event4 12/1 アドヴェント・カレンダーの始まりの日・前編
クリスマスにはサンタクロースという赤い服を着た老人がやって来る。彼は空を飛ぶトナカイが引くそりに乗って、満天の星空を悠々と駆けていくのだ。そりの後部座席にはプレゼントでパンパンに膨らんだ白い袋が積み込まれている。それはずんぐりとした彼の身体よりも大きな袋なのだが、その中に世界中の子ども達へ配るプレゼントが入っていると考えれば小さすぎる。
あの中には自分へのプレゼントも入っているんだ。
いつの頃からか信じ始めた『サンタクロース』。
だってクリスマスの朝には枕元に置いた靴下の中にちゃんと欲しかったものが入っていたから。
12月に入ると、アドヴェント・カレンダーなるものまでもが用意され、朝目が覚めると一目散にそこへと向かい、すでに開けられている窓の隣を押し開くのだ。中に入っている菓子を食べてもいいかと母に問うと、彼女は決まって少し困った顔をして、「先にご飯を食べてからよ」と言う。さすがに毎日同じやり取りをしているので、その答えが返ってくるのなんてわかっている。だけど、もしかしたらということもあるし、それに、母をほんの少し困らせたいという気持ちから、今日もまたその繰り返しなのであった。
けれどある日、あれは子ども騙しの作り話だと、それをいち早く知ったもの達が御丁寧に真実を吹聴し始めた。騙された、大人達に嘘をつかれていたということに腹を立て、まだその存在を信じているものにも、その事実を隠してはおけない、と。ある意味正しく、そしてある意味残酷な正義を振りかざし。
当然それは自分の耳にも入ったのだが、さほどショックは受けなかった。うすうす感づいていたから、である。かといって「そんなの知ってる」などと返せば、彼らの正義は無駄になる。子ども心にそう思ったのかまでは覚えていないが、確か「そうだったんだ」と残念そうな顔をしたはずだと記憶している。
それでもどこかで『サンタクロース』は信じていた。もちろん、赤い服を着た髭面の老人、という意味ではなく。それを信じる善良な人間に、いつか本当に欲しいものを届けてくれるという、いうなれば『奇跡』であるとか『幸運』の類を。
5歳の時に母親が死んだ。
その当時は『死』というものがよくわからなかったから、急にいなくなったのだと思った。
自分が悪いことをしたから? そこまでの悪事を働いた覚えは無いが、現に母はいなくなってしまったのだ。きっとそうに決まっている。
もうしません。
わがままももう言いません。
だからお願いします。
いま本当に本当に欲しいものはお母さんなんです。
もう何も欲しがりませんから。
クリスマスはまだ先だったけれど、いまからそう祈ることによって、もしかしたらひょっこりと帰って来てくれるのではないかと思ったのだ。遅くとも、クリスマスには、きっと。枕元にはうんと大きな靴下を用意しておかなくちゃ。だってお母さんが入るんだから。
子どもの頭で考え付くのはせいぜい大きなゴミ袋を加工する程度のことだったが、それでも2人で精一杯飾り付けをした。だっていかにも「ゴミ袋です」というものを置いておいたら、サンタさんが間違えてゴミを中に入れてしまうかもしれない。
大事にとっておいたきらきらのシールも、貴重な金と銀の折り紙で折った鶴も、河原で拾った角の丸いガラスも、惜しげもなく散りばめた。これだけ飾ればもうゴミ袋には見えない。
出来上がったそれを意気揚々とコガさんに見せた。「大きな靴下だよ。クリスマスには、この中にお母さんが入るの」と言いながら。コガさんは最初、やたらとゴテゴテしたゴミ袋を見て首を傾げていたが、お母さんが入るの、と言った途端、私達をぎゅうと抱きしめて泣いた。ただただ泣いた。「入ればいいなぁ」とも「絶対に入らない」とも言わなかった。彼は嘘をつきたくなかったのだ。かといって、残酷な現実を突きつけられないでもいた。母がいなくなってからも変わらず豪快に笑い、私達を元気づけてくれたコガさんが声を上げて泣いている。それを見て――、
あぁそうか。
どうしたって母はもう帰って来ないのだ。
そう気付いた。
その日は姉妹揃って彼にしがみつきながら眠り、揃っておねしょをした。