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不来坂空 03

 そんなことを思い返している内に、コンピュータルームの前まで到着。

 この時間帯なら、不来坂しかいないだろう。

 そう思い、僕は何の躊躇いもなく引き戸をあけた。

「こんにちは、お兄ちゃん」

「別に血も繋がっていないのに、幼馴染みにお兄ちゃんって呼ばせているみたいな、変態設定を僕に付け加えるな。第一、僕とお前は同い年だ、不来坂」

「きゃー!ノックくらいして確認しなさいよ!着替え中だったんだから!」

「そんな無理矢理キャラを崩してまで、僕を貶めようとするな。せめて文脈ぐらい考えろ。何に影響されたか知らないけど普通に挨拶をしろ、不来坂」

「やぁやぁやぁ、クギ君。私の突っ込みと、ついでに学業終了ご苦労様。今日も無事で何より、だ。私はと言えば、君にメールを出してから、クギ君がここまで来る瞬間まで、今か今かと心高鳴らせて待ちわびていた以外、特に何もない一日だったよ」

 今日も絶好調な、僕の幼馴染みだった。

 確かに先輩の言う通り、縁を切りたくなるような幼馴染みではあったが、長い付き合いなだけに、実を言うと悪感情はそこまで抱いてなかったりする。

 あったとしても、本気で縁を切ろうと思わせるほどのものじゃない。

 誰の前であろうと、口には出さないけど。

 しかし、会話をしていながらつくづく、こいつと違うクラスでよかったと思う。

 こんな話しかけられ方をする奴なんかと、一日の活動時間の半分を共にしなければならないなんて、嫌すぎる。

 不来坂のクラスメイトにご愁傷様、といってやりたい。

 あと、メールの文面のような丁寧語のくせに、喋るとこうなる不来坂。

 せめてどっちかに統一しろよといつも思う。

 いやでも、あの鬱陶しい喋り口調に統一されたら今より更に悲惨になりそうだ。

 とりあえず思いつく限りのところは貶しておいた。

 こんなのが僕の幼馴染み。

 《支配階級グラスパー》、不来坂空コヌザカクルリ

 通り名を持つ嫌な現役女子高生だ。

 鬱になりそう。

「今日はやることがなかった。本当に暇で暇で干からびてしまいそうだったよ。そんな訳で、私はここに来てくれたクギ君が、今日あった面白い話をしてくれるんじゃないかと、非常に期待しているんだ。どうだい?ここは一つ、私に話してくれまいか?」

「残念ながら、そんなものねぇよ。そう毎日、奇妙奇天烈奇々怪々、奇想天外吃驚仰天するようなことは無い。次回をお楽しみに」

 不来坂は僕の態度に、むぅ、と不満そうに嘆息する。

「何だ、釣れないね。まぁ、次回があるということは、もう一度は確実に来てくれるということだろう?それが分かっただけでも良いとしよう。実を言うと私は明日には見捨てられはしないかと、毎日毎日不安でしかたないんだ」

 ケラケラケラケラ。

 カラカラカラカラ。

 そんな風に、何の心配もなさ気に不来坂は笑う。

 僕が不来坂を見捨てないと信頼されているのか、はたまた、どうでも良いと思われているのか。

 僕には区別がつかなかった。

 そんな会話を、僕は扉を開けた体勢のまましていた。

 さすがに、そのままでは恥ずかしかったので、教室に入って後ろ手に扉を閉める。

 扉の前に立ったまま会話するのもなんだったので、歩いて不来坂の隣に並ぶように座った。

 そんな僕の様子を見て、より深く特注の柔らかいシルク素材で出来た回転椅子に腰をかける不来坂。

 その所為で、小柄な体がより小さくなる。

 いや、まず学校に特注の椅子なんか、持ち込むなよ。

 授業中はどうしてるんだ?

 そのままにして他人に迷惑かけてないといいけど。

「君が面白いことを言わないなら、私が面白い話をしてやろう」

「なかったんじゃないのかよ、面白い話」

「いやいや、クギ君が話しやすいに伏せておいただけだよ」

 褒めろと言わんばかりに、僕に満面の笑みを浮かべる。

 褒めるようなことはしてないと気付けたら褒めてやらないこともない。

 僕が困ったような顔を浮かべると、不来坂は体を椅子に埋めたまま、天を仰いで話し出す。

 これは不来坂の癖。

 話を始める時は目に見えて分かりやすく、目をそらす。

 まるで、安楽椅子探偵のようだ。

「今日、どうやら六限目の途中、騒霊現象があったらしいよ」

 騒霊現象。

 今風に言えば、ポルターガイスト。

 そっちのほうが馴染み深いだろう。

 ポルターガイストとはドイツ語で『騒がしい霊』の意。誰もいない部屋で音、光がしたりするのを、霊の所為だと騒ぐアレ。

 如何にも学生が好きそうで、噂になりやすい話題だ。

「何やら南校舎四階付近で多数証言が得られたらしいよ。私はこの手の事は信じない方なのだが、今回は何分、私の元に上がってきた証言数が多くてね、一蹴できるような感じの問題ではないんだ。騒霊現象はありえないにしろ、何かしらの不可思議な現象が起きたのは違いない。クギ君はどう思う?」

 不来坂は大真面目に、淡々とそんなことを言う。

 それはどこか演技がかったような感じがでていて、まさしく安楽椅子探偵。

 言ってることも探偵っぽいし、ぴったり来る。

 まぁ、探偵とは言っても、深夜に放送されていそうなB級探偵だけど。

「肝心の証言なんだが、どれも似たり寄ったりでね、何の面白みもない。それだけ真実味が高いんだろうが、聞き甲斐がないというものだ。『重いもの同士がぶつかり合うような音』、『机を揺らすほどの振動』、そして『耳を突くような高い音程のノイズ』。この三つが主な証言だ。どれも霊騒現象にぴったりと来る」

 よくこんな無駄な情報を、無駄なまでに多く、集めてきたな。

 名こそここは情報科特別教室だが、ここで手に入る情報なんてものは主にオンライン上のものだけ。

 オフライン、つまり僕らの日常レベルの情報なんて、滅多に入ってこない。

 不来坂が占拠しているなら尚更だ。

 誰だよ、こんな情報を不来坂に渡したの。……大体見当はつくけど。


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