九戯
一週間後。
ようやく学校が再開され、そのころにはもう理取姉妹の事を口にしなくなっていた。
普段通り。
初日から既に普段通りだ。
変わっていたことと言えば、理取未が座っていた席には小さな花瓶が置かれ、校内放送による、ほんの申し訳程度の黙祷が行われたくらい。
その程度の出来事だったということだろう。
少なくとも、一般の生徒には。
数少ない気にしている人間はと言えば、大学進学に影響しないかと冷や冷やしている受験推薦組ぐらいのものか。
でもどうせ、僕には関係のない話。
推薦なんて受けるつもりなんてないし。
だからこうして五時間目をサボり、コンピュータルームに来ているわけだ。
「おかえりなさいませ、ご主人さま」
「…………」
「何だ、突っ込みなしかい?やっぱりメイド服着用済みじゃないと効果が薄いか」
「そもそも僕にそういう属性はない。勝手に僕の性癖を作り上げるな」
「そうだったね。君はメガネっ娘萌だった。だが生憎、私は目が良いんだ。眼鏡は伊達になってしまうんだが。だからこの際、偏るのは良くないし、新しいジャンルでも開拓してみたらどうだい?」
「新しいジャンルを開拓しないし、お前が眼鏡絵をかける必要はない。そもそも俺にメガネ属性はない」
「…………」
「…………」
「という訳で、こんにちは、クギ君。授業をサボってまで私に会いに来てくれてうれしい限りだよ」
「会話に困ったからって、挨拶をするな、不来坂」
学校と同じように、こっちもいつものテンポ。
こいつがテンポを崩すところなんて見たことがないけど。
見たくもないけど。
「まずは、これだ。ほら」
今日来た目的をまず果たすため、僕は不来坂に一万円札を裸でさしだした。
「なんだね、これは?は、まさかこんなはした金で私の体を買おうと?いくらクギ君が本当は幼馴染萌だからってそれは……。いや、まぁ、今回は幼馴染特別価格ということでしてあげてもいいが――」
「勝手に妄想を膨らませるなっ!この前借りた一万円だよっ!」
何度も言うが僕は幼馴染とこんな会話をしたくない。
僕は不来坂が座っている机に叩きつけた。
不来坂はその一万円を財布にしまうようなことはせず、適当にブレザーのポケットにねじこんだ。
必死こいて俺の全財産だったんだが……あれ。
「まぁ、立ち話もなんだし、座ったらどうだい?幸いなことに今日はコンピュータルームは使われないんだ。ゆっくりくつろいで構わないよ」
まるで自室のような振る舞いだった。
実際、学校生活の半分をここで過ごしているのだから、似たようなものなのか。
僕が不来坂に言われるがまま座るのと同時に、不来坂はパソコンをシャットダウンした。
「今日はパソコン使わないのか?」
「まぁね、必要ないし」
不来坂は自分専用の豪奢な回転椅子に深く腰掛け、四半回転して僕に向き合った。
「それで、今日の用事は何かな?」
「用事があるのは俺じゃない、不来坂、お前の方だろう?」
「用事?はて、用事?心当たりがないぞ。思い違いじゃないかい?まぁ、思い違いをしてくれるほどに私のことを考えてくれているなら、うれしい限りだよ」
「うるさい。僕は確かに聞いたぞ、タマ先輩から」
「ナナミヤ君かい?……あぁ、一週間も前のことじゃないか。普通忘れているよ。それでも律儀にやってきてくれる君はとても律儀だね」
ニヤニヤと、シホ先輩とは違った類の嫌らしい笑顔で僕を見据える不来坂。
「せっかくだから話してくれないかい?」
「何をだ?」
「一週間前のことだよ。結局私はほとんど知らないからね」
「知らないって……お前はシホ先輩からほとんど聞いてるだろ?」
本当の事件のあらましはこうだ。
一週間前の事件の日。
イマダさんは直接電話を取らずに、ユラ先輩伝いに内容を聞いた、ということになっている。でも実際は電話なんてユラ先輩の自作自演で、外に呼び出すための口実だった。
それからは想像に難くない。
それで学校へ向かう途中に、イマダさんに荷物を持たせて、疲れさせてから東校舎屋上まで連れて行った。
ユラ先輩ならよく知っている。
イマダさんの持久力のなさを。
屋上につく頃には動けなくなるほどだということも。
あとは簡単だ。
イマダさんに持たせていた荷物から、ワイヤーと重りを取り出して、僕の説明した方法で殺した。
そう言うことだ。
それからワイヤーと重りを回収して、僕の家の納屋に隠れた。
それだけのこと。
「勿論聞いているよ。動機が君をめぐった痴情のもつれだということも、ね。いつの間に私の幼馴染はこんなにもプレイボーイになってしまったんだろうか……」
「違うっつーの」
動機。
警察の事情聴取でたった一度だけ、ユラ先輩が語ったらしい。
僕を取られたくなかったと。
僕があの時、イマダさんにキスされたことが引き金になったのなら、これほど罪悪感を感じさせるものはない。
「違わないさ。普通、そこまで好かれないさ」
「好かれるも何もないだろ。今回のは」
今回の件、何も二人の間で自然に起こったいざこざじゃない。
黒幕がいる。
上内司法という、極悪な。
「今回のはシホ先輩が大げさに伝えて、ユラ先輩が大げさにとらえた、それだけだ」
理取未同様、理取響にも友人は殆どいない。
それなのにユラ先輩はどうやって、僕とイマダさんがキスしたという情報を仕入れてきたのか、という疑問が生まれてくる。
そこで登場するのが、上内司法というわけだ。
「ふむ、君はそう解釈するか……。まぁ、君がそれでいいなら、私は構わないが」
不来坂は一つ息をつき、肩をすくめてから話を続けた。
「兎にも角にも、私が知りたいのはそう言ったことじゃなのだよ、クギ君」
「どういうことだ、不来坂?」
「なんで君は……」
不来坂は言ってもいいものかどうか、躊躇したように口元を押さえたがそのまま言葉をつづけた。
「なんで君は、理取響を自宅にかくまったんだい?」
「…………なんだ、そんなことか」
不来坂のことだからもっと理解しがたい質問が来るとばかり思っていたが、普通の質問だった。
「そんなの決まってるだろ」
警察には、偶然僕の家に隠れたことになっているが、実際のところは僕が家の中に招き入れた。
事件直後から。
ユラ先輩がしたことや、その理由も全部聞いて。
それでも僕は招き入れた。
匿っていたことなんて、僕らの知り合いから見れば火を見るより明らかなことだ。
「ユラ先輩が頼ってきたから、それだけだよ」
「ふぅん、そうか」
不来坂は詰まらなげにそう言った。
「ならなんで君は、カミウチ君――君のいうシホ先輩に罪をなすりつけなかったんだい?君が事情聴取の時点で、何らかの誤情報を警察側に流していれば、事態はもっと別方向へ向いていたかもしれないのに。カミウチ君に言ってわざわざ“そうすることが可能な状況”を作るようにセットしてあげたのに」
「お前、馬鹿か?それこそ自明ってもんだろ」
不来坂は声は出さなかったが興味ありげに鼻を鳴らした。
「ユラ先輩は人を殺したんだ。裁かれて当然だろ」
かつて見たことない、きょとんとした顔を不来坂はした。
ほとんど放心状態のような、そんな顔。
そのままで小さい声で僕に質問してきた。
「というと、理取響が捕まる直前、カミウチ君に何か頼もうとしていたと聞いたが……」
「あぁ、自首させるのを手伝ってもらおうと思って。結局骨折り損のくたびれ儲けって奴になったけど」
ついに口が開いたまま閉じなくなった。
こんな不来坂、一生もう拝めないかもしれない。
写メで取っておきたかったが自重。
ほどなくして、不来坂はこらえるようにくっくっくと笑い出した。
「ほんと、本当に傑作だよ。実に君らしい。まわり全体一人残らず勘違いを多重にさせるなんて、本当に君ぐらいだよ。すっかり私も勘違いしていた。だから会いに来るように連絡して、真意を確かめようとしたのに。私はてっきり、理取響を逃がすのを手伝え、みたいなことを頼むと思っていたんだが……くっくっく……これ以上ない傑作だ」
心底楽しそうだった。
僕からしてみれば計画が失敗して恥ずかしいだけなんだけど。
「つーかお前、なんであの時点でユラ先輩が確実に犯人だって分かってんだよ」
「うん?それは、カミウチ君に全部音声をライブ中継してもらっていたからね。クギ君の言動を聞いていればすぐ推測がつくさ」
「そんな抜けてたか、僕?」
「抜けすぎてるよ、途中から幼馴染として恥ずかしいからしゃんとしろと言いたくなるくらいにね」
「どの辺がだ?」
「クギ君はあらゆるところで最初から可能性を絞りすぎなのだよ。犯行人数に犯行方法、どの点を取ってもね。まるで最初から知ってるかのように。クギ君がカミウチ君に話していた説明を逆から聞かせてあげようか?これほど稚拙な証明はないぞ?」
「…………」
「さらに言ってしまえば、君は理取響の心配を一切心配していなかったらしいね。彼女だって失踪して、殺されている可能性もあったのに。これは何より君が理取響の安否を把握していたと考えるに十分な判断材料さ。他にもあるがまだ聞くかい?」
これ以上ここにいると恥の上塗りをしていきそうだ。
早々に退散しよう。
「なんだい、もう教室に帰るのかい?」
僕が立ち上がると、そんな当たり前のことを不来坂は尋ねてきた。
「推薦を受けなくても、授業受けとかないと試験に落ちるんだよ、少なくとも僕は」
それだけ告げてドアの近くまで歩く。
そこで、忘れていたことを思い出し、振り返る。
「ついでだから、一つ聞いといていいか、不来坂」
「あぁ、君たっての望みだ。構わないよ」
「なんでお前、『理取の変態姉妹』にあんなことさせようと思ったんだ?」
「うん?」
「だから、シホ先輩使って二人にあんなことなんで嗾けさせたんだ、って訊いてるんだ」
今回、それだけが未だにわからない。
シホ先輩がユラ先輩に情報を流したのは確認を既に取ってあるのだが、そもそも、あの上内司法がわざわざ理取響にあんなことを教えたのか、ってことだ。
あれがもし、上内司法単独の行動ではなく、不来坂まで絡んでいたとすればある程度納得がいくのだ。
僕としてはだけど。
人によっては簡単に飲み下せてしまうような、本当に小さな疑問。
「あはははははははっ!」
その疑問を、不来坂は笑い飛ばした。
「中々聞いてくれないからくれないから、放置プレイか何かかと思って、もうすぐでおねだりしちゃうところだったよ」
明朗快活な明るい笑顔で。
「それこそ、自明というものさ、クギ君」
不来坂はその笑顔のまま、こう言った。
「クギ君がポルターガイスとが怖くて学校に来れなくならないように原因を取り除いた、それだけのことだよ。君が学校に来れなくなったら私も学校に来れなくなってしまうじゃないか」
それはいつか言った冗談。
そう言えば信じたんだっけ、こいつ。
「……あっそ」
それだけそっけなく言って、僕は情報科特別教室を後にした。
疑問がなくなって、すっきりした心持で。