理取未 02
僕がやったことは単純。
イマダさんが迫ってきたところで体を横にずらし、寸でのところでイマダさんの進行方向から僕は外れた。
その際、足はその場に残したままにしておく。
ここからは半分必然、半分偶然の産物なのだが、猪突猛進するイマダさんは僕の足につまずいて、盛大に転倒してくれた。
頭からアスファルトに突っ込み、こっちまで痛くなるような転けっぷりだ。
半歩分でも歩幅がずれていたら、普通に足を乗り越えられたり、下手をすれば足を踏まれたりしただけに、上手くいってよかった。
きっと普段の行いがいいからだろう。
僕の座右の銘は一日一善なくらいだ。
もちろん大嘘だけど。
ただ、僕にも一つ誤算があった。
「うがっ!」
イマダさんが倒れる瞬間、転けまいと何かをつかもうとし、手を広げてしまった所為で、僕はイマダさんの全運動エネルギーののったラリアットを喰らうはめになった。
痛い。
物凄く痛い。
思わぬしっぺ返しだ。
……普段の行いが悪い所為だろうか?
イマダさんをこかそうとしたし、自業自得……なのか?
痛み分けというには、両者受けたダメージが大きすぎだ。
するならもっとショボくしてくれよ、神様。
幸いなことに、直撃したのが首や下顎ではなく、鎖骨辺りだったので、校門前でイマダさんと二人揃って気絶、なんていう近年まれにみるような珍事にはならなかった。
僕はなんとか倒れずに済んだが、もし倒れていたら気絶は必至。
本当に危なかった。
アスファルトに倒れているイマダさんは軽く脳震盪くらい起こしているかもしれない。
僕は身なりを正すため、一度イマダさんから目を離した。
ネクタイを上まで締め直し、襟を正す。
それから、僕はイマダさんの倒れている方へ向き直った。
「非道いじゃない、非道いじゃない、非道いじゃない!クギミン、人の道に非ずだよ!人の道を外してるよ!」
全力疾走の後に頭から転けたにも関わらず、掠り傷一つないままに、イマダさんはいつの間にか起き上がっていた。
最悪中の最悪、鼻の辺りの骨を折るくらいはあると思わせる転倒のタイミングだったというのに、無傷とは……。
まぁ、これだけの口が叩けるなら痩せ我慢をしてる心配もないだろう。
流石、『理取の変態姉妹』。
きっと僕なんかとは身体の作りが違うんだ。
あ、そういえば、そっちの方に気がいって、すっかり突っ込むのを忘れていた。
俺は外道かもしれないが、人の道は外してない。
人を犯罪者みたいに言うな。
「昼休憩は疾走するし、五時間目も六時間目もサボるし、乙女チックワールド全開で待っていたっていうのに転かそうとするし、まったくあたしに対して非道いじゃない!」
昼休憩にまで遡って文句を言われた。
相当鬱憤たまっていたらしい。
文句を言われても仕方ないことをしたのだから、批難を浴びて当然か。
でも、それを言うなら僕だって机を荒らされたことに対して文句を言ってやりたかった。
だが、そんな事を言い始めると水掛け論になりかねなかったので自粛。
それにしても……乙女チックワールド、ねぇ……。
そんなところがあるなら一度行ってみたいものだ。
イマダさんのそれは随分と殺伐としていそうで嫌なので、オリヒメさんとかあたりにしておきたい。
想像してみる。
……家や服、景色が全て折り紙でできていそうな世界だった。
やっぱり行きたくない。
僕はこの世界が大好きです。
お願いだから、そんな場所はありませんように。
「クギミン!クギミン!クギミン!私は怒っているんだからね!これは何かしらのワビサビがないと、収まりがつかないくらいの非道さだよ!クギミンにワビサビを要求する!」
日本の古式ゆかしい美意識が欲しいらしかった。
まぁ、当然、ワビ、の間違いだろう。
もしかしたら僕の気付かないような壮大かつ緻密な意味が込められているのかもしれないが、少なくとも現在の僕には気付けなかった。
表面上通り、あからさまな失敗か、つまらなすぎるギャグととる他ない。
それを指摘する必要性を僕は感じなかったので、理解したうえで、文面通りの意味のまま返答することにした。
つまり悪ノリ。
「それじゃ、お茶でも一緒に飲むか?」
「それはクギミンちにある茶室で、抹茶を淹れてくれるってことかな?うん、それならいいよ!十分なワビサビ具合だね!」
満面の笑みで素の返答が返ってきた。
イマダさんは本当にワビサビが欲しかったらしい。
予想外だ。
このタイミングでワビサビ体験を求めてくるような女子高生が、全国を探して彼女以外にいるだろうか?
まずいないだろう。
少なくとも、僕はそんなの想像したくない。
僕の世界にそんな女子高生はいちゃいけないんだ……。
僕チックワールド全開。
農業が盛んそうな世界だった。
響き的に。
牧畜ワールド。
親父ギャグ並みの言葉遊び。
「お茶は時間がかかるし、やっぱり止めよう。他に何か代案は……」
「はいはいはーい!クギミンちにある書道室で水墨画が書きたいです!」
「我が家に書道室なんて無駄な設備はない。ついでに茶室も日本庭園もない。木造なだけで中は普通の一軒家だ」
「あいあいあーい!クギミンの部屋にある回転ベッドで遊びたいです!」
「人ん家をバブル期絶頂に建てられたいかがわしいホテルみたいに言うな。僕の家は一家全員布団だ」
「ういういうーい!クギ君にお義兄ちゃんになって欲しいです!」
「てめぇ、二個目からワビサビは何処へ行ったんだよ!あと返答が無理矢理になってきてんだよ!だいたい、お義兄ちゃんってどういう――」
そこで三秒ほど黙考。
同い年の僕がイマダさんの義兄になるということは、イマダさんの姉と結婚しなければならない。
そして、イマダさんの姉はユラ先輩である。
…………。
「よし、わかった、それでいこう。そうだな、挙式は僕が卒業したらすぐだ!」
「うっは、冗談で本気で目の色変えてるよ!キモいキモいキモーい!」
せっかく乗ってやったのに何て扱いだ。
決して僕は本気で受け取ったりしてないぞ?
イマダさんに蔑まれるのはこれ以上、堪えられそうになかっので、話を進めることにした。