上内司法 01
その日――理取未が死体となって標津高校で発見されたその日、当然学校は向こう一週間休みになった。
一人の命が失われたのだから、当たり前だ。
例えその人が、学校中から嫌われていたとしても。
発見されたのが早朝だったため、それこそ誰も登校していない時間帯だったため、理取未の死体を直接目撃したのは、偶々早く学校に来ていた僕と、鍵をあけにきた事務員の二名となった。
幸いなことに、と言ってしまってはあんまりだが、不幸中の幸い、その日担当だった事務員は定年間近の老年の男性で、多少取り乱しはしたものの、適切な対応をした。
連絡網による休校連絡と、警察への連絡。
特に連絡網はものすごくありがたい処置だった。
死体を目撃することなかった一般の生徒にとっても、死体となった理取未にとっても。
そして、僕にとっても。
本格的に警察が来たのは、九時半過ぎになってからだった。
そのことから考えても、事務員の行動はとても正しかったといえるだろう。
現場の隔離やら、証拠品の捜索などが目まぐるしく行われている中、精神的ショックが大きいだろうとの事務員の配慮で、僕は保健室で寝かせられていた。
が、十時頃、僕は第一発見者であり、理取未と極めて親しい関係にあったとのことで、警察で所謂、事情聴取というやつをされることになった。
それが終わったのが、三時頃。
いくらなんでも警察も鬼ではないので、僕の精神状態を考慮しながらの質問で要領が悪くなり、そんな時間になった。
それでも終わらず、後日落ち着いてからもう一度、事情聴取が行われることになった。
正直、あまり話したことなんて覚えていない。
次、いつ警察署に赴かなければならないのかなんてさっぱりだ。
とりあえず、僕は疲れ果てて、家に早く帰りたかったのだ。
そして現在、警察署から電車とバスを乗り継ぎ、ようやく僕の住む団地まで戻ってきた。
生憎、僕は腕時計もしていなければ、携帯電話も持ってきていなかったので、時間はわからなかったが、日の傾き具合と体内時計から考えて、おおよそ五時頃だろう。
バス停からゆっくり歩いて十分弱、僕はようやく家まで辿り着いた。
ようやく休める。
が、僕の家の前には予想外の相手が扉にもたれかかって、不遜に腕を組んで立っていた。
「やぁ、イチジ君。御苦労様、と言うべきところか?それとも……御愁傷様というのが正しいか?まぁ、どちらにしてもイチジ君相手には不似合いすぎる言葉だが」
イチジ君――僕のことだ。
「失礼ですね。僕は割と傷つき易いんです。今の言葉でも多少、傷つきました」
シホ先輩、と僕は最後に付け加えた。
シホ先輩――上内司法先輩は僕が普通に切り返したのに驚いたのか、ほう、と息を洩らした。
それも予想の範疇ないといわんばかりに、シニカルな笑顔を崩さず、冷たい視線を僕に投げていたけれど。
上内司法とはそういう人間なのだ。
悪意と無遠慮で満ち満ちている標津高校三年生。
僕の唯一の現三年生の知り合いで、僕をクギと呼ばない数少ない一人。
僕の名前を初対面で正確に読んだ、たった二人の人間。
クギ。
九戯。
イチジクタワム。
僕の嘘偽りのない、漫画じみた本名だ。
別にこの名前であることを恨んだり、喜んだりしたことはないけれど、もう少し読みやすい名前にしてほしかったとは思う。
閑話休題。
シホ先輩は嫌味ったらいしい笑顔を僕に向けて言った。
「それだけ軽口が叩けるなら、大丈夫ということか。いや、実に重畳重畳」
「軽口のつもりはないですけど」
苦し紛れに一つ、そんなセリフを吐いてから僕は言葉を次いだ。
「ところでシホ先輩、今日は何の用ですか?先に言っておきますけど家に不来坂は来てませんよ。不来坂だけに」
パクってみた。
「パクリかい?」
見抜かれた。
恥ずかしい。
僕の羞恥心などどこ吹く風、自分の話の流れに引き込むようにシホ先輩は一度目を閉じる。
皮肉めいた笑いはそのままだったが。
「ふふん、残念ながら君の憶測は大きく外れている。しかしながら、私はそんなに不来坂嬢への執着が強いイメージなのかな?だとしたら心外だな」
「だってシホ先輩、僕のところに来ると不来坂云々しか言わないじゃないですか。普通そう思いますよ」
「それをなぜ君は、不来坂嬢に頼まれでもしない限り逢いたくもないという意思表示だと受け取らないんだい?まぁ、冗談である以上、そう受け取られてしまっては私としては困るのだが」
とことん言い回しが嫌らしい先輩だ。
今の疲れ具合だと、確実にいろいろ聞きだされてしまうだろう。
別に聞きだされて困るようなは持っていないけどね。