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理取響 06

 笑顔のまま、ユラ先輩は会話を始める。

「クギ君はまだ、不来坂さんと付き合っているのかい?」

 誤解なきよう。

 僕と不来坂が男女恋愛関係にあるみたいな言い方だが、そんなことは断じてない。

 ありえない。

 地球がひっくり返ったらありえるかもしれないが、今のところそんな関係には無いし、将来的にも無い。

 あいつと色恋沙汰になるくらいなら、一生独身で構わないと思う。

 そういう事実があるにせよ、紛らわしい言い回しを笑顔のままされると、まるで彼女であるユラ先輩が浮気をした僕を責めているみたいで怖い。

 それはそれで嬉しいんだけど、出来れば遠慮したい。

 ユラ先輩が言っていることを正確に解釈すると、僕はまだ不来坂と人間関係を続けているのか否か、というものになる。

 最初からこういってほしいものだ。

 そしてもっと裏側を明らかにするように、穿った聞き方をすれば、何故早く僕は不来坂と手を切らないのか、という訳になる。

 ここまで裏がわかると、先輩の笑顔が本当に怖い。

「幼馴染、ですから……。腐れ縁ですよ」

「惰性で人間関係を続けるのはよくない。実によくない。慢性的な病気のようになる。腐っているなら尚更だ。特に彼女の場合は悪性のガンのようになるぞ。幼馴染で情が移っているのは分からないでもないが、とっとと縁を切るべきだ、と言うのが私の見解だ。見ていろ、今に金銭を要求してくるようになる」

 最後の一言で一気に下世話になったな。

 余計な一言の見本。

 ステレオタイプな蛇足。

 一応言っておくが、不来坂に金を要求されたことはない。

 恥ずかしながら、したことはあるけど。

第一、 不来坂は僕やユラ先輩なんかよりずっと金持ちなのだ。

不来坂が僕からお金を巻き上げたところで、そんなはした金もいいとこなのである。

何せ、不来坂はこの学校に一定数いる名家の一人娘なのだから。

「金銭云々は別にしても、不来坂さんとの関係は次ぎあったときにでも、いや、今すぐにでも切るべきだ。次に、なんて悠長なことを言っていったら、惰性は解消しない」

 いつもより、ユラ先輩の口調は相当きつかった。

 ユラ先輩が不来坂を嫌い、こんな類のことを言うのはよくある事、毎度のことだ。

 が、不来坂とのここまで否定的に断言したのは初めてのことだった。

 鬼気迫る気配を、ユラ先輩を持っていた。

 まるで、僕がユラ先輩の要求を断れば、不来坂を殺しかねないほどの気迫。

 まるで、僕がユラ先輩の要求を認めなければ、僕を殺しかねないほどの圧力。

 そんな感覚……そんな錯覚に襲われる。

「私は、不安なんだよ。クギ君と不来坂さんの関係は、見ていてあまりにも危うすぎる。とても目が当てられない。自覚が無いかもしれないけど、相当危ういと思うよ?自覚が無いのが更に危うい」

「別に危ういことなんて、何一つしてませんよ。友人以上で友人以下、ただの幼馴染です。やっていることはこうしてユラ先輩としていることと大差ありませんよ」

「だからこそ不安なんだよ。わからないかな?」

 不安、か。

 僕にそんなことを言われたって、どうしようもない。

 不安なんてものは所詮、主観的なものから逸することは無いし、解決策の行き着く先は自己満足と自己完結だ。

 相手に頼ったり、忠告したりされたりするのはいいことかもしれないが、それを自分が聞き入れたからといって解決するものではない。

 不安だと言うことを打ち明けて解決するのも一つの方法なのかもしれないが、その内容まで相手に押し付けると言うのは、あまりにも筋違いと言うもの。

 だから……僕にそんなことを言われたってどうしようもない。

 僕にはユラ先輩が不安から脱するだけのヒントの出し方さえ、分からないのだから。

 それにしても、ユラ先輩とやっていることが一緒なのに、一体何が不安なのだろう。

 僕の外聞とかか?

 そんな訳が無い。

 ユラ先輩は周囲に対して無関心だし。

「さて、言いたいことの大部分それだし、そろそろ戻ろうかな」

 ユラ先輩は雰囲気をがらりと変え、笑顔を残してベンチを立つ。

 風がユラ先輩の短い髪をなで上げて、白いうなじを覗かせる。

 僕は一番奥のベンチに座ったままだったので、その姿がよく見えた。

 なんと言うか……年不相応の色っぽい。

 そのままユラ先輩は西校舎屋上出口へと歩いていった。

 一歩。

 二歩。

 三歩。

「あ、そうそう、もう一つ言うことがあったよ。時間ならまだたっぷりあるし、忘れないうちに言っておこう」

 ユラ先輩は四歩目を踏み出すことなく、立ち止まって振り返る。首の動きに合わせるようにして、軽やかに体も僕のほうへと向けた。

「私が不安だったのは、何もクギ君が不来坂さんと付き合っていることで、何か不利益を被る可能性があるからだけじゃない。勿論それも、不安の理由にたるけど、一番の理由は別のところにある」

 ユラ先輩はいつもなら見せないような、他人をからかっているかのような、嫌らしい笑顔をする。

 口元が歪み、裂けていくさまを、僕はベンチに座ったまま眺めていた。

「私はクギ君のことがオトコノコとして好きで、コイスルオトメシンドロームと言う奴の所為で不安、ということだよ」

 先輩は言い終わるや否や、背を向けて西校舎屋上から出て行ってしまった。

 五月の空に、鉄扉の閉まる大きな音が響く。

 …………えっと。

 どう答えるのが人間として正しいのだろうか?

 ……あ、そう言えば、ユラ先輩の弁当箱をもったままだ。

 明日にでも洗って返すことにしよう。

 僕は先輩を見送ったまま、西校舎屋上最奥のベンチに寝転がる。

 昼休憩は後十分程度。

 日も照っていて、ちょうどいい気温だし午後はここで寝て過ごそう。

 俺は結局、五限目と、ついでに六間目もサボタージュすることにした。

 先生ごめんなさい。

 別に悪いなんて思ってませんけど。


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