上内司法 07
重い錆びついた鉄の門扉に手をかける。
昨日開けたのはシホ先輩だったので、その時重さはわからなかったが、あまり使われていないだけに重かった。
ギリギリ耳触りの悪い音をたてて、扉はようやく開いた。
晴天。
白雲。
申し分ない天気。
そして扉の向かい側、一番遠くには……
「ふむ、思ったより遅かったね。君のことだからすぐ来てくれると思ったんだが、期待はずれで、予想外れだよ」
嫌らしい顔を浮かべて待つ上内司法。
シホ先輩が予想外だったように、そこにシホ先輩がいたことは、僕にとって予想外だった。
シホ先輩は遅すぎると言ったが、とんでもない。早すぎるくらいだ。
こっちは何の準備もしていない。
あっちは準備をすべて完了している。
それではあまりにも不公平だ。
「さぁ、ここに来た理由を教えてくれないか、イチジ君?」
心底嫌らしい。
本当に嫌らしい。
この人はどこまで嫌らしいのだろうか?
すべて分かっている癖をして、何も知らないフリだ。
「分かりました。いいますよ、シホ先輩」
「あぁ、聞かせてくれたまえ。”面白い話”を期待しているよ」
「えぇ、とっても愉快な話ですよ」
僕は不敵に笑った。
少なくとも自分ではそう思っている。
「別に長い話じゃないですから、ゆっくり堪能してくださいね」
「あぁ、承知したよ」
カシャンと音をたててシホ先輩はフェンスにもたれかかった。
そして目を閉じ、腕を組んで軽くうつむく。
昨日と同じ体勢。
「単刀直入に言います、シホ先輩」
シホ先輩の準備は終わった。
今度は僕が腹を据えて喋る番だ。
「貴方が、理取未を殺しましたよね?」
「ほぅ……」
「どうやって考えてもあなた以外に、犯行は不可能なんです。昨日、学校に残っていた四人、不来坂、タマ先輩、オリヒメさん、そしてシホ先輩の内、一人で行動していたのは貴方だけです。そして、首を短時間で切り取れるのも、貴方だけなんです」
シホ先輩は黙ったまま、僕の話に傾けていた。
「僕の見立てる限り、犯行方法はこうです。イマダさんの首にまず何らかの細くて頑丈な……そうですね、ピアノ線のようなものを首にかけて――」
僕はフェンスの方を見る。
ちょうどシホ先輩が見つけた、細い傷跡があった辺り。
「――あそこから突き落とす。それを考えると、あの四人の中ではタマ先輩か、シホ先輩しかできないんですよ。僕でもよじ登らなきゃならないほどの高さじゃ、オリヒメさんや不来坂じゃとてもじゃないですが無理です。それだと、二つに選択肢が増えてしまいますが、ここに来た時、シホ先輩はすぐにあの傷を見つけました。いくらなんでも早すぎです」
シホ先輩は何も語らない。
面白げでもなければ詰まらなげでもない。
ただ、そこで僕の話を聞いているだけ。
「証拠を僕に見つけさせて、自分を対象から外させるのが目的だったとしたら、残念でしたね。シホ先輩が知っての通り、僕はその程度じゃ流されませんよ」
そう言ったことに対しても何も反応しないシホ先輩。
僕以上に、シホ先輩という人間は揺るぎ難い人間なのだ。
「それにあの場で調べようとすればもっと調べられたのに、シホ先輩はすぐ撤収しようと言いました。僕も疲れていたので昨日はすぐ賛同してしまいましたが、そもそもわざわざ夜に連れて行って疲れさせたのはシホ先輩でしたよね」
シホ先輩はようやく顔をあげ、僕を見据える。
昨日とおなじ、鋭い視線。
でも今度は臆してはいけない。
もう少し上内司法の興味をひかなければ。
「それだけではないです。そもそも遡って考えれば、貴方は何であそこまで知っていたんですか?『アガナイツカノリ』という人間は特別だったで、済ましてはいけないんです。どう考えても午前十時から午後五時の七時間で調べ上げられる範囲を逸脱しているんですよ、あの量は」
「それで、終わりか?」
「いいえ、もう少し続けさせてもらいますよ」
シホ先輩はにやりと笑った。
楽しげに。
面白げに。
もう一歩だ。
もう一歩踏み込めれば、確実に上内司法は陥落できる。
「あなたの行動は不自然すぎます。あなたの行動はずれています。動機なんて知りません。証拠なんて警察が調べればいくらでも出てきます。でも――」
僕は一呼吸置いてから、上内司法をしっかりと見据える。
そして、
「あなたが犯人なのは間違いありません」
しっかりと、
「なんて言うと思いましたか?」
否定した。
「あなたしか犯人がいない?そんな訳ないじゃないですか。不来坂、オリヒメさん、タマ先輩が共犯なら何の問題もありません」
一つ一つ、
「フェンスを乗り越せない?そんなのワイヤーを三つにして、いくつかに分けて重りを向こう側に落としてやれば誰でも簡単にできます」
一個一個、
「証拠を見つけるのが早すぎる?そんなのあの場所が現場の真上なんだから確かめるのは当たり前じゃないですか。それにあそこを見つける前、床を調べていましたよね?あれだけ深い痕ですから、粉末上になった金属があっても、不思議なことはありません」
乱雑に、
「撤収を急いでいた?そんなの当たり前じゃないですか。現に僕は見つかったんです。あの場にいては遅かれ早かれ見つかっていました」
繁雑に、
「知りすぎていた?それは一人で調べればの話です。僕に電話をかけてきたタマ先輩の疲れ具合から考えるに、無理矢理参加させたんでしょう。おそらく、オリヒメさんも。それなら十分に納得のいく情報量です」
僕は否定していく。
自分の言葉をすべて否定していく。
「不出来なひっかけ問題です、全く。確かにあなたの取った行動は不自然です。でも――」
僕は最後にこう結んだ。
「――正しい行動ではあったと思います。僕を試すつもりならですけど」
僕は目を閉じた。
結びの言葉を言ってしまった以上、僕はこれ以上何も言うことはできない。
シホ先輩の反応を待つばかりだ。
「あぁ、実にいい。自分で言って自分で否定する。なかなかに滑稽な話だったよ。あぁ、十分に及第点をやれる話だった」
「それじゃあ一つ――」
僕が言おうとした言葉を、無機質な電話の音が遮った。
続いて、シホ先輩のシニカルな微笑。
「だが、いかんせん話が長過ぎたようだな。タイムリミットだ」
「え?」
先輩の言葉が呑み込めないうちに、先輩は電話を取り、二、三個と言葉を交わすとすぐに電話を切ってしまった。
「いい知らせだぞ、喜ぶといい、イチジ君」
シホ先輩は右手に携帯電話を持ったまま、僕に告げる。
「理取未殺害の犯人が捕まったそうだぞ」
その顔にシニカルな笑顔をたたえて。
「君の家の納屋の中で、理取響が、ね」