理取未 06
僕はイマダさんを気にせず、ひたすら歩く。
それから百メートルほど行ったところに、僕は公園を見つけた。
いつも通っているはずの道なのに、初めて見た気がする。
「どうしたの?どうしたの?どうしたの?」
「いや、ちょっとメジャヴってた」
「ふーん、ふーん、ふーん」
「ところでイマダさん、メジャヴって何か知ってる?哲学のことなんだ」
「当然当然当然知ってたよ!今や常識語だね、メジャヴ!かのアリストテレスやプラトンも使ってた有名な言葉だよ!いやー、あれはとってもいい言葉だったね!コギトエルゴスムと並び称されるぐらい有名だよ!」
メジャヴは哲学って意味なんかじゃない。
フランス語で既視感の反意語、未視感の事だ。
コギトエルゴスムを知ってれば十分なのに、なぜわざわざ見栄を張ったんだ、イマダさん。
参考までに、コギトエルゴスムはデカルトの名言で『我思う、故に我在り』というやつ。
「よっし、よっし、よっし!今日はここに寄ろう!ベンチに突撃!」
「はいはい」
メジャヴについて間違った知識を得たまま、公園に入る。
イマダさんの言う通りベンチに突撃するつもりは無かったが、いい加減僕の貧弱な筋肉は限界に近かったので、ベンチに座るのには賛成。
ベンチは対して汚れておらず、そのまま座っても大丈夫そうだった。
長さも学校の屋上のように中途半端ということはなく三人掛けで、一緒に荷物を置く余裕もある。
僕はベンチに背を向けて跪き、まずイマダさんをベンチの真ん中に下ろす。
そしてイマダさんの左側に二人分の荷物を置き、僕はイマダさんの右側に座る。
椅子に座ったら、疲れが身体中に襲ってきた。重みがまだ残っているようだ。
明日、筋肉痛になっているかもしれない。
「今日はおぶってくれてありがとうね。とってもとってもとっても楽しかったよ」
疲れが完全に取れた顔で、純粋無垢に笑うイマダさん。
逆に疲れを全て移されたような声で、僕は答えた。
「あっそ、そりゃよかった」
「むむむ、そっけないなぁ……。クギミンは楽しくなかったの」
「おぶってる側は普通楽しくねぇよ」
「うーうーうー!こんな美少女なのにー!」
「だから勝手に美少女設定を付け加えようとするな。第一、僕は年上が好きなんだ。愛されるように愛したいんだよ」
勢いに任せて自分の趣味を暴露してしまった。
別に隠すようなことではないが、何となくイマダさんには知られたくなかったなぁ……。
「楽しくなかったのか……楽しくなかったのか……楽しくなかったのか……すごいショックだよ……」
「いや、落ち込みすぎだろ!楽しかったから!そんな落ち込まれるとすごい罪悪感感じる!」
「いいよ、いいよ、いいよ……無理しなくて……」
「おい、キャラ違うだろうが。お前はこういうとき笑い飛ばす奴だろ?ほんと楽しかったから元気出せって」
「キャハハ!キャハハ!キャハハ!マジになって励ましてるよー!」
笑い飛ばされた。
キャラを戻されたら戻されたでイラつく奴だ。
励ましたこと、後悔。
「冗談だって、冗談だって、冗談だって!チューしてげるから許して」
「遠慮しとく!本気で遠慮する!」
僕は立ち上がって距離をとる。
冗談の可能性が高かったが、イマダさんの場合、本気でしかねない。
「そかそかそか。クギミンは遠慮深いね」
「その台詞には色々突っ込みどころがあるけど……そろそろ帰ろう。いい加減、暗くなってきた」
僕はそのままイマダさんの前を横切り、荷物に手をかける。イマダさんに帰ることを促す為、ついでにイマダさんの鞄もとった。
「ねぇねぇねぇ、クギミン、こっち向いて!」
「ん?」
振り向いた。
口を口で塞がれた。
「じゃねじゃねじゃね!クギミン!」
そう言い残すと、イマダさんは僕から荷物を引ったくるように奪い、スプリントして公園から出ていった。
…………。
……えっと。
僕も早く家に帰ろう。
イマダさん、家まで体力持つといいけど。
* * *
家に帰りつき、食事を終え、風呂に入り、ユラ先輩の弁当箱を洗い、宿題などの雑事を済ませたのは十二時を少し過ぎた頃だった。やることは全て終えたし、寝ることにした。
ふと、今日あったことを思い出してみる。
…………。
今日もいつもと変わらない、平凡な一日だ。
僕は電気を消して床についた。