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上内司法 05

 事情聴取されて、野宿して、全力疾走して。

 ほんと疲れてばっかりだ。

 最後のは自業自得だけれど。

「いやぁ、警察と追走劇なんてなかなかできる経験じゃないよ。実におもしろかったなぁ。有意義だったよ、イチジ君」

 シホ先輩の言葉。

 翻訳すると、

「君の所為で無駄な体力を消費したじゃないか」

 となる。

 この人にも責任が無きにしも非ずなのだが、反論する体力も残っていなかった。

「さて、私も多忙なんで、そろそろ帰らせてもらうよ」

 僕と同じかそれ以上に速く走っていたにも拘らず、シホ先輩は顔色一つ変えず僕に背を向けた。

「まぁ、何か分かったら伝えるさ」

 背中越し手を振るという、如何にも気障ったらしい行動をとってシホ先輩は去っていった。

 僕も帰りたいのはやまやまだったが、正直疲れ果てて動けない。

 帰る元気さえ、僕のには残っていないのだ。

 ちょうど良いベンチも見渡す限りなかったので、仕方なく誰とも知れない家の塀にもたれかかる。

「はぁ……」

 自然と、溜息が洩れた。

 肉体的に疲れているのもある。

 が、精神的にはもっと疲れている気がした。

 物事がうまく考えられないほどに。

 だからだろうか、携帯の着信に対し、僕は相手も確認せずに出てしまった。

「もしもし……」

「てめぇ、何回電話無視ってんだよ!」

「この電話は今まさに使用されていなくなるかもしれません。ご用がある方はご愁傷さまでした」

「お約束のボケとかいらねーんだよ。こっちは疲れてんだよ」

 相手はタマ先輩だった。

 そうと知っていれば絶対に出なかったのに。

 しかしながら、一度出てしまったものを急に切ってしまっては後々怖いことになりそうなので、一応回線保持はしておく。

 保持しておくだけで聞いているかの保証はないが。

「んでさ、今どこだよ、テメェ」

「迷子です」

「いいから答えろ」

「マジで迷子です」

「…………」

「…………」

 かれこれ十秒くらい沈黙したところで、漸くタマ先輩は言葉を発した。

「んじゃぁ、今から言う事をよく聞けよ」

「一概には肯定できないです」

「いや、普通に肯定しろ。そんな悪い話じゃないんだぜ?むしろ聞いておかないと困る話だ」

 まるで詐欺師だった。

 騙されないように注意しよう。

「不来坂が会いたがってる、それだけだ。じゃあな」

 ぶっきらぼうにそう言って、タマ先輩は電話を切ろうとした。

「あ、一つ聞いてもいいですか?」

「あぁん?何だ?理由ならしらねぇぞ」

「そうじゃないですよ」

 不機嫌そうなタマ先輩を引き留めるのは、気が引けたが聞いておかないといけないことだ。

 ここは我慢しよう。

 お互いにね。

「一昨日、帰り際のこと覚えてますか?」

「はぁ、一昨日!?んなの、覚えるわけねぇだろうが」

「あなたは人間としてとても使えない類の人間ですね」

 中学生の和訳みたいな言葉を残して、返事を聞かないまま僕は電を切った。

 そのままアドレス帳を開いて、他の人の電話番号を呼び出す。

 が、そこで思いとどまり、タマ先輩の番号をもう一度画面に表示。

 別に謝りの電話を入れるわけではない。

「これでよしっと」

 電話がかかってきたら怖いので、着信拒否にするだけだ。

 そして、再度、別の人の電話番号を呼び出してコール。

「…もしもし」

 二コール目で、繋がった。

 なかなかに律儀だ。

「もしもし、オリヒメさん」

「どうしたんですか、ヒコボシさん」

 微妙な冗談を言われてしまった。

 僕にどう反応しろというのだろうか?

「すいません、日食ぐらい珍しかったので動転してしまいました」

「僕は年に四、五回しか電話をしない人間だと思われていたのか……」

「観測できる回数はもっと少ないですから、安心してください」

 何を、と訊いてはいけないのはお約束だろうか。

 精神疲労も酷いので、早速本題に入る。

「唐突でごめんけど、一昨日の帰り際のこと、教えてくれない?」

「…………?構いませんけど」

 流石、オリヒメさんだ。

 他の人とは違い、まずは答えてくれるあたり人が良い。

 シホ先輩とかタマ先輩に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

「どの辺から話せばいいんですか?」

「完全下校時刻すぎぐらいからお願いできる?」

「分かりました」

 完全下校時刻を過ぎても残っていたことを知っていても、何も聞いてこなかった。

 単純に気づいていないだけかも知れないけれど。

「八時を過ぎたあたりですから……ちょうど、パソコンの電源も入らなくなって、いつ帰るのか思案していましたね、いつも通り。一昨日はたしか……八時半になったところで七宮先輩が切り出しました。それをいい頃合とみて、みんなで一斉に下校しました」

「それで?」

「それで、も何もそれだけです」

「変わったことは?」

「特に。いつも通り三人で帰りました」

 三人。

 オリヒメさんは三人と言った。

「三人って……」

「え?不来坂さんと七宮先輩と私ですけど……?」

「シホ先輩は?」

「シホ先輩……あぁ、上内先輩ですか?一昨日はクギさんと入れ違いに来て、不来坂さんと軽く会話して、私たちよりずっと早く帰りましたよ」

 そういうことか。

 なんとなく掴めてきた。

 探偵ごっこもたまには悪くない。

「ありがとう。取っても助かったよ」

「そうですか。よかったです。ところで……」

 僕がもう通話を切ろうとしていたところで、オリヒメさんが最後に一言付け加えようとした。

 電源ボタンにかかっていた指を僕は慌てて離す。

 十分な情報をもらったのだから、それくらいのお返しは厭わない。

「家の前で何やってるんですか?」

「はい?」

 それだけ言って、電話は切れた。

 その代り、僕の背後から声が聞こえた。

「おはようございます」

「…………おはよう」

 そこには玄関から顔をのぞかせるオリヒメさんの姿。

 どうやら僕は偶然にも、本人宅の前から電話をかけていたらしい。

 まぁ、この場合、うれしい偶然だ。

 いろいろな意味で。

「オリヒメさん」

「何ですか?」

「ごめんけど、僕の家の場所、教えてくれない?」

 だって僕、現在迷子だしね。

 オリヒメさんの大きなため息が聞こえた。


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