不来坂空 04
その辺の噂から偶々、情報を得た可能性も無きにしも非ずだが、証言が上がってきたとか言ってるし、それはないか。
「さて、この騒霊現象について、五限目と六限目をサボり、『理取の変態姉妹』とも仲の深いクギ君はどう思う?」
そう言って、不来坂は天を仰いでいた顔を僕に向け、嫌らしい笑みを浮かべる。
…………こいつ、全部知ってて言ってやがる。
不来坂にこの情報を教えたのが僕の予想通り、シホ先輩ならそれは当然か。
不来坂が言っている騷霊現象がおこったのは南校舎四階付近。
そして、僕の教室も南校舎四階。
考えるまでもなく、騷霊現象の犯人はイマダさんである。
不来坂にまで噂が波及するとは……相当大きい音だったに違いない。
誰も彼も、余計なことばっかりしやがって!
どうせ八つ当たりだよ、畜生!
気を取り直して、不来坂に返答。
「それは間違いなくポルターガイストだな。正真正銘の騒霊現象なんて初めて聞いたよ。やっぱり本物は違うな。実際見てないのに、ここまで恐怖を与えるなんて、僕自身も吃驚だよ。怖くて明日から学校に来られないかもしれない」
とりあえず、とぼけてみた。
「それは大変だ。これは早急に原因を排除してもらわないと。クギ君が来られないんじゃ、私も学校に来られなくなってしまいそうだ。名前が不来坂なだけにね」
信じられてしまった。
二人そろって盛大に溜息をはく。
別にタイミングを合わせたわけじゃないけど、そろってしまった。
幼馴染の呼吸。
特有スキル。
僕は舌を噛み切らないといけないのだろうか?
…………止めておこう。痛いし。
不来坂は少しだけ身を起こし、首を振る。
それに合わせるようにして、自分は呆れている、とでも言いたげな苦々しい表情を僕に見せた。
「だからあれほど、『理取の変態姉妹』に関わるなと、口を酸っぱくしてクギ君に言っていたのに。姉だけならまだしも妹にまで関わるとは流石クギ君、と言った感じだけね。でもやはり、関わるべきじゃなかった。現にこうしてクギ君は実害を被っているじゃないか。まぁ、そんなことを許容できるような宇宙よりも広く、チャレンジャー海溝よりも深く、中性子星よりも密度の高い心がないと、私の幼馴染なんてやっていられないんだろうが……。それだけに、私は君がいつか倒れやしないか不安なんだよ」
関りを持つな。
不安だ。
本当に似たもの同士。
甚だしいまでの相似形。
同族嫌悪も納得と言うものだ。
不来坂は今日のユラ先輩程露骨な嫌悪感を示してはいいけど。
二人の異なるところと言えば、知名度くらいだ。
ユラ先輩は『理取の変態姉妹』の姉として、言わずと知れた奇人。
対して不来坂は《支配階級》として、誰にも知られていない奇人。
被虐対象な奇人と、加虐対象な奇人。
これが二人の歴然とした差。
その差を作ったのは『理取の変態姉妹』のことを吹聴して歩いた僕なんだけど。
「まぁ、私がいくらクギ君のことを心配したって、君は気にしないんだろうし、やってることを止めろなんていわないよ。そんな権利、私なんかにないしね」
人を冷徹人間か頑固親父みたいに言わないでほしい。
僕だって他人に言われたことを気にしたりするんだ。
やっていることを止めないという結果が残っている以上、言い返しようがないんだけどさ。
「『理取の変態姉妹』のことはこの際どうでもいいことをしといて、脇においといてもいいが、私のところに来なくなるのだけはよしてくれよ?今日みたいに放課後に一度だけでも顔を出してくれればそれで良いから、どうかこの哀れな君の幼馴染を見捨てないでくれ。クギ君も知っての通り、私に友人らしい友人は君しかいないのだから。君が私のことを気にかけてくれなくなったしまった日には、私は泣いてしまうよ。孤独死するかもしれない」
孤独死の使い方を間違っていた。
そんなことはどうでもいい。
友人らしい友人がいないって……シホ先輩達がかわいそうじゃないか。
そんなこともどうでもいい。
その言い草だと、僕は一生不来坂を見捨てられないことになるじゃないか。
これはどうでもよくない。
幼馴染なんて、高校生にもなれば疎遠になると言うのに、不来坂は僕に依存したままだった。
それも、どうでもいいことか。
放っておけば、何れどうにかなるだろう。
「そんなことよりさ」
僕は話題を無理やり変える為、不来坂の言葉を無視した。
不来坂は特に嫌がる様子なく、僕の話に耳を傾ける。
「ちょっと金かしてくれないか?ちょっと入用でさ」
なんかこういうと、ヒモみたいだった。
さすがに言い方が悪いと思い、言い直そうとする前に、不来坂から返答があった。
「いいよ、いくらだい?勿論、利子はなくていいよ」
さすがブルジョワだ。羽振りがいい。
「とりあえず、これだけ」
僕はお金を借りるのに罪悪感を覚える人なので、口には出さなかった。
代わりに右手の人差し指を立てた。
「うん、いいよ。手持ちがないから、後で家によってくれるかい?」
「珍しいな、お前が手持ちないなんて」
「普通だと思うよ?財布の中に百万なんて普通入らないよ」
「違う!桁が違う!二つも違う!」
「いや、さすがに単位が億になるとポケットマネーじゃ……」
「桁を上げるな!下げろよ!つか、百万なら貸すのかよ!」
こいつの場合、リアルに百万円が貸せるだけに、洒落にならなかった。
冗談なんだけど。
……冗談だよな?
「でも、一万円だけでいいのかい?それくらいだったら、貸すんじゃなくて奢ってあげるよ?」
「そんなことすると、後々カリとして徴収されそうだから止めとくよ」
「親愛なる君にそんなことするわけないじゃないか」
財布を出しながら、万札を一枚だけ出し、僕に差し出す。
僕はそれを両手で受け取った。
「ありがとな。助かったよ」
「なに、幼馴染の好だよ。気にしないでくれ」
不来坂は、にっこり笑ったまま、財布に手を戻した。
そして今度は万札を五枚ほど抜き取り、僕に差し出す。
「…………なんだ?」
「時にクギ君、お金に困っているなら、これで私に一晩買われないか?もちろんこれは前金で、出来高では更に増額も――」
「リアルにそんなこと言ってんじゃねぇよ!」
こんな会話、幼馴染としたくない。
幼馴染に体を売るのはもっとしたくない。
嫌な日だな、今日。