美しく死ぬ
私は太っている。八十キロで三重顎。彼氏いない歴年齢というつまらないおまけつき。中高だけではなく社内でもいじめられ、俗に言う「生きているのがつらい」人。じゃあいっそ死んでみるか。いつもの口癖を靴下に吐き捨て、することもなくいつつけたのかもわからないテレビを、ふと眺めてみる。私が死んだらどう報道されるのだろうか。きっとそれはそれは醜いものとして扱われる。ニュースにすらならないと思う。悲しさと恥ずかしさで、なおさら死にたいなそれは。でも死んでも醜いな。この矛盾のような感じがたまらなく嫌だ。せめて、死んだときは美人でいたい。あっけなく思考回路は整理され、いま私は二つのことを瞬時に決めた。一つは死ぬこと。二つ目は痩せて美人になること。そう決めてとりあえずテレビを消した。
手始めに会社には辞表を出した。くだらない側面を切り取り、いじめられる職場なんて嫌だ。辞めてせいせいした。家に籠ることにした私は美人になるべく、とりあえず断食をした。ネットで検索したら断食は死ぬほどつらいと書いてあったが私は別に死んでも構わないのでむしろ好都合だった。やることもないので、ベットに入りひたすら寝た。
一週間が経った。喉は食欲をからからに干し、体重は七十キロになった。ずっと部屋を出なかったせいか、不思議と外に出たくなった。私は、気づいたときにはもう走り出したいた。意外と気持ちがいい。海が近いのに今まで海沿いを走ったこともなかった。そして、私は走ることを日課にした。
二週間が経った。体重が六十キロになった。相変わらず断食は続けていたが、起きるとふらふらするので水道水は飲んだ。日本でよかったと思う。ランニングのおかげで少し筋肉もついた。
三週間が経った。体重が五十二キロになった。いつものように走っているはずだったが、いきなり私は玄関の前で倒れた。気が付いたら病院のベッドに横たわっていた。知ってる天井。何度も幼少期に見上げた、苦しい白。病院で死ぬのは嫌だなあとだけ思った。
私は二日で退院した。退院時は、体重が四十八キロにまでなっていた。倒れていた私を救ったのはどうやら見知らぬ男らしい。ちょっとニヤニヤした目で囁いてきた看護師を「一生婚活してろ」と心で唱えてメタメタにした。結婚の話題を出す奴は大抵結婚願望なんてない。逆説でひねくれ者。すがすがしいほど私は私のままだった。
看護師が、倒れていた私を病院まで送ってくれたひとの連絡先を教えてくれたので死なせてくれなかった(もう少し痩せて死のうとは思っていたが)ひとに一応連絡だけはしようと思い電話をした。近くの高級マンションに住んでいるということがわかったので、直接行ってみることにした。
ピンポン、と鳴らし待っていると、すぐに部屋にあがらせてくれた。てっきりランニングをしていた老練な男性では、と想像していた私は少し怯んだ。その男は少し日焼けしたかつて私が少女漫画のなかで憧れていた、背の高いイケメンだった。私はなぜか急に怖くなり、「やっぱり帰ります」と言ったが強引に部屋に入れられた。おびえる私の手を引っ張りリビングへと連れて行かされ、そして急に振り返り言われた。
男「君とお付き合いしたい」
なんだそれ。と読者やゲーマーは突き返す場面だが、私は言われたこともない台詞で事態が読み込めなかったうえに、最近死ぬことしか考えていなかったのか、脳がもう考えることをやめていた。即座にいいよと答えてしまい、私はなぜかこの男と付き合うことになった。
それからの毎日は、それはもう楽しかった。お金持ちの彼といろいろなところに行きいろいろなことをした。こんな生活が、永遠に続くようにと世界中のヒロイン並に私もそう思ったし願った。
ある夜、鏡をみた。今まで自分の顔をしっかりと見てこなかった私は驚いた。自分が美しいと思ってしまった。ああ美しい。私が恋い焦がれた顔にいつのまにかなっていた。彼はベランダで夜風にあたっている。彼もとても美しいひとだ。風になびく髪を見ていると、さらにそう思う。ふと彼の背中を押してみたくなった。だって彼は美しいもの。死んだって美しい。私はスキップをしてベランダにでる。背中がしゃんとしている、イケメンだからね。少しその背中を強く押した。鍵盤を弾くような軽さだったにも関わらず、手すりに寄りかかっていた彼は、鉄棒をまわるように手すりを軸に一回転して、落ちていった。スキップし直して部屋に戻り、彼の家をでて、私はすぐに走った。夜風を受けながら全力で走った。私はいまとても気分がいい。自宅に帰りぐっすり寝た。
翌朝ニュースで彼の死を知った。テロップは「イケメン社長謎の死!」だった。私は、満足した表情のままテレビを消した。身支度をし自宅をでた私は走り出した。いつになく軽い足取りで。