓶のサイズは手のひらよりもちょっと大きいくらい。150ml入りくらいに見えます。
「基本は一緒で、クリアがスタンダードな化粧水。これに比べて赤が高保湿でとてもしっとりしていて、青は美白系だけどどろっとしてる。茶色は蜂蜜入りだから、アレルギー持ちなら避けた方がいい」
「緑はなんですか?」
「緑はアルコールがちょっときついんだ。未成年だったり酒に弱かったりするなら、あまりお勧めはしない。他にも香料入りがあるけど、最初だからこれを試してごらん」
ひとまず、スタンダードだという透明な瓶を開けてみます。すっとした匂いが、鼻の奥に広がります。
手に取ってみると、なるほど、普通の化粧水です。特にさらさらとした具合が、ドラッグストアなどでよく見る1000円前後のものに似ている気がします。手の甲に広げてみると、肌馴染みはよいです。
次に赤の瓶を開けると、透明の瓶とは打って変わって白濁した液体が出て来ました。ひとつ目よりもお肌がしっとりして、最近ささくれだした爪の周りも心なし柔らかくなった気がします。
「これ、いいな……」
「私のお勧めは青よ。アキノさんは保湿よりも美白系だって言うけど、赤と同じくらいしっとりするし、お肌も白くなるもの」
赤い瓶に心惹かれていると、ずいっとローナさんが青い瓶を差し出して来ます。促されるまま手を出せば、ジュレ状の液体が乗せられました。色はクリアで、光に翳すときらきらしています。
赤よりもコラーゲン質で、揺らすとゼリーみたいにぷるぷるです。見た目の色は赤い瓶の方が機能が高そうなのに、こちらの方が美白効果もあるなんて意外です。
続いて茶の瓶を開けると、ふわりと甘い香りが漂いました。金色がかった乳白色で、かといって蜂蜜が主張過ぎることはなく、優しくて穏やかな匂いです。
「赤と茶は化粧水と乳液、あと美容液もちょっと兼ねているから、最悪それだけで風呂上がりのスキンケアは済むよ」
「オールインワンなんですね」
「……そうとも言うね」
最後に緑の瓶を開けてみました。アルコールが強いとは聞いていましたが、確かに他の4本よりもすっとした匂いがします。この匂いは、確か。
「ああ……酒粕が入っているんですね」
向こうの世界でも日本酒の化粧水ってありましたし、それと同じ感じでしょうか。傾けるとさらさらとした半透明な液体で、ひんやりとして気持ちいいです。
「そう言えば、お値段はどんな感じなんですか?」
他のお店も見たいですし、予算以内に収まるかと思って素直に訊いたのですが……ローナさん、そんな呆れた目で見ないでください。
「いちいち訊かなくても、ロルトで見ればいいじゃない」
「ロルト……?」
「何その表情。あんたいつも首から何下げてんのよ。それとも買い物するっていうのに、忘れて来たの?」
………………………………もしかしなくても、このお財布ペンダントのことですか? 鎖を指に引っ掛けて確認すれば、「ちゃんと持ってるじゃないの」って。
「これ、ロルトっていうんですね……」
「……あんた、本当にどんな田舎から出てきたのよ」
カガリさんなんてこれとしか言わないし、自分の中ではお財布ペンダントで済んでいたので、まさかロルトなんていう名前があるなんて知りもしませんでした。
「それで商品に触れてごらん」
「こうですか?」
アキノさんがペンダントを揺らすような仕草を見せたので、私は鎖を持って、そっとペンダントトップを赤い瓶に触れさせてみました。
すると白い光がすべて消え、代わりに緑が1つ、赤が2つ、紫が4つ光りました。
「商品価値が知りたければ、そうやってロルトを対象に触れさせればいい。減価償却があるから何もしなければ表示されるのはその時の価値だけど、購入当初と指定しながら触らせれば、買った当時の値段もわかるから」
このお財布ペンダント改めロルト、お財布や電卓の代わりだけでなく、自動減価償却計算機能まであるんですか。レシートもいらないし、なんて便利な。
これなら本当に、帳簿なんて付けなくなりますね……
ちなみに他の化粧水は、透明が赤が8つ、青が緑が1つ、赤が6つ。緑色が緑が1つで赤と紫が7つずつ、茶色の化粧水だけちょっと高くて、緑3つ、赤5つ、紫8つでした。
非常にややこしいです。
「支払いはその都度商品に触って、店主の商業用ロルトに当てたら完了。ここまでで質問は?」
「ありません」
「なら先に化粧水を選んで。そのレーンで乳液と石鹸も出すから」
「わかりました」
私は5色の瓶を前に、腕を組みました。
アキノさんは本物の魔女なので,売っている化粧水は品質に対して大分良心的なお値段です.
でも実はお店に行くまでが大変なので,お店に行けない人にとっては垂涎ものだったりします.