夜の陽炎
side ベル
「はあッ・・・はあッ・・・!」
後ろなんて振り返らずに全力疾走。この暗闇の森の中だと木にぶつかるかもだけど、もうそんなこと気にしてる場合じゃあない!止まったら死ぬ!
そもそもなんでこんな時間に森になんか入ったのよ!出発する時間も昼で良かったじゃない!変に格好つけちゃって!私のバカ!
振り返ると本当にバカだった。森に入る前に物凄い咆哮が聞こえったていうのに大丈夫なんて思って無計画にずかずかと入り込んでそれが今私を追っている奴、見た目は分からないけど猛獣に違いない、そいつの怒りをかって今、命を懸けた鬼ごっこって・・・。
こんな冷静(?)に過去を振り返ってるけどこうしてる間にも私と奴の感覚は迫ってる!やばいやばい!!というか最近命の危機に遭いすぎじゃあない!?
「・・・・・ッ!」
あまりの恐怖からか、私はついに振り返ってしまった。そこには黄金の鬣を逆立てて、獲物を追い詰める獅子の姿があった。大きさは私の5倍を優に超えていて、その豪腕が木々をなぎ倒す姿には、変な話爽快感すら覚えた。
不味い・・・もう足がもたない!このままじゃ・・・死・・・。
「グルルルアアアアアァァァァァ!!」
「・・・・・・・ッ!?」
突然、視線外から飛来した一矢によって獅子はそれだけで木々を震わせるような強烈な咆哮をあげ、それを断末魔として絶命した。
「危なかった・・・無事だったかね?」
声のした方向を見つめる。暗がりでその姿はよくわからないけれど、初老どころではない老い方をした80、90まであるお爺さんが奇妙な恰好をして弓を構えていた。このお爺さんもなかなかに怪しいけれど、なんにせよ私は助かったみたいだ。やっぱり私は幸運だ!
「老師、彼女が固まっています。ここは僕が話しましょう」
束の間、今度は木の陰から若い男の人が現れた。中性的な顔立ちだけど背は高く、正確には何歳なのかはよくわからない。恰好は普通みたいだけどこんな時間にこんなところにいる時点で怪しい。
「僕の名前はゼタ。このお爺さんはトリシュ。君は?」
「え、えっと・・・私の名前はベルです」
「ベルちゃんか、こんなところでなにをしていたんだい?まさか・・・逃亡農奴とか?」
「私は勇者でぇす!!」
「・・・・・・・へ?」
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side ゼタ
奇妙な少女に出会ってしまった。どこか精神に異常をきたているのかと思えばそうでもないというのが余計に質が悪い。こんなでも見つけたからには助けないわけにはいかないのだから。しかし・・・
「いやだ!村には戻らない!」
「ここは危険です。一刻も早く戻りなさい」
というか、先ほどあんな目に遭っておいてよくこの森に居ようとしますね・・・ある意味、彼女は大物なのかも知れない。いや、ただの馬鹿か。
「・・・・・老師、どうしましょう?」
「ん?ゼタよ、少女一人も御せないのかね?そんなことではまだまだ甘いぞ」
「・・・・・・・」
はあ・・・これだから子供は嫌いなんだ。こうなったら力づくで・・・。
「勇者として、吸血鬼を倒すまでは村に帰るわけにはいかないの!!」
「・・・・・・・!?」
今・・・何と言った?吸血鬼だと?!まさかこいつ、アレの在処も知っているんじゃ・・・?ならば残念だが・・・生かしてはおけないな。こんな少女を殺めるなど気が引けるが初めてのことではない、目的のためには・・・。
「これまてゼタ、その少女の目を見るにアレの在処までは知らないと見える。無暗に拳を振り上げるのは貴様の悪いクセじゃ」
「・・・・・・すみません、老師」
「ともあれ、このままでは森に置いて行くわけにもいかんしのう、村まで連れて帰るとしよう」
「え!?嫌だ!私は吸血鬼を倒すんだい!」
「ほれほれ、じっとしていろ」
老師がベルを羽交い絞めにする。ベルは必至で老師の腕の中で暴れまわるが、老師はビクともしない。老師の術の前には年齢による老いなど関係はない。僕もこの術を追って弟子入りしたが、全く意味が分からない。老師の纏う陽炎のようなオーラを使うらしいが、僕は未だそのオーラすら使えない。
「んもう!!この!この!」
「ほっほっほ、そんなことでは儂はビクともせんぞ?」
「くっ・・・!おりゃぁぁぁぁぁ!!」
「・・・!?」
「・・・ッ!」
な、なんだ!?突然老師の陽炎が強く・・・いや、違う!これは老師のものではない!まさか・・・こんなことがあっていいのか!?
「隙あり!逃げろぉぉぉ!」
「・・・・・ッ!おい待て!」
「きーこーえーなーいー・・・・・・」
これにはさすがに老師も戸惑うほかなかったようで、呆然とベルが去った方向を見つめていた。俺も同じく、呆然自失のまま立ち尽くすしかなかった。
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side ベル
「はぁ・・・はぁ・・・危なかったァ」
もう!いきなりなんなのあの人たちは!こんな幼気な女の子を羽交い絞めにするなんて!・・・にしてもあれ?どうやって逃げたんだろう?まあいっか、勇者はこまこましたことは気にしないのさ!
「・・・あれ、外が明かる・・・!?」
気づけば私は森を抜けていた。そして目の前には・・・
---月光を受け燦然と輝く漆黒の古城。周りを取り囲む蝙蝠達の羽音、その中には時折人間の断末魔があるのではないかと思わせるまでに邪悪。
夜の王、吸血鬼がそこにいる。