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event22 8月11日 山の日・前編

 山の日は今年から出来た祝日ですが、数年前からあると仮定して――つまり、2017年の出来事と断定せずに読んでいただければと思います。

 まぁ2017年の話だとしても、これといって問題はないんですけどね。

「山の日、だってさ」


 帰宅するなり章灯(しょうと)はそう言った。相手はもちろん公私のパートナーである(あきら)である。

 彼女は一度眉をしかめて考え込むような素振りをしてから、やがて思い出したように「そうでしたね」と呟いた。

「ま、俺らにとっちゃ祝日も何も関係ないけどな」

 自虐気味にそう言うと、彼女もまた「ですよね」と返す。

 そう、祝日なんて関係ないのだ。局アナやミュージシャンにとっては。

 そうでなくとも夏は忙しい。

 いまは毎年恒例である日の出テレビのサマーアニソンフェスが終わったばかりで、かなり疲弊している。それは主に晶の方だったが。

 しかしのんびりと休んでもいられず、複数のタイアップ曲を同時進行で手掛けているという、相変わらずの売れっ子っぷりであった。


「どっか行かね?」


 確かに祝日など関係の無い職業ではあるものの、休みを調整しようと思えば出来なくもない。特に晶個人に関していえば、締め切りにさえ間に合えば、いつ何時休もうがお構い無しなのである。レギュラー番組を抱えている章灯の方はもちろんホイホイと休めるわけではないのだが、それでも『夏休み』と称したある程度の連休はもらえることになっている。例年であれば9月にもらうはずのその休みが、他の社員との兼ね合いで早くなり、今日がたまたまその最終日だったというわけである。

「どっか、ですか」

 今年の連休は晶と合わせることが出来ず、そのうちの2日ほどを実家の秋田で過ごした。最終日の今日くらいは、という思いがある。山の日、というのは単なる会話の取っ掛かりだった。

 もちろん晶の仕事の方が大丈夫だというのが大前提としてあるわけなのだが。

「夏休みどこにも行けなかったしな」

「まぁ、私は特に行きたいところというのはありませんが……」

「悲しいこと言うなよぉ。別にテーマパークとかに行こうぜって誘ってる訳じゃねぇんだから」


 ただ単に車を走らせて、道の駅巡りをするだけでも。

「道の駅って……、あのちょっとしたテーマパークみたいなところですか?」

 近場だとそうなるか……。


 そういや駅前に新しいパンケーキ屋さんっつーのが出来たらしいな。

「……頑張ります」

 あぁ、人混みは危険すぎるな。


 映画! 映画はどうだ? いまは何やってたっけ。

「それ、私に聞いて良いんですか? 『崖っぷちの私たち』という恋愛映画と、『ザ・ダーク・チョコレイト・スカイ』という宇宙戦艦アニメ、『さざ波団地の影法師』というホラー、それから子ども向けですと『ニンジャ・テイルズ』と『熟語合体コトノハマン』、それから『ミュジカ・ニーニャ~プリティリドル~』です」

 くっわしいな、オイ……。

「新作ホラーをチェックしようとするとどうしても目に入っちゃうんですよ。この中なら私は断然さざ波団地なわけですが、章灯さんは大丈夫なんですか?」

 大丈夫じゃありません……。


 章灯は万策尽きた、とばかりにソファに寝転がった。

 そういや自分達はこういうデートらしきものをあまりしてこなかったのだ。

 人目が気になる、と避け続けた結果だろう。


「章灯さん、山は良いんですか?」

「――んあ? 山?」

「だって、さっき『山の日』って言ってたじゃないですか」

「まぁ、言ったけど……。アキはアウトドア派じゃねぇだろ」

「ないですけど……」

「俺も別に登りたくて言ったわけじゃねぇからなぁ。それにもし仮にアキが登りてぇっつっても、いまからじゃ準備が甘いから無理だ」

「安心してください。そんな日は未来永劫訪れません」

「未来永劫レベルかよ……」

「でも、せっかくのお誘いですから……」

「――ん?」


「実は、一度挑戦してみたかった『山』があるんです」




 中編は15時更新です。

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