理取未 01
ポルターガイスト事件を笑いの種に変えた張本人であるシホ先輩には会いたくなかったので、いつもより早く情報科特別教室を後にした。
今日の情報科特別教室での収穫は、オリヒメさんとの二人きりの会話(三人いたけど)と、折鶴製作技術。
対して損失は、ポルターガイストのことを笑い種にされた事。
差し引き、マイナスな感じだ。
他人に笑われると言うのは、存外傷つく。
折鶴製作技術ぐらいじゃ比較にならないし、オリヒメさんとのあの少ない会話じゃ、半分行けばいいとこ。
釣り合いを取ろうと思ったらやはり、キスぐらいは欲しい。
いや、もちろん他人にいえない類の冗談。
他人に聞かれたりなんかしたら、僕は投身自殺しかねない。
……冗談に冗談を重ねすぎか。
別にこれぐらいのマイナスで不機嫌にはなったりしないけど、僕は少しテンションが低くなっていた。
僕はコンピュータルームからでると、東校舎三階から南校舎へ移動し、そのまま一階へ降りて脱靴場までいく。
そこで学校規定の黒いローファーに履き替え、校舎外に出た。
南校舎から出てすぐの場所では遮るものなかったので、西日がまぶしく、僕は思わず目をすぼめ、手をかざす。
僕が学校を出るのはいつも日没後、おおよそ七時だったので、新鮮な感じを覚えた。
何時までもそこに居たいと思うほど、僕は情緒溢れる人ではないので、とっとと正門へ向かう。
正門は学校の東側にあるので、まず正面玄関へ行く。
「…………」
「〜〜〜♪」
そこまできて、僕は踵を返し、裏門に行きたくなったが、行動を起こす前に嫌な奴に見つかってしまった。
「クギミーン!」
校門を背もたれにして、一人の女の子がそこに立っていた。
今、太陽は僕の後ろ、正確に言えば、西校舎の向こう側にあるので、正門は学校の陰になっていて暗く、女の子の顔はよく見えない。
が、顔が見えなくても、声と僕に対する奇天烈な呼び方で一瞬で誰かわかってしまった。
そう言えば、すっかり忘れていた。
教室を出る直前までは覚えていたんだけど、教科書を買い換えたりしなければならないとか、不来坂にお金を借りたりしなければならないとか、いろんなことを考えているうちに、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。
毎日の習慣なのに忘れるなんて、案外習慣って当てにならないんだな。
理取未。
変態姉妹の妹。
不来坂よりもユラ先輩よりも、ずっと分かりやすい奇人だ。
荒唐無稽で傍若無人。
自己中心で支離滅裂。
横行闊歩で挙措失当。
学校随一の壊れ者。
学校内では誰もが避けて通り、誰もが目をそらしたがられ、名前を口にすることさえも憚られる、極みきった嫌われ者だ。
彼女を世話している僕も避けられないのが、不思議なほど。
多分みんな、僕を安全弁か何かと考えているんだろう。
確かにそれは当たらずとも遠からずなのだが、僕にそんな自覚はない。
そんな自覚したい奴なんていないだろ、普通。
それ認めたら、自分がイマダさんのオマケみたいに思えてくるじゃないか。
僕を見つけてから、息を弾ませかけてくるイマダさん。
確かにそのことに事実と相違はなく、可愛げがあるが、事をもっと正確に表すと、すくみ上がるほどに恐ろしいことになる。
スプリンター顔負けの綺麗なフォームとスピードで、僕に向かってくる。
もちろん、これは彼女の全力疾走。
これがもしも全力疾走じゃなかったら、プロアスリートと思わせるほどに速かった。
しかし、今はその走りに魅了されたり、尊敬を抱いていたりしている場合じゃない。
イマダさんは僕に近づくにつれ、減速するどころか、逆に加速するぐらいの勢いで肉薄しているのだ。
この様子のどこに可愛いげがあるのか、誰でもいいから是非教えてくれ。
教えてくれても理解できないだろうが。
僕は本能的に逃げたい衝動に駆られたが、何とか踏みとどまる。
ここで逃げてはいけない。
一度逃げたことがあるが、僕はその時、イマダさんの人間のものではない本能を呼び覚ましてしまい、危うく狩猟対象になりかけたのだ。
その二の舞をする気には、到底なれない。
いくらニヒルを気取ったって、命は惜しいのだ。
人間の本能がそう主張している。
人間の本能だけで、イマダさんの野生の本能に勝てる訳はないのだから、考えろ、僕。
助かるために考えろ。
僕が命がけでイマダさん対策を考えている内に、イマダさんはもう目と鼻の先。
時間はもう残されていない。
こうなったら、もう運だ。
運にかけるしかない。
今、僕がとるべき行動、それは――
「せいやっ!」
「ふぎゅあ!」
イマダさんは奇声を上げた。
……なんとか成功。
もしかしたら以外と、僕には運動神経が備わっているのかもしれない。




