…………
翌日。
時刻はおおよそ六時。
僕はいつもよりかなり早めに家を出た。
標津高校の門扉は毎朝ちょうど七時に事務員が開ける。
対して僕の家から標津高校までは最短経路で、どう歩を緩めたって十分掛かるか掛からないかだ。
時間が余りすぎる。
単純計算で五十分。
五十分。
何も僕はその五十分を無駄な時間を過ごすため、眠い体を引き摺って歩いている訳ではない。
いくら日頃から行動が奇妙だと言われている僕にだって、明確な理由くらい持って行動しているのだ。
玄関を出て僕はとりあえず学校に進路をとる。
学校についてからは……その場うろちょろしながら考えればいいか。
ふと、その姿を想像してみる。
…………。
明らかに不審者のそれだった。
いつかテレビで少し運動しながらの方が考えは捗ると聞いたのだが、今回それはやめておこう。
僕は考えの効率より、自分の羞恥心やキャリアをとる人間だし。
それに、テレビで言っていたことを鵜呑みにするのは個人的にどうかと思うし。
適当に言い訳しながら、ようやく思考の本題に入った。
考えるのは――先輩のこと。
考えるのは――先輩の言葉。
ああいったことを唐突にいうのはユラ先輩の勝手かもしれないが、受け取る僕側の事も多少でもいいから考えたほしい。
受け取る側は、言葉を返さないといけないのだから。
そして、覚悟を決める間を与えてもらえないのだから。
まぁ、受け取る側が僕で良かった。
ユラ先輩が他の人にそんなことを言ったら、僕はその人間を殺しに行っていたかもしれない。
冗談だけどね。
だってユラ先輩、僕以外に人づきあい皆無だし。
僕以外に合った選択肢と言えば、シホ先輩ぐらいのものだ。
でもシホ先輩は不来坂側の人間だし、ユラ先輩から見れば敵か。
敵にわざわざ行く訳ない。
選択肢はなかったも同然か。
どんなことはどうでもいい。
事実としてユラ先輩は僕に告げてきたのだ。
シホ先輩のようにうまく乗り切ることはできないだろうけど、精一杯のことはしよう。
柄にもない、と笑われそうだけど。
いい加減、そろそろ無駄なことを考えている余裕はない。
余裕はないが――切羽詰まってはいない。
と、いつの間にか、学校に辿りついてしまった。
ほとんど考えがまとまっていないのに。
いや、そうやって余裕をなくしてはいけない。
まだ時間は十分に残っているんだ。
少なくとも三十分は。
校門に手を触れて、軽くスライドさせようと試みる。当然ながら、その門扉は固く閉ざされていた。
固くとはいっても、所詮学校の門。
警備システムも何もついていないのだから、よじ登れば簡単に入れる。
学校の門なんてものは、精神的に入りづらくするための、いわば御守りみたいなものだ。
いや、すべての学校がというわけではなく、少なくとも標津高校はの話。
強度はそこそこだが柵だって細いし、向こうの見通しはとてもいい。
そう、見通しがいい。
見通しが良すぎた。
その所為で、下駄箱の方まで十分に見渡せてしまう。
だから、見た。
見てはいけないものを――見た。
僕は鉄の門によじ登り、一息に正門を突破。
飛び降りた所為で、足に重い痛みが走ったが、今は気にしている場合じゃない。
痛みに体勢を崩しそうになったが、気にせずそのまま『ソレ』に駆け寄る。
真っ赤な海に沈んだ、二つの『ソレ』。
二つに別れた『ソレ』。
一つはサッカーぼるくらいの大きさで、もう一つは結構な大きさのある『ソレ』。
『ソレ』。
死体。
屍体。
遺体。
イマダさん。
イマダさん――理取未の切り取られた首が、僕の足元に転がっていた。