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理取響 01

「どうも、こんにちは」

 錆びた扉を空けて屋上に出ると、ユラ先輩が穏やかな笑顔と共に歓迎してくれた。

 この人の笑顔は、やはり何度見ても落ち着かせてくれる。

 五月になってもまだ寒い空気の所為で冷え切った体も、イマダさんとの会話で疲れきった心も、まとめて癒してくれた。

 ユラ先輩の呼び出しに応じて、わざわざ北校舎から西校舎まで出張ってきたかいがあるというものだ。

 呼ばれなくても、イマダさんから逃げるために、どうせ来るんだけど。

 ユラ先輩直々にイマダさんの面倒を見るように仰せつかっているとはいえ、僕だって昼休憩くらいは自由の身になりたいのだ。

 イマダさんのことを可愛がっているユラ先輩には悪いが、僕にとってイマダさんという存在はこの上もなく厄介なのだ。

 僕にとって厄介だと思っているとも知らずに、ユラ先輩は押し付けているだろうが。

 そうであるならば、僕がユラ先輩の微笑で癒されるのは、当然の報酬というものか。

 明らかに釣り合いが取れていない気けどね。

 全校生徒誰に聞いたって、僕と立場を入れ替えたいという人間は一人だっていないだろう。

 そもそも、僕の行っていることは多くの部分において、他人から見れば罰ゲームみたいなものだし。

 それを自らの意思で行っている僕は被虐趣味、というレッテルを貼られても甘受しなければなるまい。

 まぁ、事実なだけに否定できないんだけど。

 勿論被虐趣味ということではなくて、自分の意思で関わっているということが、だ。

 僕は暖かな笑みを、整った顔全面に湛えているユラ先輩に引き寄せられるようにして、ユラ先輩専用指定席である、西校舎屋上の奥から二番目の備え付けベンチまで歩いていく。

 近づいていっても、ユラ先輩はやはり、にこやかなままだった。

 今日は先輩と二人きり。

 落ち着いた昼食が取れそうだ。

 西校舎には滅多なことがない限り、一般生徒はやってこないが、一般じゃない生徒は、時々やってくる。

 東校舎屋上ほど、西校舎屋上は排他的ではないしね。

 むしろ歓迎的なぐらいだ。

 一年前までは、人でごった返していたらしい。

 僕としては排他的なほうが有り難いのだけれど。

 しかしながら現状は、こんな風に閑散としている。

 こんな風になってしまった原因の大部分は、ユラ先輩。

 でも、ユラ先輩がいないとしても、やっぱりここは閑散としているのが普通なんだと思う。

 何せ、ここは職員室の真上。

 普通、そんなところでリラックスした食事をとろうとは、誰も思わない。

 疚しいことがなければ、どうということはないのに。

 ごった返していたほうが不思議だったのだ。

 そんな訳で、と括るほどの内容ではないが、とにかく、ユラ先輩と僕にとっては西校舎屋上という場所は、昼食をゆっくり取ることが可能な憩いの空間である。

 冬、寒いのが難点になりそうだけど。

「こんにちは、ユラ先輩。今日は何の用事ですか?」

「いきなり本題に入るのは、ちょっとばかり性急じゃないかな?可愛い後輩と意思疎通コミュニケーションを図るぐらいの精神的猶予と、時間的猶予を、私に与えてくれてもいいと思うんだけど、クギ君の考えはどうだろう?」

「僕は構いませんよ。昼休憩が無限に続けば良いと思っているほどに、先輩と話していたいくらいです」

 大袈裟に言ってみた。

 実際、そこまで話したいと思っていない。

 僕はここにユラ先輩の用件を聴くついでに、骨休めに来たようなものだし。

 それは最初の微笑みでほとんど満たされたが、これからユラ先輩との会話で疲れてしまっては何の意味もない。

「ふふ、そこまで言ってくれると、小躍りしてしまいそうになるくらい嬉しくなるよ。お世辞と分かっていてもね。まぁ、それに実際に小躍りはしないけど。さて、クギ君のご希望通り、会話をいつも通り始めようじゃないか。と、その前に、クギ君だって人間である以上、疲れたり、食事を取ったりするだろう?ここは一つ、行儀は悪いけど、食事をしながら会話と洒落込もうじゃないか」

「わかりました」

 僕は一瞬、躊躇してから、ユラ先輩より一つ奥にあるベンチに座ることにした。

 屋上にあるベンチは二人で掛けて余裕があり、三人並べば窮屈、という中途半端な大きさ。

 なので、誰もいない今、ユラ先輩の隣に腰をおろすことは何の問題もなく可能だ。

 が、遠慮しておいた。

 ちなみに補足しておくが、僕が躊躇したのはユラ先輩とベンチを共にすることでは決してなく、ここで会話を始めてしまえば、昼休憩は丸々全て潰れ、もしかしたら五限目もサボタージュしなければならないという不安があったからだ。

 僕のクラスの次の授業は確か、世界史だったはずなので、早波先生(世界史担当教員。三十七歳、妻子持ち)には悪いが、欠課しても大した問題ではない。

 まぁ、おそらく五限目は出席できるだろう。

 僕の記憶が正しければ、ユラ先輩の組の次の授業はユラ先輩が比喩抜きで三度の飯より好きな数学の時間だ。

 だからきっと、昼休憩の間に会話を終了し、ユラ先輩は喜び勇んで授業に参加するに違いない。

 三度の飯より好きなだけに、ご飯抜きで授業に臨む可能性は十二分にあるのだが。

 僕は未だに、このどこか超然とした雰囲気のある人が、真面目に先生の講義を聴いている姿も、嬉々として数学の難問を解答している姿も、想像しがたく、信じがたい。

 本当に授業に顔を出しているんだろうか?

 まぁ、出ているんだろう。

 別に特筆して社会的に優れた部分の無い(寧ろ学校側から煙たがられている)先輩が、退学になっていない以上、必要最低限のことはやっているはずだ。

 雰囲気でそういうことを決めつけた僕が悪く、ユラ先輩のやっていることは至って普通。

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