理取響 05
「僕は自分のことよりも、イマダさんが今後、学校に慣れてくれるかどうかのほうが、よっぽど心配ですよ」
「まぁ、クギ君は世渡りが天然で上手だから大丈夫だろうし、みーちゃんのことを心配してくれ来るのは嬉しいけど、もう少し自分に目を向けたほうが良いと思うよ。人付き合いが下手な私が言えたことじゃないんだろうけど。うーん、でも確かに、みーちゃんが今後どうするかはすごく気になることだよ、私にとってもね」
僕としてはイマダさんより、ましてや自分自身より、むしろユラ先輩の卒業後のほうがよっぽど心配だったけど、それは言わないでおいた。
ここで再度、心配なんて言葉を使えば、数分前の悪夢(不純異性合体の件)をもう一度見なければならない気がしたし。
そして何よりそれは、ユラ先輩への余計なお節介というものだ。
卒業後の進路なんて、一後輩たる僕の口出すことじゃない。
「みーちゃんの事が話題に出たことだし、ついでみたいな感じに言って悪いけど、これからもみーちゃんを頼むよ。よろしくね」
ついでに頼まれるにしては、荷が重い内容だった。
ユラ先輩、こう見えても割といい加減な人だ。
チョーテキトー(クラスメイトのパクリ)。
話は飛ぶが、そもそも、僕が先輩から世話役を頼まれているイマダさんが、クラスに馴染めていない理由は三つ有る。
その一つはまず、数少ない空木中学以外の出身者だということ。
しかもかなり遠くからの転入生――確か、沖縄だっけ。
イマダさんの出身が何処であろうとあまり関係は無いのだが、空木中学からそのまま持ち上がってきた人間関係に、高校になってから割り込むのは大変なことだ。
ただでさえ、空木中学生、標津高校生は学校外に対して排他的だというのに、グループとかそういうのがある女性の場合は尚のこと、容易ではないはず。
僕はそういうのは詳しくないから、憶測でしかないけど。
ユラ先輩いわく、世渡りは上手だけど、友達の少ない僕だった。
二つ目。
これが彼女がクラスに馴染めない理由の半分を占めているようなものなんだが、これは口で説明するより、感覚的に知ってほしいこと。
つまり、性格。
荒唐無稽で傍若無人。
自己中心で支離滅裂。
横行闊歩で挙措失当。
そんな四文字熟語がぴったり来る、迷惑極まりない人間なのだ。
ユラ先輩だけならまだしも、何でイマダさんと出会ってしまったのだろう。
十五年と少しの人生の中で最大の後悔だ。
そして最後。
二番目のものほど、本人自身とは関係ない所為で負い目を感じているのか、みんな露骨に表現したりはしないが、イマダさんが避けられている理由の筆頭かもしれない。
統計を取るわけにもいかないからはっきりしないが、さしずめ、先程の言い方を使いまわすなら、これが裏の理由だろう。
理由のバックグラウンド。
確かに本人の所為で無いだけに、同情には値するけど、だれも同情はしない。
それほどに、同情の余地が無いほどに、イマダさんは嫌われていた。
ユラ先輩とイマダさん。
標津高校の二年生と一年生。
理取響と理取未。
一個違いの実の姉妹だ。
『理取の変態姉妹』といえば、標津高校内では性と誰もが知っている、といえば過言だろうけど、それなりに真実味のある表現である。
少なくとも、現生徒会長の顔程度には知名度がある。
参考までに言っておくが、標津高校生徒会長は漫画などなどに出てくる生徒会長のように、歩けば指を指され、逸話を噂されるような存在ではない。
精々、生徒代表として式典に参加したり、挨拶したり時ぐらいにしか注目を受けない存在だ。
僕なんて、名前も知らなかったりする。
でも実際、何処の学校もそんなものだろう?
生徒会長を誰もが知っている学校なんて見たことねぇよ。
ちなみに、『理取の変態姉妹』の噂と名前を広く流布して回ったのは、僕なんだけどね。
名付け親、と言うほどのものではないが、最初にこの固有名詞を用いたのは僕ではなく不来坂だ。
そういう点からみれば、僕が誰からも嫌われているイマダさんの面倒を見ているのは当然至極、自業自得の至りなのだが。
そんな訳で、家族なんだからもう少し、せめてついでではなくなるくらいには心配すべきだと思うのだけれど、ユラ先輩はどうお考えだろうか?
ユラ先輩が家族に対してそういうことをしないのは分かっているので、答えを求めたりはしない。
だから、聞かない。
尋ねない。
「まぁ、そんなことはどうでもいいんだけど」
終いには、どうでもいいこと扱いだった。
イマダさん、立つ瀬なし。
無関心なことにはとことん残酷なユラ先輩だった。
その頃、僕はようやくカタール弁当を食べ終えた(僕は割と食べるのが遅い)。
タイミングもよかったので、弁当箱を片付けながら、今度は僕からユラ先輩に話を切り出すことにしよう。
勿論内容は閑話休題。
そこまで無駄話はしてないが。
「ユラ先輩、そろそろ本題に入りませんか?内容によってはもう時間的に厳しいと思うんですけど」
昼休憩は残り二十分弱。
真剣な話なら足りないくらいだ。
「あぁ、そうだね。思いのほか無駄話が楽しかった所為か、時間がこんなにたっているなんて頭の中から消え去ってしまっていた。助言、痛み入るよ、クギ君」
ユラ先輩は時計を見た後、僕に向けてやんわりと笑う。
何度見ても何時見ても、魅力的で蠱惑的な笑顔だった。